11話
全然……戦闘会に行けません……!
多分、次の次くらいには絶対に……そう、多分……!
「ただいまぁー! お兄ちゃん!」
「おかえり、ヒナ」
扉が開き、一つの陽の光を帯びた風が通った。
ヴィルは自身目掛けて来たそれを、全身で浴びて抱き締めるように抱える。勢いが強かったために少しばかり後退りしてしまったのは、想像以上に目の前の少女が強くなっていたからに他ならない。三人暮らしでは広すぎるリビングに自然の香りが広がった。
泥んこまみれ、それは元気な証拠だろう。
抱えられた瞬間に魔法で汚れ自体は消えたものの、新しい風が吹いても尚、靡く事の無い左側に纏められた赤色のサイドテールは汗が固まった故のものであった。自身が村を出てからも欠かさずに行っていたであろう、共通の課題……そんな感慨に更けている事には気にもせず、ヒナは視線を動かしたところで一箇所に留まる。
「アレ……お兄さん、だぁれ?」
「僕かい。僕はただのヴィルのお兄ちゃんだよ」
「お兄ちゃんのお兄ちゃんなんだ! すごーい!」
純粋無垢な太陽のような言葉にノーグは俯く。
天使、それ以外の言葉が思い付かなかったのだ。それが分かるからこそ、隣で座っていたアリアは空いていた横腹へと本気で拳を入れる。近接戦闘職と見間違う速度の攻撃はダンとジーナが素直に驚く程の威力でもあった。……それに顔色一つ変えずにいられる彼の方がおかしいのだ。
「確か、ノーグ殿だったか。そっちはアリア殿であっているか」
「ええ、その通りですよ。ギネ様」
「よかったよ。何分、ヴィルとシャロ殿から話でしか聞いていなかったからな。合っているのかは正直、分からなかった」
ギネの笑顔にノーグは軽く髪を掻いて首肯する。
一切、敵意の無い様子にノーグは不思議に感じた。彼自身が口にするのもおかしな話だが、ジーナの見せた行動のように相手を測るというのは普通の事だろう。だからこそ、目の前のギネのような気にしてもいないような様子は、ダンも含めて初めての経験でしか無かった。
「ん……何か気になる事でもあるか」
「いえ……特には」
「そうか……まぁ、話せる時にでも話してくれ。今日からは共通の目的のために手を組んだ仲間だからな。その目からして聞きたい事というのは俺とダンに共通しているんだろ」
鋭過ぎる眼はノーグの心すらも貫いた。
沈黙、それが肯定である事は誰の目から見ても明らかだった。ヒナも悟ったようにウンウンと首を縦に振った後で……ポケェと小首を傾げた。空気を読んで分かった振りをしていただけの姿にノーグは吹き出してしまい、毒気を抜かれたかのように座ってからヴィルを膝上に乗せる。
「やっぱり、伝説は本当だったみたいだ。なんとなく、そう、なんとなくだけど分かったよ。仲間だと言ってくれるのであれば尚更、言葉にするべきだろう。この人達は本当の意味で信用して良さそうだとね」
「そりゃあ、僕の大切な人達だからな」
「んー、シャロからもその話をされてはいたけどさ。案外と君は人を信じやすいから許していいか分からないんだよ。それに……」
その視線は私服を着ている少女へと注がれた。
目に入る毛の全てが白い、造形物と見違うような美しさを体現した少女だ。人の弱さに負け、一時の栄華のために争いが起こった過去等、彼女の特徴的な見た目を持つ種族を知っている者からすれば想像に容易い事であった。
「本当に……精霊族の生き残りだったんだね」
「それも純正の、ね。だから、ジーナさんの視線が怖かったんだろ。自分への値踏みも弱ければ奪いに来るのかもしれないって。まぁ、ダンさんとギネさんが値踏みなんてしないのは」
「しなくても相手の力量くらい分かるだろうに。それに義理とはいえ息子が信じている相手を疑う方がおかしな話だ」
「敵なら襲われた瞬間に潰せばいいだけだしな。わざわざ、気を張って関わる方が面倒この上ない」
力の差を理解しての言動、だが、一瞬だけ放たれたダンの軽い威圧にノーグは一つ冷や汗を流す。脅しでもなんでもない、事実を伝えただけではあったが、確かにその威圧から微かなりとも心のどこかに慢心があったと理解したのだ。
「喧嘩はダメだよ! そんな事するお父さんは嫌い!」
「あ……ごめんな、ヒナ。お父さん、ちょーっとだけ、ヒナにカッコイイ姿を見せようとだな」
「謝る相手が違うからダメ! 嫌い!」
「悪かった。そこまで分かりやすく反応するとは思っていなかったんだ。ほら、ヴィル相手なら顔色一つ変えねぇからさ」
口が滑っただけ、だが、余計な一言だった。
関係性を知らないシャロとアリアはそんな事もあるかと様子を伺っていたが、ジーナとヒナは明確に鬼を背中に引っさげてダンを睨み付ける。即座にダンも察した様子で「あっ」と小さく声を上げたが時既に遅かった。
「もう、大嫌い!」
「意図はどうであれ、向けていい理由があるとは思えないさね。ヒナ、今日からお父さんの事は無視するよ。嫌な気が移る」
「三日は口聞かないから!」
ガーンと効果音が鳴っているかのように分かりやすく肩を竦めるダン……だが、ヴィルには分かっていた。チラチラとその視線を向けて助けてくれと願っているのだ。反省していない姿に強めに頭を掻いてみせたが、放置した時に起こるであろう凄惨な結末を見たくないという一心で口を開いた。
「あー……ま、まぁ、僕も頼んだ時もあるから程々にして欲しいかな。戦闘職に就くという事は威圧にも耐えられる精神が必要だからさ。合理的なやり方だったんだと思うよ」
「……ヴィルが言うのなら多少は許してやるさ。ただし、それを当然のように口にする大馬鹿者には罰は与えるよ。ヒナもそれでいいね」
「うん!」
絶望して膝を着くダンに両手を合わせた。
ヴィルのその姿を見てギネが最初に真似をし、シャロが真似をし……そのニヤけている目を見てノーグとアリアが真似をする。その様子を見ていたヒナも満面の笑みで真似をしたところで、我慢の限界だったジーナは大きな笑い声をあげた。
「アンタ達、良かったら飯も食っていかないかい。作戦の確認とか、話さなきゃいけない事だって多くあるだろう。変に移動の時間をかける方が面倒さね」
「僕は食べたいけど……アリアはどうしたい」
「……ヴィルの胃袋を掴んだ味は知りたいです」
今まで黙っていた少女の鋭い目にジーナも真面目な表情へと戻る。それが本音かどうかを気になりはしたが、即座に嘘では無いと察した。咄嗟に口にした言葉の意味を思い出したために、チラチラとヴィルへ視線を向けているのだ。食べ頃となったリンゴのように頬を赤く染める姿は、誰がどう見ても恋する乙女でしかない。
「だそうです。大丈夫ですか」
「構わないさ。何なら料理も教えてあげるよ」
「御義母様、今後もよろしくお願い致します」
「あ、あいよ……おかあさま……?」
不思議な呼び方に少し驚いた様子を見せる。
歳の割に大きく実った胸を張ってフフンと鼻を鳴らす姿を見て、ヒナとシャロがギィと鋭くなった視線を向ける。一歩リードと言わんばかりの様子に苛立ち、シャロはノーグの膝上にいるヴィルを引っ張って隣に座らせた。
左側をノーグで埋め、右側を自身で埋めるというのは紛れもなくマウント返しであった。スルリと腕を絡める姿にアリアはキィとどこからか出したハンカチを噛んで負けじと背後から抱きしめたが、ヒナだけは勝ち誇ったように、フッと見た目に合わない嘲笑混じりの声をあげる。
「ここはヒナの特等席ー!」
「な……ヒナ、恐ろしい子……!」
「やはり、ライバルは多いようですね……面白いですわ」
ヴィルの膝上に座って寛げるのは幼子のみ。
鬼を宿したままの幼子の横には虎を宿した美しい女性がおり、そして二人へ睨みを効かせる龍を宿した少女……そんな三人の中心にいるヴィルは大きな溜め息を吐く事しか出来なかった。
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