19話
そこからの行動というのは単調の一言であった。
シャロから随時、分身をもとに与えられる情報から最短の道を作り出し、一気に部屋へと到着してしまう。途中で魔物が現れようとも一瞬で燃えカスとかしてしまう姿は確かに独裁者であった。その強さはノーグやアリアだけならいざ知らず、ダンとギネすらも手の出せない状態であった。
それは部屋に入ってからも変わりはしない。
アリアですらも出来ない魔物の発生前に魔素を消滅させる魔法は、それこそ共に足を踏み入れた誰であっても手を貸す等と生易しい言葉を口には出来ない事象であった。本来であればシャロ程の腕の立つ冒険者が十数人と死ぬ階層が、容易に三つも一時間以内に攻略されてしまったのだ。
そんな光景を背後から見ていた人がいた。
五階層へ続く階段を降りる道中、だが、少女を背負いながら、その前線を歩く少年の先へ進む事は誰も許可されていない。罠を確認しながらとなれば五分は懸かる短な階段、ランプの灯りの中でノーグが口を開く。
「はは……言葉通りの独裁者だね」
「雷炎、なんて……普通じゃつかねぇからな」
「ええ、私も……似たようなものですから」
雷魔法と炎魔法、どちらも上位魔法である。
基礎的な属性である火、水、風、土、光、闇の中で炎魔法は絶対的な火魔法への熟知があり、雷魔法は火魔法と風魔法への絶対的な熟知が必要な派生魔法であった。それでも使えるというだけであれば少なくは無いだろう。その中でも二つの属性を名前に与えられるというのは、別格の熟練度であると認められているのと同義である。
「剣鬼様が言うと訳わかんねぇな」
「私の主は前半の共鳴ですよ。剣鬼なんて二つ名は世界に多くいますから。それこそ、鋼鉄なんて名前は貴方以外にいないのではありませんか」
「俺以外が脆いのが悪ぃだろ」
鋼鉄、それを与えてしまった事が間違いだった。
鋼鉄よりも硬い金属が多くある中で、彼よりも打ち負けない強さを持つ存在など、十人に満たなかったのだ。その結果として今では硬さを誇るためには鉄を、美しさを誇るためには銀を名乗る事が多くなってしまった。もしも、産まれる時代が違えば彼の名前もまた違うものとなっていただろう。
「雑談が出来るとは余裕だね」
「今はする事が無いんだ。その時には仲間との交流は増やしておいて損がないだろう。あの時だってそうだったじゃないか」
「その後に殺しあっていなかったら、ね」
その会話にダンとギネは同時に吹き出した。
思い出してしまったのだ。自分達が殺しあっていた過去が、それでいて仲裁に入る一人の男の姿が浮かんでしまう。その止めていた本人と似た出で立ちをしている少年が同じ事をしていた事実が只管に面白かった。
「ヴィル、俺達の出番は無しか」
「いいや、こっからだよ。多分だけど……四階層までは進めるかどうかを篩にかけるための階層でしか無いみたいなんだ。僕も情報でしか見ていないけど」
そんな矢先に目の前から光が満ちていく。
一つの大きな扉、閉じられているというのに漏れ出す光のせいであった。ランタンの揺らめく弱い光で大きく広がった瞳孔には毒であったのだ。あるはずのない景色、強く押した扉の先はヴィル以外には信じられないものであった。
「なんで……村があるんだ」
「村、とは違うよ。シャロから聞いた。ここは」
階層を降りた入口付近、その時点で全てが違う。
太陽があり、森があり……そして人が住めるような小屋達がある。違う事があるとすれば人など、何処にもいないという事実だった。では、誰がそこに住み着いているのか……それはすぐに分かる事であった。
「デミリッチ……ありえねぇな……!」
多くの家の中から出てきたのはゴーストだった。
半透明でありながら実体があり、足が見えない事を除けば人と何ら変わりないだろう。だが、問題は最奥から現れた黒い死に装束を着た存在であった。他とは違い足があり、その手足には壊死しているものの肉が付いている。
デミリッチ、Sランク相当の魔物であった。
それは単体での強さを指しており、配下であるアンデッドが近くにいるのであれば危険度は大きく跳ね上がる。白の角蛇でさえ、他のSランク冒険者パーティと合同で依頼を受ける程の化け物である。咄嗟に出番と全員が構えたがヴィルの伸ばした腕による静止で進むのをやめた。
「大丈夫。こういう手合いは僕の方が得意だから」
一つの杖を取り出すと盛大に魔力を注ぎ込んだ。
ゴーストとは魔素の塊である、それはヴィルが王都にいた際に学んだ文献の一筆である。魔素とは魔物の核を作り出すものとされ、その核の代わりに実体を形成しているのがゴースト系統のアンデッドであるという主張であった。
「悪いね。僕に魔素は効かないんだ」
魔素というのは人体にとって猛毒である。
魔素と魔力は似ているようで違うものであった。純粋な酸素が毒となってしまうように、魔力の根源である魔素は人が行使するには問題が多かった。故に人は他の性質と組み合わせる事で毒にならない程度の便利な物質へと昇華させたのだ。ただ、ヴィルにはその常識が通用しない。
ヴィルもまたギフテッドの一人であった。
だが、それを喜んだ人は少ない。彼の手にしたスキルは【状態異常付与】という名の、自身ですら殺しかねない固有スキルであった。幼い頃から忌み嫌っていたスキルであり、尚且つ騎士道とは反する力は不必要とすら思えていた。
それを認めさせたのは他でもない、父である。
麻痺、猛毒、睡眠……その三種類の状態異常を扱えるように実験した相手は、他でもない自分自身であった。忌み嫌っていた力によって得られた毒への耐性は、助かりはすれども喜べるものでは決してない。だが、今は状況が大きく変わっていた。
「麻痺」
その言葉と共にデミリッチを含めた全ての敵が動きを止め、姿を表したままとなる。だが、その様子に少しの恐怖もない。既に死んだ身、そのような感情が無いのだと容易に言えるような状況ではあったが……ヴィルが構えた杖に確かに表情をピクリと動かした。
「範囲回復」
足を失った者であっても取り戻せてしまう程の強力な白魔法、それをアンデッドは逃げる事も出来ずに受け入れるしか無かった。浄化等と優しい言葉を口に出来る者はいないだろう。ヴィルの行った攻撃には成仏などと言った精神ではなく、敵を倒す事に特化したものでしかない。
だからこそ、その表情を少しも変えずに残った魔素を全て体の中へと移した。徐々に徐々に魔力となっていく様は傍から見て分かるものでは無い。それでも目の前で起きた光景そのものが、ただ後ろにいた仲間達の脳裏に焼き付いた。
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