20話
「お前……問題は無いのか」
「大丈夫だよ。それに今からが皆の出番だから」
一瞬だけ揺らいだ体は魔素の影響であった。
その場にいる全員が一度は見た事のある強がりは心の奥にある意志へ火をつける。確かに魔素を魔力と変えられる稀有な力は持つだろう。だが、その毒素を完全に無効化出来はしないのだ。微毒であろうと毒は毒、それを多量に摂取するという事は下手をすれば致死的な事態へと陥りかねない。
白魔法、それは神の恩恵とされる力である。
本来であれば自分達が信じる主神へ祈りを捧げる事で恩恵を授かる光魔法、その上位魔法は教会の最上位の人間にしか扱えないものであるのだ。それでもヴィルは覚えてしまった。関わってしまった事で学んでしまったのだ。本来であれば祈りの対価として行使出来る結果は彼の場合、魔力を多量に消費する事で発動出来るものでしかない。
現にヴィルは変わらずに振舞っていたが、その瞳は薄らと閉じており、誰が見ても魔法の効果でシャロを背負いながら移動しているようにしか見えなかった。魔力の大半を消費した影響、そのような事実はダンが一番に理解していた。
「ノーグ、アリアはヴィル達の護衛だ。ギネが最前線を張り誘導、俺は最後尾をつく。情報に関しては俺、ギネ、ヴィルでいい」
「分かった。だが……ヘマはすんなよ」
「お互いに、な」
全てが分からない、本物の牙が周囲にある。
普段であれば敵の位置や状態を探れるギネの存在は大きかった。それこそ、ダンジョン探索において彼がいるだけで大半の問題が解決出来る程である。とはいえ、デミリッチのような別格の魔物が現れるとなれば話は変わってしまう。ダンの言葉に全員が頷いて返したのも経験豊富な冒険者のみがいたからであった。
ダンジョンとは幾つかの種類に分かれる。
ウルフ系統の魔物が現れる野獣系、ゴブリン系統の魔物が現れる人形系、ゴースト系統の魔物が現れる不死系……その情報を得た上で冒険者は用意を整え、進む時に判断を行う。その中で二種類の魔物が現れたという事実、これだけならば稀にある事ではある些事たる事であった。だが、ヴィルは神殿エルザムと口にしていたのだ。名前のあるダンジョンというのは前例の無いものであった。
普通では無い、という事実が警戒心を強める。
そして、その判断は正しかった。一瞬だけダンが表情を変化させるの同時に近場の小屋を強く蹴って木々へと突っ込む。瞬間、ギネの探知に四十程度の魔物が引っかかるが即座に消え去る。
「悪ぃな……手間取っちまったわ」
「問題ない、が……面倒だな」
「ああ……本当に面倒くせぇ……」
カランと落ちた短剣は誰もが知る物であった。
ゴブリンアサシンの短剣、単体でBランク、他の仲間がいた場合はSランクまで跳ね上がるゴブリンの特殊個体である。それはシャロと同等の気配を消す力を持ち、尚且つ強化を施せる事が出来るからであった。自身だけに、ならば楽である。ゴブリンアサシンの場合は任意の対象全てに施せてしまうのだ。
故に、中級者狩り等といった別名すらある。
そんな魔物がいたという事実、加えてデミリッチのような単体でも危険度の高い魔物が現れるとなれば、白の角蛇ですら戦えるか分からない空間となってしまう。それは単体でSSランク冒険者パーティと同等の力を持つとされる、ダンとギネですらも似たような屈辱的な恐怖に四肢を掴まれてしまうのだ。
「帰る、というのも手ですが……」
「ノーグ、それをヴィルが望むとは思えねぇ」
「分かっていますよ。となれば、ヴィルが目を覚ますまでに部屋の近くまで行くべきでしょう。シャロのおかげで道は分かります。ですが」
そこまで口にしてノーグは口を閉ざした。
その先を記されてはいない、等とは緊張感からして言えなかったのだ。シャロの地図は既に白の角蛇面々には脳内に広まっていた。その上で分かってしまうのはシャロであっても五階層の部屋の突破までは出来なかったという事実だ。
「部屋の前で帰ればいい。それに二人が目覚めるのを待つって言う手もある。とはいえ、それを決めるのは俺達じゃねぇ」
「ええ……その場合は」
「構わねぇよ。単体火力には劣るが集団戦なら俺の方が得意だ。それにギネは出来るだけ動かさない方がいいからな。情報さえ貰えれば俺がヴィルの代わりをする」
その場にいる全ての人には分かっていた。
ヴィルという存在がどれだけ技能に長けているのか等、体感していた者達だからこそ、嫌という程に分かってしまう。もしも、今この時にすらも目を覚ましていたとすれば、指示だけでも飛ばしてくれるのならば……その大きな不安は問題なく掻き消えていただろう。
白の角蛇が依頼を受けたのもそれが理由だった。
ヴィルがいる、それはストーカー……もとい、忍としての力を持つシャロには容易に分かる事であった。本来であれば冒険者など辞めてシャロと共に後を追いたい、そのような考えすら浮かんでしまう程である。
それでも……兵士としての彼は良しとしない。
この場で片手剣を振るおうと構えるように、一人の兵士として散る覚悟を持っているのだ。騎士のように守るべき者がある訳では無い。戦闘への渇望などと格好の良い言葉を並べもしないだろう。あるのは今あるモノを失いたくないという弱き男の信念である。
「倒せそうにない、と判断した瞬間に僕が前に出ます。一撃の重さであればダンさんやギネさんよりも高い自負がありますから」
「ここからは……探知は私が行います。少し特殊な技法ですので見て見ぬふりをしてくださいまし。代わりにギネ様には撃ち漏らしを殺す事のみを考えてください」
「……ここからが本領発揮か」
アリアは静かに左手の薬指を落とした。
そこから漏れ出す血は飛び出す所か、ドロと塊のように漏れ出して地面へと落ちていく。それらが当たるのと同時に全ての景色を捻じ曲げる。同時に聞こえ出したのは美しい歌声であった。微かでありながら響き渡る声は全ての人に力を与える。
「血染めの歌姫」
「やめて、頂けますか。私はただのアリアです」
「……そのアリアのおかげで俺達には未来が見え始めたけどなぁ!」
握り潰した拳は前方の木々を同時に塵とかした。
多くの魔物がいただろう。だが、今し方、ただの一撃によって消し去られてしまったのだ。その異様さは誰の目から見ても明らかである。それでいて全員の脳内に伝わる全体像と敵の位置、間違いなくギネの探知の上位互換であった。
「もう、出し渋りは致しません。愛しき方が、大切な友人が命をかけてくれた事実に報いるのみです。そのためであれば美しきドレスを血で塗れさせようと、この喉を潰そうと気にしたりしませんわ」
胸を強く張る姿に誰もが見蕩れてしまう。
先程までの皮にまみれた姿ではなく、白いドレスのような何かが彼女を覆っているのだ。血染めの歌姫、その名は確かに有名なものであった。それでも本来の二つ名は違う。彼女が嫌うからと広まらなかっただけに過ぎない。
「ノーグ……彼女が攻略の要だ。よく分かったよ。あの腰の重いヴィルが動いた理由がよく分かったよ」
「血染めの令嬢、なんて貴族が聞けば何をされるか分かりませんから。ですが」
「お前が一番にヤベェだろ。見たら分かる」
ダンの言葉にノーグは静かに頷いた。
確かに剣鬼と名前を与えられる者は少なくない。だが、それは固有ジョブである剣聖と同等に戦える程の力があると認められたものだ。剣だけで同価値の力を認められなければ剣鬼などと呼ばれたりはしない。それは唯一『破壊者』と『統率者』の名前を与えられた二人だからこそ、よく分かる。
その名は知る限り……六人しかいないのだ。
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