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ラノベ残酷物語  作者: 秋山完
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23●『素晴らしき哉、人生!』そしてサンタクロース陰謀論。

23●『素晴らしき哉、人生!』そしてサンタクロース陰謀論。




 『クリスマス・キャロル』も『飛ぶ教室』にも、サンタは出演しませんでした。

 そして第二次大戦が終わった頃、有名なクリスマス映画二作が公開されます。


 映画『素晴らしきかな、人生!』(原題「It's a Wonderful Life」 1946米)は、アメリカ映画協会(AFI)が選ぶ「感動の映画ベスト100」で1位に輝く古典的名作。

 作中に描かれているのは1945年のクリスマス。おそらく米国で最も著名なクリスマス映画といえるでしょう。


 時に、1945年のクリスマス・イヴ。

 妻子がありながら、自分の人生をはかなんで自殺を決意する男。

 彼の前に天使が現れ、このように諭します。

 ……死んではいけない。君の人生には価値がある。その証拠に、君が生まれなかった場合の世界を見せてやろう。


 ……幽霊に導かれて自分の過去から未来を垣間見る『クリスマス・キャロル』にちよっと似ていますが、『素晴らしきかな、人生!』にはスクルージ級の悪役が別途に配置され、ディケンズの守銭奴に張り合っています。

 『素晴らしき……』の主人公はスクルージとは真逆の善人。それだけに、人生の失敗の責任を自分一人で引き受けようとするのですが……

 しかし物語の最後の最後に主人公を救う大逆転ホームランを放つのは、天使ではなく、主人公の彼自身でもなく、彼を心底から愛していた妻メアリーだった、という結末が、文字通り「素晴らしき哉!」なんですね。

 この映画には原作小説があり、そのタイトルは『The Greatest Gift』。

 サンタクロースは登場せず、最高のプレゼントの贈り主は、最愛のひとだったわけです。男たちよ、愛妻様を大事にしませう。


 絶望のあまり、死んだ方がマシ……と自己嫌悪していた主人公の人生の価値を一番よく知っていたのは、彼女だった。

 よくできたヒューマン・コメディであり、そして、上出来ウェルダンのラブストーリーでもあります。米国ではクリスマスのたびにTV放映されるといいますが、本当に年一回、クリスマスに観る価値は十分にありますよ!



 蛇足ですが、主人公の妻であるメアリーを演じるのは、のちにアカデミー助演女優賞を受ける名優ドナ・リード。これぞアメリカン・アクトレスって感じの美人さん。

 特筆したいのは、「主人公が生まれなかった場合の世界」におけるメアリーが、びっくりするほどキュート! ってこと。なにしろ、①眼鏡っ ②男子苦手の地味っ娘 ③本好きの図書館勤務 ……と、萌え萌え要素がきっちり揃ったキャラで、その御尊顔は数秒程度しか映りませんが、それだけでもこの映画、観てよかった……と思わせてくれます。

 「元祖・萌えガール」ってところかな……


       *


 続いてようやく、サンタクロースが主人公といえる名作……いや、ちょっと迷作でもありますが、「ニューヨークのクリスマス」を象徴する歴史的傑作が『三十四丁目の奇蹟』(1947米)です。

 赤いコスチュームに白い髭、プレゼント満載の袋を背中にしょって現れるサンタ老のイメージが明瞭に描かれた映画は、この『三十四丁目の奇蹟』(1947)が嚆矢こうしとなるのかもしれません。


 クリスマス商戦に沸くニューヨークに実在する百貨店を舞台に、何やらサンタっぽい爺さんが仮装パレードのサンタ役で大当たり! しかして彼はひょっとして本物のサンタなのか? それともヘッポコなペテン師にすぎないのか? と波紋が広がっていきますが……


 アカデミー賞を三部門制覇し、のちに何回も映画やミュージカルにリメイクされた超人気作。

 いや確かに、素晴らしい作品なのですが、ちょっと気になるのは、この映画って、百貨店のクリスマス商戦の“販売促進プロパガンダ映画”としても、ずば抜けていること、なのです。


 本作の公開は1947年の5月で、「クリスマス映画」とするには違和感のある初夏の時期となります。理由はよくわかりませんが、前述した映画『素晴らしきかな、人生!』の公開が1946年12月20日で、ズバリ、クリスマス映画なので、これとダブるのを避けたのかもしれないなぁ……とか、あえて公開を遅らせて1947年12月のクリスマス時期にしたら、これまたズバリ、ニューヨークの実在百貨店のクリスマス用PR映画じゃないか! ……と酷評される恐れもあるしなあ……とか、勝手に想像してしまうのですが、結果的にアカデミー賞を狙うには、1947年の5月あたりがベストなタイミングだったのかもしれません。


 ともあれ、作品の評価の高さは別として、かなり意地悪な見方ですが、この作品の正体は“販売促進プロパガンダ映画”だと深読みしたならば、実際に、そのまま最高級の“販売促進プロパガンダ映画”として、よくできていることも確かなのです。


 結末のハッピーエンドも、お約束なご都合主義と解釈してしまえば、それまでですし……つまりここで、私論ながら、映画を使った「サンタクロース陰謀論」なるものが浮かび上がってくるのです。

 『三十四丁目の奇蹟』は間違いなく美談物語。

 しかし同時に、19世紀以降の資本主義が生み育てたビジネス・サンタのイメージをクリーンな形で観客に印象付け、クリスマスが来たらプレゼントをいっぱい買ってくださいネ……と目論む、「サンタクロース陰謀論」の可能性もゼロとは断言できないでしょう。


 そう考えると身もふたもないのですが、結果的には、この映画を観たら、百貨店へ出掛けてクリスマスプレゼントを買おうという気になりはしないでしょうか?


       *


 商業的なサンタクロースのイメージは、もともと19世紀以降の百貨店が人工的に創り出した販促装置だったことは、ちょっと残念ながら、歴史上の事実ですね。

 似たようなことは、ほかにもあります。


 バレンタインデーとホワイトデーは、1970年代後半から80年代にかけて浸透していった、菓子メーカーなどの販促キャンペーンでした。“義理チョコ”に、義理返しが重なって、気を遣う年中行事が増えました。チョコは肥満の一因でもあります。

 ハロウィーンは、1990年代末頃に東京ディズニーランドで開催された仮装イベントがきっかけで盛り上がっていったようですね。盛り上がりついでに、いまや渋谷で大騒ぎの全国的お祭りにエスカレーションした体たらく。ありゃ警察官の無駄遣いだぞ、銀座の宝飾店を狙う闇バイト仮面強盗団がその夜を狙ったらどうするんだ?

 そして節分の「恵方巻」、恵方を向いて巻きずしを食らう、その習慣は大正時代からあったといいますが、全国に広まったのは1990年代の、コンビニチェーンが仕掛けたキャンペーンから。翌朝の、売れ残り巻きずし大量廃棄が問題視されたこともありました。

 サンタに限らず、現代の資本主義が人工的に仕掛けた販促イベントが、ずっと昔から身近にあったかのように、私たちの生活文化に浸透してしまった実例ですね。


 本屋さんにも、そういった試みがありました。

 4月23日の「サン・ジョルディの日」。スペインの慣習で、親しい人にバラの花を添えて本を贈る日ということで、これも1990年代あたりにPRされたようですが、定着したとは言い難い結果に終わりました。読みたくもない本をもらったら、なかなか心苦しいですからね。それに当時は景気も良かったですし。

 しかしすぐに出版不況の波が押し寄せてきて、書籍全体の販売促進にテコ入れするために発案されたのが、あの「H屋T賞」でなかったか? ……と、個人的に想像するわけです。

 これはキャンペーンとして大成功した、非常に幸運な例となりましたが、2023年の今、20年近くも続いていると、多少、気になる点も出てきます。

 それは選考基準が「書店員が一番“売りたい”本」であって、「一番“すばらしいと思う”本」と完全イコールとは言えないことです。

 微妙なニュアンスですが、「売りたい本」というのは、資本主義的には「大量に売れて書店に利益をもたらす本」ということになりますから、「大増刷を前提として、出版社が宣伝販促に一番熱心な本」という要素を選考の現場では無視できなくなるのではないか? ……そんな気もするのです。

 その証拠と言っては何ですが、過去20年近くを振り返ると、ある程度限られた範囲の作家様が10位内のランキングに何度も繰り返し入っておられます。そして、映画やドラマに映像化されるタイミングも、予定調和的にスムーズすぎるような……。

 つまり、何年も、回を重ねるごとに、ある種のかたよりが受賞結果ににじみ出てきたのではないかと……

 その「偏り」の善し悪しは私が議論できることではありませんが、個人的には、「H屋T賞」の受賞作品は、一年ほど待って作品の評価がいろいろな角度からなされたのちに、買うか否かを判断するように心がけています。

 受賞作だからといって、タイトルだけですぐさま飛びつくのでなく、自分が本当に読みたい本なのかどうか、時間をかけてゆっくりと吟味することも一興いっきょうではないかと思うわけです。


      *


 それはさておき……

 サンタクロースです。

 現代の私たちが脳内に描くサンタさんの姿は、じつは資本主義の申し子です。

 それも、さほど古くはなく、ここ二百年ほどの間に作り上げられてきたもの。

 それは百貨店の販促に貢献するために、人類が意図的にクリスマスの時期に特化して、人工的に創造したキャンペーンキャラクターでもあります。

 「ご当地キャラ」というか、いわば「ご当時キャラ」と言うことでしょうか。


 つまりそれが、「サンタクロース陰謀論」。

 となりますと……


 悲しい想像となるのですが、以前の章で触れた、1897年のニューヨーク・サン紙の新聞社説『Is there a Santa Claus?』は、ひょっとして、当時のニューヨークの百貨店のクリスマス商戦を盛り上げるための販促イベントとして「仕込まれた」事案だったかもしれない? 

 ……という邪推も、完全には否定できなくなるかもしれません。


 そう考えると、大変無粋で、失礼とは存じますが、万が一の可能性としては、絶対にありえないとは断言できないだろうと、素朴に思います。


 万が一ながら、ひょっとして、すべてが、ヤラセだったりはしないか?

 ことの信憑性を増すために、あえてクリスマス商戦の時期を外した9月に、そろばんずくで仕組まれた手紙が新聞社に送られたのではないか?

 資本主義の帝国では、そういったことも、アリなのではないか?


 失礼の段、深くお詫びいたしますが……

 客観的な可能性として、完全否定はできないことでしょう。


 しかし、もしもそうだったとしても、フランシス・チャーチ氏が心を込めて執筆された社説原稿『Is there a Santa Claus?』がファンタジーの本質を明快に語った、その歴史的価値の大きさと感動の重さはゆるぎないと信じています……


       *


 こうした「サンタクロース陰謀論」を根掘り葉掘りしても虚しいだけで無益なことだと自覚しておりますが……

 私たちが「当然、昔からそうだった」と信じ込んでいる「環境」の一部は、比較的最近に意図的に作りだされた人工物だった、という事例は、意外とあちこちにあるということですね。


 まるで、OVAの秀作『メガゾーン23』(1985)に登場する人々が信じ込んでいた「最も良い時代である1980年代」が、集団幻覚の幻想ファンタジーに近い、はかない「環境」であったかのように……



 つまり、それもまた、ファンタジーの特質のひとつであろうと思うわけです。



 私たちが信じている「現実」なんてものが、何者かによって意図的に操作され、作り出された「ファンタジー」だったとしても、じつは、そんなに不思議な事ではない……ということですね。

 これもまた、ファンタジー作品の「みょう」たる所以ゆえんでしょう。




    【次章へ続きます】



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