16話
その様子を見てヴィルはニヤリと笑った。
少し前まではダンジョンの様子に気圧されていたノーグの表情が明確に変わったのだ。その事実が何よりも嬉しく、それと同時に意地悪い考えが浮かぶ要素にもなった。右手に魔力を集めると一気に放出させ、ノーグの眼前に向かってきていたブラックウルフの全てを集めた。
「無駄に魔力を使うなよ!」
「高々、近距離の転移だぞ。この程度で使う魔力なんて数分も歩けば回復出来る。それにこんな場所でも無ければ僕の力は発揮出来ないだろ」
その言葉にノーグは何も言えずに頷く。
空間魔法の一つである『転移』、ダンとギネも平然と行う影響で感覚がおかしくなりそうではあったが、普通は魔法使いの上位職である魔導師となってようやく扱えるような稀有な魔法である。加えて現にノーグとの会話を楽しむためにヴィルは三十はいるブラックウルフを個々で結界に閉じ込めていたのだ。
魔導師であっても出来ぬ芸当であった。
フッと漏れ出した息は嘲笑では無いだろう。騎士を目指しながらも自分達よりも前を進める幼き存在、昔のように殺しあった時には何が起こるか等と似つかわしくない考えを吐き出しただけであった。
「ほら、アリア。やってみてくれ」
「はい! その程度で良いのですね!」
ウィンドボール、風魔法の初歩的な技である。
だが、明確に違うのは使用者がSランク冒険者のアリアである事だろう。小さな小さな、一円玉程度の大きさの緑色の球が数百も一度に作り出されたのだ。詠唱もなく技名すらも必要ない。代わりに小さく声をあげただけであった。
「あれぇ……この程度で死んじゃうんですね!」
「はぁ……我が妹ながら末恐ろしいよ……」
放出された魔法は大半を貫き、煙へ変化させた。
自身がどれだけ暴れようと壊せなかった結界を、いとも簡単に貫く魔法に残った六匹も怯んだ様子を見せ、空いた穴へ爪を、牙をと突き立てるが既に遅かった。スッと距離を詰めたノーグの斬撃によって首が飛び、その刃を軽く振るって地面に一筋の赤い道が浮かんだ。
「……はぁ、準備運動にもならなかったか」
「ここまでお膳立てされたら流石に、ね」
「まぁ、いいよ。腕が落ちていない事は見て分かったからさ。これで何度も何度も斬っているようだったら支援するのも嫌だったし」
ヴィルの表情に少しの優しさは残っていない。
その言葉にウソは無いのだ。騎士としての自負がある自分が支援に甘んじるという意味、それは前線を張ってはいけないという屈辱的なものと相違ない。甘んじても良い相手であるという屈折した信頼は、ノーグとアリアの頬を無意識的に和らげた。
「……ん? 何かおかしかった?」
「ヴィルが私を認めてくれました。それが何よりも嬉しいだけです」
「……別に会った時から認めてはいたんだけどなぁ」
本来であれば抱き着きたい程に嬉しかった。
それでも彼女を踏み止まらせたのは心のどこかにある自分への嫌悪感であった。……だからこそ、最後の言葉は彼女の心を静かに暖め、砂漠を潤す程の豪雨の如く満たしていった。既に劣悪な感情は持ち合わせてはいない。静かに自身の胸の前に手を当ててニコリと笑ってみせた。
「お、話は終わったか」
「……なにこれ?」
「ああ……? 破壊しただけだが……変だったか?」
目の前の光景にシャロから声が漏れた。
先程までは柱と壁で埋まっていた空間、そこに大きな人二人程度が歩ける程の大穴が空いていたのだ。ましてや、彼女を一番に驚かせたのは大穴の先には二階層へ降りるための階段に繋がる事であった。
「道があるから進む、なんてダンジョンの罠にかかってくれと言っているようなものだからな。ここが初めて聞くような、SSSランクのダンジョンともなれば尚の事だろ」
「お、ギネにしてはいい事言うじゃねぇか!」
「はぁ……正当化したいだけだろ」
ヴィルの言葉に二人の表情が強ばった。
ギクリと音が聞こえてもおかしくない程の分かりやすい表情である。その後、ダラダラと冷や汗を流しながらヒューヒューと鳴らない口笛を奏でてみせた。その足元には破壊したはずの壁の欠片は何処にも見当たらなかった。
「ほ、ほら、お前は本当に細かい事を気にする奴だからな。所詮はダンジョンなんだ。通りやすいようにしたところで誰も文句は言わないだろうに」
「いやいや……まぁ、そうなの、か……?」
事実、楽になったというのは正しかった。
鎖によって濃く蔓延していた魔素は減ってはいたものの、先程までは光魔法による保護が必要不可欠であった。今は魔物を殲滅した事に加え、ダンジョン内部を破壊した影響で殆どの魔素が霧散している状態であった。それは下の階層にも等しく影響を与える事であると容易に想像出来る。
「二階層も似たように出来るかな」
「ん……四階層まで見たけど似たような状態だから問題無いと思う。ただ、階層ごとに部屋があるから無駄な消耗はしたくない……」
「ああ、大丈夫。二人なら問題無いよ」
チラと見たダンとギネは満面の笑みで返した。
当然の事だ。どれだけ手に入れても足りない程の素材を得られるチャンスなのだ。ましてや、シャロの想定している程の消耗は起こっていない。多少の魔力は強化のために使用してはいたが殆どは二人の身体能力故のものである。
「部屋、か……いいね、少し遊ぶか」
「……私は」
「シャロはダンジョン攻略に専念して。最悪の事を考えた時に……君が消費しているのは宜しくないからさ。それに」
その続きを口にするには猶予が欲しかった。
自身の背中で健気にも言葉を待っている女性へ本心を伝えるためにも、数回の深呼吸を行った上で自身の腰に差した剣へ軽く手をかける。勇気の象徴でもあった父の姿は、そして間違いなく揺るがない思いは確かに彼の心に火をつけた。
「好きな女性を守るなんて余っ程、騎士らしいと思わないかい。シャロを、アリアを……そしてノーグのような大切な友人を守れるなんて騎士冥利に尽きるよ」
「ん……ヴィルは腐っても騎士だから」
「まだ腐ってません。そこは訂正してくださーい」
「ん、ヤ!」
甘えながらも抱き締める様子に愛らしさが湧く。
大切、守りたい……そのような思いは昔からあったものであった。何度も裏切っておきながら、許され甘えてきた過去にケジメを付けたい。そのような感情は久し振りに見た真面目なノーグの姿から想起されたものである。心の底の本心までは口に出来ずとも思いの丈くらいは伝えておきたかったのだ。
「ノーグ、アリア……部屋の敵に関しては僕達三人で討伐を行う。ダンとギネは不備があった際に取っておきたいからね」
「はっ、馬鹿息子なりに頑張る気になったか」
「いつも頑張っているんだから多少は認めて欲しいけどなぁ。それともポーションの出来が良すぎて追い付かれそうとか思っちゃった?」
「抜かせよ。お前の前にいる俺達はデケェぞ」
そう、だからこそ、ヴィルは覚悟を決められた。
通称、部屋……それはダンジョン内に潜った際にのみ通じる言葉であり、意味としては次の階層へ続く階段を守る階層ボスが居着く空間であった。本来であれば安全性を兼ねてダンとギネと共に戦いたい感情を抑えて口にしたのだ。そんなヴィルに帰ってきたのは全員の笑顔と首肯だった。
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