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ラノベ残酷物語  作者: 秋山完
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22●『クリスマス・キャロル』と『飛ぶ教室』

22●『クリスマス・キャロル』と『飛ぶ教室』




 クリスマスと言えばサンタクロース。通俗的テンプレながら、鉄板のキャラですね。

 とはいえ、赤いコスチュームに白い髭、子どもたちにあげるプレゼントの袋を背中にしょって、トナカイのそりで冬空を駆けるサンタ老のイメージは割と新しく、19世紀、西暦1800年代になってから、主に米国で成立したとされます。


 1849年、米国コロンビア大学のクレメント・クラーク・ムーア教授名義で「クリスマスの前の晩」が出版され、その挿絵として赤い服を着たサンタクロース、がテオドア・C・ボイドによって描かれた。(ウィキペディアより)


 サンタさんの視覚的イメージが大衆に共有されたのは、このあたりでしょう。

 クリスマス・イブの夜に、煙突をくぐってプレゼントを届けてくれる、ファンタスティックな異次元のお爺さん。このイメージを大衆に植え付けたのは、米国の百貨店らしいですね……


「馬の引く橇に乗る者、箒にまたがって空を飛ぶ者、トナカイの引く橇に乗る者など様々なサンタクロース伝説が存在した。その中でアメリカ合衆国の伝説はデパートのクリスマス販促キャンペーンで宣伝されることによって有名になり、トナカイが橇を引くというサンタクロース像が固まるようになった。」(ウィキペディア「サンタクロースのトナカイたち」より)


 サンタクロースの原型となるセント・ニコラスの伝説を加工して、「大人の皆さん、クリスマス・イブにはサンタさんのプレゼントをお子様に届けてあげましょう。贈り物のお買い上げはぜひ当店へお越し下さい!」と新聞などの広告で訴求する大手百貨店……という、現代そのままの「クリスマス商戦」が成立していったのは、19世紀半ば以降の米国で……ということのようです。


 20世紀のサンタクロースのイメージが、資本主義の法則のもと、人工的に作り上げられたのは、多少残念な気もしますが、事実だと認めるしかないでしょう。


 では、ファンタジー作品の中に、サンタクロースはどのように登場していったのでしょう?


       *


 クリスマス・ファンタジーの古典といえば、英国のチャールズ・ディケンズ著の『クリスマス・キャロル』(1843)に尽きますね。ディズニーをはじめ、たびたび映像化されていますが、このお話はやはり本で読みたいものです。

 というのは、ケチケチ守銭奴のスクルージに雇われてブラック労働さながらにコキ使われていた事務員クラシット氏が家族と共にクリスマスを祝いながら、「スクルージさんにも乾杯!」と、おおらかにグラスを掲げてあげる場面があるからです。


 イヤな相手でも、クリスマスには許す心を持とう……


 それが当時の、「クリスマスを祝う心」の中心要素であったと想像されます。

 単なる贈り物のやりとりでなく、「他者を許す心を持つ」こと。

 とかく、拝金主義者の反省と改心の物語ととらえられがちな『クリスマス・キャロル』ですが、さりげなく、「クリスマスは許す日」であると描写されている点、この日の本質を衝いているように思えて、興味深いものです。


 ……だから、『クリスマス・キャロル』の出版から70年余りのちの1914年、第一次大戦のヨーロッパ西部戦線で、自然発生的に「クリスマス休戦」が出来しゅったいしたのでしょう。

 クリスマスは、憎しみを捨てて、許す日なのだと。

 偶発的かつ一時的な出来事でしかなかったとはいえ、公的な戦争の只中でドイツ軍とイギリス軍の兵士が、互いの塹壕と鉄条網を超えて手を握り合い、クリスマスを祝い、銃弾と砲弾以外のささやかな贈り物を交換し、サッカーの試合までしたという事実は、やはり素朴で微笑ましい人間的椿事ヒューマン・コメディなのだと思います。


 ディケンズの『クリスマス・キャロル』にはサンタは登場しません。

 人間と幽霊のドラマです。

 西暦1843年のこの時、英国ではまだ、サンタクロースがプレゼントを配って歩いてはいなかったようですね、


        *


 世紀を超えて、20世紀の前半を代表するクリスマスの物語と言えば……

 ドイツのエーリヒ・ケストナーが著した『飛ぶ教室』(1933)ですね。

 「まえがき」の一行目で作者ケストナー自身が「クリスマスの物語」と銘打っているだけあって、さすがに真打しんうちのクリスマス・ストーリーです。山口四郎氏訳の講談社文庫版(1983)が、訳文のテンポの良さと、丁寧に書かれた「あとがき」が蘊蓄うんちく深くておススメです。


 おもに少年向けに書かれた「学園もの」であり、20~21世紀のニッポンの「寄宿制学園ラノベ」の原典でありバイブルでもあると位置づけられるでしょう。

 個人的な見解ですが、まず『飛ぶ教室』(1933)があり、そして映画の『わが青春のマリアンヌ』(1955 独仏)…故・松本零士先生がここから「わが青春のアルカディア」をインスパイアされたとか…があり、続いてフランス映画の『悲しみの天使』(1964)があり、それらを踏まえて、萩尾望都先生の『11月のギムナジウム』(1971)と『トーマの心臓』(1974)が、読者に熱狂的に受け入れられていったものと思います。


 やはり、『飛ぶ教室』が20世紀半ばの我が国で広く読まれていて、そのイメージが下地となって、「学園もの」の広範な定着を実現したのではないでしょうか。


 21世紀の今、『飛ぶ教室』はもはやファンタジーです。

 映画とラジオはあっても、TVもパソコンも携帯も存在しない“異世界”の物語として読めるわけですから。


 しかし『飛ぶ教室』にはサンタは登場しません。

 百貨店が提唱する商業的なサンタクロースのイメージはすでにヨーロッパでも一般化していたと思われるのですが、ケストナーは自分の「クリスマスの物語」からサンタの存在を排除しています。

 『飛ぶ教室』が世に出たのは1933年のこと。アドルフ・ヒトラーが政権を取った年であり、強者が弱者を理由なく迫害する時代が幕を開けていました。1929年に始まった世界恐慌が、ただでさえ第一次大戦の敗北で破綻していたドイツ経済を打ちのめしていた時期でしょう。貧富の格差は極めて深刻だったはずです。

 良い子にプレゼントをもたらすサンタクロースが訪問してくれるのは、恵まれたごくわずかな家庭だけだったのではないでしょうか。


 そのためでしょうか。『飛ぶ教室』では、サンタクロースのかわりに、人が人に対して贈り物をします。

 それは単なる「物」でなく、長らく離別していた旧友との再会や、愛する息子との再会……といった形で実現します。

 とくに心に残るのは、貧しくて帰郷できない息子を思いながら、彼の父親が妻に対して「こんどのクリスマスは、おたがいになんのおくりものもできない。それだけにわたしたちは、いっそうよけいにお祝いをいおうじゃないか」(山口四郎氏訳)と語る場面です。

 本当のクリスマスとは何か、ケストナーの深い洞察が感じられます。

 それは訳文にも感じられます。

 「贈り物」でなく「おくりもの」であること。

 目に見える「物」の場合もあり、「目に見えない何か」である場合も含まれる……といった意味合いがあるのかもしれませんね?


 『飛ぶ教室』は、ファンタジー作品ではありませんが、クリスマス・ファンタジーの真髄を語った傑作であると思います。「学園もの」の神作品というか。

 「いじめと体罰、モンスター・ペアレンツ、そして教師のブラック労働」を避けて通れない21世紀の学園の現実と見比べると、ただ、ため息あるのみです。

 2023年の私たちは、90年前の『飛ぶ教室』に描かれた大切なことをいくつも幾つも、どこかへ捨て去ってきたとしか思えません。




    【次章へ続きます】




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