18話
申し訳ないです。予約投稿していると勘違いしておりました。
「もう、大丈夫そうかな」
「むしろ、休み過ぎたくらいだろ」
「ははは、まぁ、想定よりも早く来れたんだ。結果的には時間通りになっている分だけ、特に大きな問題はないだろ」
補助食をフッと吐き出しヴィルが立ち上がる。
それを文句ありげにダンは見詰めていた。立ち上がるまで膝上で休んでいた少女、その子が回復するのを待っているという事が建前である等とは彼にも分かっていた。その表情に灯る意志は間違いなく騎士であり、それでいて戦士としての野蛮さも残っていたのだ。
そんな様子を気にする事もなく右腕を払う。
ブーと不満気な様子は見せるが少女も少女で瞳の奥には悲嘆に近い感情があった。愛しい存在が師匠と話した際に口にした言葉、その意味は短い付き合いとはいえ、何度も目にしてきた畏怖するべき光景であった。だからこそ、静かに愛しき人の背中に身を預ける。
「……どうせ、すぐに暴れてもらうよ。低階層で時間を費やしていられる程の余裕は無いんだ。ましてや、ここは」
「何があるか分からねぇ……理解しているならそれでいい。ここでは俺もギネも容易に死んでしまうからな」
「だから、お前に任せている。誰もが命をかけてもよいと思えるからヴィルという男に、自分達の大切な意志を任せているんだ。気は引き締めたままでいろ、いいな」
ダンとギネの言葉にヴィルは頷いた。
出来る事なら……その続きは誰もが等しく感じるものであった。誰かを守るという事は成し遂げられるだけの力がある前提に成り立つのだ。少なくともヴィルを除いた全員が自身の力不足を恨んだ事がある。対して彼が感じたのは……力への渇望だけだった。
「あれれ、僕が言ったら死ねるんだ」
「まぁな、当たり前だろ」
「……うん、そうだよね」
渇望、その根底にあるのは父の背中だったのだ。
騎士の上に立つ者達、その聖騎士の一人として高名であった父の背中を未だに追い続けている。だが、その願いも想いも一つの家、同じく聖騎士の家によって阻まれてしまったのだ。どれだけ憤慨しただろうか、どれだけ号哭に近い声を独りあげただろうか……所詮は一夜の蝶の夢である。
ダンがギネが……何をしてくれただろうか。
ライアンが……何をしてくれただろうか。
父の知り合いすらも当たった。だからこそ、ヴィルは何の問題もなく騎士試験を受ける事が出来たのだ。多くの者の期待を背負いながら成果を成した彼を待っていたのは只管な絶望、一つの家の強大な嫉妬に巻き込まれたという悲惨な末路だけが残ってしまった。
「先へ進もう。ここにいたら縁起が悪い、だろ」
軽はずみな言葉は口には出来なかった。
彼等が口にしたように、こうして首肯で返してくれるように……ヴィルが必要だと命じたならば間違いなく命をかけてしまうのだ。生き残るため、果ては自身の命と同等に大切な何かを守り切るために死ぬ覚悟は既に整っている。
それは冒険者として、兵士としての意地だ。
今の騎士達が失った覚悟、街の兵士が兵士だと言えない最大の理由である。自身の父が多くの者達を守るために戦い切った姿は、虹彩の奥に映ったまま離れた事すらない。
『ヴィルは……カッケェ男になれよ』
「うん……なってみせるよ」
独白、血塗れの父の姿はカッコよかった。
美しく光に塗れ、その赤黒い鎧を愛おしくさえ思えてしまう。本来であれば普段の鎧を着たかった彼ではあったが役割が違った。今回であれば後方での指示や支援、そして作戦の要であるシャロの護衛である。だが、そこには確かな穴があった。
「はぁ……お前ら、中に入っても戦わなくていいぞ」
「ええ、多分ですけど一瞬で終わりそうです」
「手の内は晒したくねぇんじゃなかったのかねぇ」
ギネの言葉にノーグが肯定し、ダンは呆れた。
内心、ヴィルもどの口が言っているのか、と言い返したくなったが一呼吸の中で気持ちも霧散してしまう。鎖で吸っていたはずの魔素が濃く、周囲に散り始めてきていた。少なくともヴィルには問題は無い、それでも残された余裕が限りなく減っている事は肌身を通して感じられてしまう。
ギィと重厚な音が響き、扉が奥へと沈んでいく。
人が三人、通れる程度の空間をヴィルが進んでいき、その後方を四人が続いた。道とは打って変わって、一つたりともランプはなく、あるのは酷く濃い魔素の塊のみである。それを一瞥して「はぁ」とつまらなさそうに声を漏らすと……ヴィルは右指を強く弾いた。
「雷の牢獄」
雷で作られた鉄の処女、その扉がしまっていく。
未だに変化すら見せない魔素を閉じ込めたかと思うと、光となって轟々と輝く鉄の処女が消えていった。ただ、それを他の五人は見ている事しか出来ない。一瞬で行われた理解の出来ない攻撃に笑うしか無かった。
「……へぇ、こんな倒し方でも素材は落ちるんだ」
「ん……魔物の発生は中で起こっていたから」
「まぁ、使えそうだし助かるけどさ」
ヴィルの内心にあったのは、物足りなさのみ。
自身の支援無しでノーグが恐怖を覚える空間だからこそ、ヴィルは化け物じみた魔物が現れると想定していたのだ。現に魔素から魔物が発生するまでの短期間で倒してみせたのも、処理の面倒さを鑑みての事であった。魔力の濃度から、と魔物の発生が完了していたのであれば耐えられるなどと考えていた結果が……今である。
「……問題は五階層から、だよ」
「って事は、もうそこまで行ったんだ。本当にシャロはすごいなぁ。でもさ」
「ん、大丈夫……ヴィルが優しくしてくれるから何とかなっているよ。一人だったら出来なかったけど、ヴィルが居てくれたら少しも……惜しみたくないから」
その声は少しばかり震えていた。
五階層、四階層から始められたとしても彼等が来るまでの時間と一階層の攻略までに三時間程度しか経っていないのだ。影分身から影分身を作れるという無法的な力があるとはいえ、何人のシャロが殺されたかなど、声からして分かる事である。
「ありがと。そういうとこ、本気で好きだよ」
「ん……私は愛されているみたい。ふふ……」
本来であれば分身が死ぬだけでシャロは死ぬ。
それ程までの枷ありきで強大な能力が与えられていたのだ。その事象を捻じ曲げてしまったのは同じく理から外れる事を成し遂げた、教えられるだけで他者の力を理解出来てしまう存在の影響である。
「……幻影魔法をかけるよ。それと睡眠もかける。今のうちに痛みは戻しておいて。絶対にシャロを殺させたりなんてしないから」
「……ごめん。愛して、いる……よ……」
一瞬だけ見せた強烈な表情の変化、それが少年の手によって穏やかとなる。スヤァと一気に眠りに入る姿は誰が見ても年相応だった。時折、苦痛に近い声をあげるものの安らかに眠りに身を任せる様子にヴィルは安堵の笑みを見せる。
「……とりあえず、今日で五階層、かな」
ヴィルの目的、それはダンジョンの攻略である。
シャロが自身のために命を燃やすのであれば、ヴィルからしても同様に命を燃やす事由となった。本当であれば全員を連れて瞬時に動くなど容易な事だったのだ。だが、それを拒んでしまう暖かさと冷たさを混ぜ込んだ感情が確かにあった。
だから、全員を試してしまったのだ。
自身が本気を出して攻略に挑んだとして、着いてきてくれるかを見たかった。身勝手で価値の無い感情がボヤァと小さく蕾を咲かせていく。薄暗い空間の中には父の背中ではなく、今ある大切な者達が目の前にいたのだ。
「命令を出す。今は従ってくれ」
ヴィルの言葉に四人は静かに頷いた。
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