14話
「最悪な……臭いがするな」
「ああ、そりゃあ……鳩が死ぬわけだ」
「ん……即死だったから」
未だに彼等の眼前には木々が続いているだけ。
だが、その嗅覚は、肌は嫌という程に理解させてくる。ツンとつく等という生易しい表現は出来やしない。その体全体を貫くような空気が、何かが確かに漂っているのだ。ヴィルですらも微かに体調の悪さを覚えてしまう程の嫌な気があった。
「魔素……ではねぇな。その割には濃すぎる」
「人工的なものだろうな。こんなもん、香を作る時ですら湧かない濃さだぞ。……って事は、ダンジョンも近しいものだろうな」
「……少なくとも、普通のダンジョンでは無いよ」
その言葉は遠回しな肯定であった。
報告を行っていたのはシャロのみ、彼女だけが攻略対象であるダンジョンを見ているのだ。他の者達も続けようとしないシャロを見て、事の重大さを肌身を持って感じてしまう。そして、その言葉の意味は遠くない先で訪れる。
「神殿……エルザス」
十二の柱からなる巨大な漆黒の神殿。
その様子を見た時にヴィルは確かに小さく呟いてしまった。何故、知っているのか……等とは彼自身が一番に感じていた。分からない事だらけの中にあるのは知っているという事実だけだった。だが、それをどうにか出来るだけの余裕は持ち合わせていない。
「エルザス……聞いた事のねぇ、名前だな」
「エル……神の名前だな。ザスは……」
「によって、従って……古来の言語の一つだね」
ノーグの言葉にダンとギネが一つ呼吸を置く。
正しい扱い方では無い事くらい、彼にも分かっている。ただ無理やりに解釈をするとすれば、そのような受け取り方が出来るだけであった。多くの知識を吸収してきたノーグの頭すら悩ませる問いではあったが、ダンとギネには不思議で仕方が無い事があった。
「……なんで、それを知っているんだ」
「貴方達と一緒ですよ。こんな……訳の分からない発言は今に始まった事ではありません。僕達はヴィルの足りない部分を補うために力を付けてきましたので」
「なるほど、な。そういう事にしておくわ」
それが嘘である事は誰もが分かっている。
詳しく聞かないのはダンもギネも、期間が空いているとはいえ、元は冒険者であったからだ。察する事はしても、互いの素性に関しては無理に聞いてはいけない……加えて今は誰がどうなどと気にしていられる程の余裕は無かった。
ギネは一人で前を進んで幾つかの道具を出す。
最初に一つの小箱を破壊するとモヤが飛び出しギネへ纏わりつくように覆った。薄く薄く、それもあってか、目を凝らさなければ普段の姿と少しも相違なく見えるだろう。そのまま一つの鎖を神殿内部への入口前まで進んで突き刺した。
濃く蔓延していた魔素が収束し、食われていく。
ピキりと嫌な音が響いたが横に新たな鎖を突き刺す事で破壊までは免れた。ハァと小さな溜め息を吐くと先に刺した鎖に手を当てて魔力を流す。その表情はあまり良くは無いが離された手の先は横にある物と何ら遜色ない状態となっていた。
「一先ず……準備は終えたぞ」
緑色の小瓶の中身を一気に流し込んで笑う。
魔道具の製作や扱いに長けているとはいえ、想定していた数倍の難易度の高いダンジョンなのだ。本来であれば一本で足りたはずの魔道具、吸魔の鎖ですらも余計に使用してしまっていた。笑ったのも何とかなった事への安心からに他ならない。
「なら……これで進めるね」
ヴィルが鎖に手を付けるのと同時に地面に大きな魔法陣が描かれる。二十の指輪を取り出すとそれに付けて一つずつ、全員に投げ付けた。自身も右手の中指に付け、他は人差し指に付けていた指輪の中へとしまった。
「ん、つけれない。つけて」
「はぁ……はいはい」
命を懸ける場であっても変わらない、ワガママなお姫様に苦笑をしながら、片膝をついて左手を取った。最初は中指へと進ませたがチラと見えた表情が悲しさで満ちていたのを確認すると、大きな溜め息を吐いて一つ横の左の指に指した。
「……ごめん」
「おまじないだよ。死なないようにってね」
無視する事も出来ただろう。だが、しなかった。
シャロの顔を見た時に思い出してしまったのだ。エルザスについて伝えた時の表情も似たように曇っていた、と。最初から白の角蛇は特攻して死ぬ気だったのだと分かってしまった。だから、そうさせないためにヴィルは否定をする。
「あれ、私の指輪もブカブカなようです」
「分かったよ。ただし」
羨ましそうに左手を差し出すアリアへ、ヴィルも少しだけ意地悪な顔をした。女心から来る対抗心ではあったものの、シャロとの関係性はアリアにも分かっていたのだ。嫉妬はあっても仲間を憎む事はしたくない優しさから人差し指だけを伸ばして笑う。
「はい。私は付けてくれればそれで」
「君も僕のおまじないを受け取ってもらうよ。それが条件だ。そして絶対に死ぬな。そうしてくれるのなら幾らでもワガママくらいは聞いてやるからさ」
「……はい! 死なせません! 私も! ヴィルも!」
薬指に輝く指輪を撫でてアリアは覚悟を決める。
シャロからの報告をされるだけの日々では灰色に満ちていた景色が、村に到着してからというもの全ての色が鮮明に映っていたのだ。絶望的な今ですらも確かに誰もが未来を見ていた。その目に光を宿していない者は誰もいなかったのだ。
「本当に、色んな意味で器用な奴だなぁ。なんで、こんな奴を騎士様とやらは落としたのだか。戦闘も出来れば、魔道具も扱える。それに女の扱い方も上手いとなれば御貴族様との橋渡し役にでもなっただろうに」
「まぁ、俺達の知識を継いでいるんだ。それを騎士共に奪われなくてよかったと喜ぶべきだろうな。ましてや……アイツを貶す者達を許せる優しさは俺には無い」
「……ああ、俺もだ」
本当は、等と本音を話せる訳も無いのだろう。
自分達の力を存分に吸収しながら、彼等でも出来ない事を涼しい顔で行ってしまう小さな化け物の存在は、父に近しい感情以上に人として、守りたいものであった。少なくとも魔素を魔力へと変換しながら転移の魔法陣を作り出す等といった神業は過去に一人しか、二人は知らない。
「ヴィル、イチャイチャしている暇はねぇぞ!」
「こうしている間にも鎖の耐久値は減っていっているからな。持って二日ってところだ。しかも、二本刺してようやくな場所だ」
吸魔の鎖は村の周囲にも刺されている。
広大な村を囲うために百数本の鎖を刺してはいたが十数年と交換されていない程に長持ちだった。通常のSSランクのダンジョンであれば一本で一週間は持っていただろう。それ程の最高品質の魔道具でさえ、二本も使って二日が限界なのだ。
魔工技師の腕を理解しているから走る緊張感。
グダとしたい感情を胸の中にしまい、ヴィルも自身の両頬を軽くペチりと叩いた。やらなければいけない事がある、守らなければいけない事がある……本来、担うべき存在はどこにもいない。それでも戦わなければいけないのだ。
「……そうだね。ほら、シャロ。乗って」
「ん……ごめんね」
「いいよ。逆に任せ過ぎてごめん」
飛翔と同時に小さな背中でシャロを背負った。
足を踏み入れた者達は皆、等しく息を飲んだ。ダンジョンとは思えない程に美しい、西洋の城のような内部。煌々と照らすのは松明ではなく全てが壁に取り付けられたランプだった。だが、触れようとしても透ける様子から、やはり普通の場所ではない事だけを伝えてくる。
作戦は難しいものでは無い……シャロの力を使って先を探索しながら、全員で徐々に進んでいくといったものである。普通であれば支援役のヴィルと中衛であるシャロがいない枠を埋めるのは容易ではない。だが、今だけは話が違った。
「おいでなすったな」
「ああ、ここは」
「いや、いい。……もう終わっているからな」
確かに八体のブラックウルフが現れたのだ。
だというのに、ノーグが構えるために取った二秒の空白。その中で全てが砂の柱に刺され、その命を煙へと変換していた。残るのは八つの彼等の牙とコアのみである。そこでノーグは思い出した。
目の前の人もまた、伝説上の化け物である、と。
宜しければブックマークや評価、いいねや感想などよろしくお願いします! 作品制作の意欲に繋がります!




