21話
「チッ……敵が多いな」
「無茶を言うな。これでも……俺達で減らしている方だぞ。魔物のランクが違い過ぎるんだよ」
ダンの言葉にギネは黙るしか無かった。
普段であれば文句を言いながらも強気な言葉を続ける彼ですらも、本音を口にするしかないという今の状況は確かに危険であった。アリアの歌声と共にダン達が強化されたのは間違いなく良い効果をもたらしていた。だが、それは選別でもある。
固有スキル【絶唱】は使用者の求める効果を顕現させる事が出来るものではある。それでも全ての魔物が来ないように等とは今の彼女の力量では出来るものではない。精々、自身よりも弱い魔物が近付けないように出来る程度……それでも強化を施されているダンからすれば有難かった。
普段であれば不必要な程の大幅な身体強化。
エルザスに入ってからは、ヴィルが何も言わずに強化をかけていた影響で少しも問題は無かった。現にヴィルが睡眠に入るまでは少しの問題もなく敵の殲滅が行えていたのだ。……肝心の支援役はノーグの後ろを、まるで親鳥に着いていくアヒルのようにフヨフヨと漂うだけである。
「ガウルゥァァァッ!」
「チッ……!」
「問題、無い!」
牛の頭部と人の肉体を持つ魔物、ミノタウロス。
単体でSランク相当の扱いを受ける存在が突如としてダンの側面から現れ、黒く光る両角によって上空へと吹き飛ばした。落ちるのを待つ……等は出来る訳もなく咄嗟にギネが横腹へ剣を突き刺して上空へと蹴り飛ばす。
「分かってんじゃねぇか!」
「何年一緒に戦っていると思っている!」
砂を足場にしているダンとは違い、空へと放り出されたミノタウロスには逆らう手立ては無かった。藻掻こうと腕を動かそうとしたが既に遅く二本の斬撃が両腕を切り落とす。その空いた頭部目掛けて手を伸ばすと一気に魔力を流し込んだ。
「魔力暴走ッ!」
その刹那、ミノタウロスの肉体が爆ぜる。
煙に変わる少しの間、その時だけ晴天でありながらも地へと雨が降り注ぎ、周囲の状態を少しばかり赤で染めた。だが、降り注ぐ日光を前にしては多少の雨では恵とはならず、何事も無かったかのような景色だけが残る。
「これが全魔の統率者……はは、本当にSSランクというのは格が違うらしいね」
「んなこたぁねぇよ。俺達でもギリギリだ」
「ミノタウロス……の中でも、かなりレベルの高いものだったからな。本来であれば弾き上げた段階で角をへし折ろうとしていたというのに」
ダンとギネはポーションを飲み、口元を歪める。
苦かったからではない……彼等には小さな恐怖が確かに宿っていた。白の角蛇を含めた全員の中で足手まといは誰一人としていない。ダンから見ても今のパーティはSSランクの上位に到れる程の強さがあるのだ。
それでも苦戦を強いられている今の状況。
本来であればSランクダンジョンのボスを務めるような魔物がゴロゴロと、まるでゴブリンと変わりないかのように現れてくるのだ。エルザスという名前を聞いた時点で誰もが薄々と感じていた事ではある。それでも今の状況が彼等の不安を確信へと変化させてしまう。
「無限楼、バビリム……恐らくはそれと同等のSSSランクダンジョンという認識で間違いねぇ」
バビリム、それも名持ちのダンジョンであった。
誰が名付けたか等、記載されてはいない。それでも伝承として残されてきたそれは確かに存在していたのだ。三百年前の王国と帝国の争いの中で見付かった事実が、王国を王国たらしめる状況へと作り出す。
『バビリムの麓には神の国、バビロンがあった』
現存しない国、神話だけが永遠に紡がれる。
我こそはと神の国の起源を名乗る国が現れ、群雄割拠が続く、その矢先の出来事、王国が神の国の正当な継承国家であるという示しが成り立ってしまった。その影響は絶大で他国は王国を担ぎあげる事しか出来ずにいる。
無限楼、無限に続く楼を登り続けるだけの苦行、だが、確かな終わりがある事を知るために多くの者が中へと入っていった。自国のために、と挑んだ勇気の先はただの無謀であった。その結果……発見時から今まで死者数千人越えの異常事態を引き起こしている。
最低でもSランク以上の冒険者であった。
それでも入った者は誰一人として帰っては来ず、その遺体すらも埋葬出来ぬままに墓が作られている。その事実がただ只管に攻略を進めている彼等の精神を蝕んでいく。ただ、希望が無い訳でも無かった。少なくとも帰る事が出来るというのはヴィルから聞けていたのだ。
加えて……彼等の攻略意欲をより掻き立てる理由ともなった。ただでさえ、国家的なバランスが崩れている現状で、王国がエルザスの統治まで行うというのは冒険者として許せる者では無いのだ。毎年のようにバビリムへと送られる探索者は全て冒険者で埋められており、騎士や兵士は誰一人として跨ごうとはしない。
攻略や探索のための募集とは名ばかりである。
他国の戦力や自国の中の異分子を正当な理由で処分するための行為であった。ダンやギネ、そしてヴィルが選ばれなかったのは間違いなく、ヴォルの栄光と仲間達のおかげだろう。同じ事を続けさせてはいけないのだ。そのためには神の御膝元であろうとも戦わなければいけなかった。
「ギネ……少しばかり、無茶をしてもいいか」
「……駄目だとは俺からは言えない、な」
ギネの返答にダンは静かに首を縦に振る。
チラと見えたアリアは未だに歌い続けているものの限界は近い。仕方の無い事であった。彼女が常時展開している探知の維持には魔力の代わりに血液を消費するものであり、絶唱に至っては魔力と共に身体への強烈な疲労が重なるものである。どちらも身を削る事で得られる困難なスキルであった。
早く休ませてあげたい、それは親心に近かった。
自分達の娘よりも少し年上とはいえ、大切なヴィルを慕う者達である。ましてや、同業者の後輩ともなれば守らなければいけない意地が二人にはあった。二人の中にある問題は物資を多量に消費してしまう事である……だが、それで誰かが死ねば所詮は瓦解する空論であった。
「ありがてぇ事に素材には困らねぇからな!」
両手を合わせてすぐに地面へと付ける。
多量の魔力が注がれるのと同時に地面が隆起して大きな壁を左右に作り出した。その後すぐに彼等の足元にあった地面のみが宙へと浮く。まるで飛翔をかけられているかのようではあったが、そのような事を口にしていられるだけの余裕は無かった。一気に地面が少しばかり傾いて進み始めたのだ。
「砂道……取っておきだ」
在り来りな名前、とは誰も言えなかった。
既に全員の疲弊はかなりのものとなっており、何かを口にする暇があるのであれば周囲への警戒へ意識を向けたかったのだ。ギィ、ピー等と多くの魔物の鳴き声が響き渡る。だが、どの魔物も壁を破る事は出来なかった。
数分後、砂の道に終わりが見えてくる。
他の階層と同等の大きな門、違いがあるとすれば開いている事だろうか。そして中にはシャロが確かにいた。焚き火が灯る様子にダンは多少、悩んだ様子を見せたが意を決して砂の速度を強める。
「はぁ……着いた、の……か……」
「ん……お疲れ様です」
「……扉を閉めたって事は、ここは安全な場所って事でいいんだよな。それとも部屋に出現するはずの魔物が返信しているとかか」
「大丈夫、ここは緑部屋……先に進まない限りは部屋の魔物は出てこない」
緑部屋、その言葉を聞いてダンは瞳を閉じた。
階層ボスが出現する部屋の前に作られる、魔物すらも中に入って来ない空間の事であった。加えて本物かどうかなどは、到着と同時にシャロを横たわらせて倒れ込んだ、そんな色男を優しく横にさせる姿を見れば分かる事である。ただただ、その場にいる全員が心の底から安堵した。
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