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ラノベ残酷物語  作者: 秋山完
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19●ニッポンのラノベの異世界は「進化なきガラパゴスの楽園」?

19●ニッポンのラノベの異世界は「進化なきガラパゴスの楽園」?



       *


 『本当は恐い〇〇〇童話』といったタイトルの本がヒットしたように、現実の中世ヨーロッパ社会は、現代人の常識からみて、恐ろしく残酷で、醜く、汚かったはずです。しかしラノベの異世界は、ほぼ例外なく、残酷で醜く汚い側面はめんどくさいとばかりにスルーしてしまい、描写しません。

 いわば、「冒険に特化した楽しい遊園地」のような異世界が、「死んで転生、チートで無双」のラノベに蔓延していることは確かでしょう。


 どうして、そんなに楽しい異世界になったのか。


 思いますに……

 第一に、ディズニーアニメやディズニーランド(1983開園)によるイメージ形成が土台にあると考えられます。

 描かれるファンタジー世界は、とにかく美しく、不快な要素は綺麗に切り落とされていますね。お客様をおもてなしする“商品”でもあるわけですから。

 つまり資本主義に立脚する異世界です。

 アニメ作品など、「美少女は絶対おトイレに行かない」原則が、おおむね徹底されているように見受けられます。

 「醜い要素、汚い要素」を巧みに消去し、スルーしているのですね。物語の結末は、まずもってハッピーエンドですし。


 そして第二に、PCゲームの舞台としての異世界によるイメージ形成です。

 『ドラゴンクエスト』(1986-)、『ファイナルファンタジー』(1987-)『ロードス島戦記』(1988-)などに展開されたゲーム上の異世界が、「ラノベの異世界」の基本的な構造に流用された感があります。


 まとめると、つまり、こうです。


 ニッポンのラノベの異世界イメージは、「アリス以前」のシェイクスピア、グリム、アンデルセン、そしてバレエやオペラなどの作品世界に「原点回帰」したように見えながら、じつは「“アリス以前”のファンタジー作品を参考にして組み立てられた、ディズニー&PCゲームの異世界」を「著作権に触れない範囲で流用」したのだ……というわけです。


 そう考えると、ニッポンの「異世界ラノベ」が、世界の潮流とは別に、ガラパゴス的に発生し、独自の世界観に閉じこもった事情が説明できそうですね。


 善し悪しは別として、そういった異世界が「読者が一番行ってみたい異世界」であることを物語っているわけです。


 ラノベにおける「異世界もの」で最初の大ヒット作は、『スレイヤーズ』シリーズ(神坂一氏著1990-)でしょう。“天才美少女魔道士”リナ=インバースのコミカルな珍道中……といった趣ながら、読者の圧倒的な支持を獲得して“ライトノベルというジャンルを一般層にまで広げた、いわば「ライトノベルの金字塔」的作品”(ウィキペディアより)と高く評価されています。


 すなわち、1980年代に国民的に浸透した「ディズニーアニメ&PCゲームの異世界」を踏まえて、『スレイヤーズ』シリーズに結実した「異世界イメージ」のエッセンスが、その後の無数のラノベ作品に巧みに流用され共有されて、30年後の今に至った……というのが、妥当な結論であるように思います。


 ということは……


 「ラノベの異世界」は、基本的にこの三十数年、ほぼ同じ様相であり、ほとんど進歩していません。

 まるで時間が止まったかのように、概ね同じ風景で、同じような魔物や怪物や魔法使いがいて、同じような王侯貴族や騎士や勇者たちや美少女が登場しています。


 そうですね、「進化なきガラパゴスの楽園」とも言うべき、異世界なのでは?


 その良し悪しは別として、個人的には「よく、みんな、飽きなかったものだなあ」と不思議になるのですが……


 なにしろ、『スレイヤーズ!』以来、三十年以上ですよ。


 ですから……

 この「進化なきガラパゴスの楽園」に劇的な「視点の変化…パラダイムシフト…」をもたらす作品が出現すれば、「異世界ラノベ」に偉大なシフトチェンジが降臨することになると思われます。誰か、やってくださいね。



       *


 余談ですが、「醜い要素、汚い要素」を巧みに無視シカトする異世界ラノベに、真逆のアンチテーゼを突き付けた、勇敢なファンタジー作品があります。

 TVアニメの『STRANGE DAWN ストレンジドーン』(2000)。

 異世界のトイレ問題をまともに扱った、ほぼ唯一の作品ではないかと思います。

 二人の女子高生が突然に異世界へ転移、そこに暮らしている小さくて愛らしい外見の現地住民は互いに国家間戦争を闘っており、二人は否応なくそこに介入することになりますが、彼女たちは「身体が大きい」以外にこれといってチート力はなく……

 ……ということで、少女たちは「トイレをどうするか」に始まって、衣食住だけでも大変な苦労を経験します。パッと見た目はゲームの三頭身キャラが闊歩する、PCゲーム風ののどかな異世界ですが、じつは壮絶で、裏切りも殺し合いも葬式もあります。異世界でも醜いところは醜い、汚いところは汚い、というわけです。ゲームみたいに楽しく冒険できる、遊び半分の遊園地みたいな世界ではなかったのです。

 「異世界だって“もうひとつの現実”、甘く見るんじゃないぜ」……が、この作品の大きなテーマであるように思えますが……。

 『ストレンジドーン』の異世界は、当時の若い視聴者には受け入れにくかったようです。トイレも含めて、衣食住に困り果てる現実的なエピソードは、楽しい冒険を期待する人々にとって、まあ、あまり見たくもない光景だったことでしょう。

 しかし私みたいな高齢視聴者から見れば、こういった作品はアリだと思います。

 異世界へ転移したといっても、日々、人は食って、そして出さなくてはなりません。そして生きている者はいずれ死ぬ。それらの問題にひとつひとつ対処する主人公たちにこそ、共感できるものがあります。

 それに高齢者は、これまで生きてきた現実世界はさほど美しくもなく綺麗でもないことを、うんざりするほど十分に体験して知っているわけですから。

 だから「現実世界並みに美しくもなく綺麗でもない異世界」は、物語の舞台として、むしろ斬新で、まっとうに受け止められるのです。

 「異世界を通じて現実を見つめ直す」点において、『ストレンジドーン』は、なかなかの良作。

 あの異世界、じつは現実世界の戯画的鏡面像カリカチュアみたいなもの。

 おススメです。



 あ、それと、TVアニメの『スクラップドプリンセス』(2003)も見落としてはなりません。こちらも、大おススメです。

 こちらは、物語の前半はお定まりの中世風世界に見せながら、単純に魔法で割り切れない裏設定が巧妙に仕込まれている一方で、「現実世界並みに美しくもなく綺麗でもない異世界」がジワジワと描き込まれていきます。

 主人公の少女パシフィカは、全世界から命を狙われる存在であり、彼女を守って旅をする兄と姉も、常に世界中に追われ、ひっそりと危険をかいくぐって生きるしかありません。

 しかも主人公のパシフィカには、チート力が皆無。魔法力も体力もゼロ。あるのは、持ち前の明るい性格だけです。この非力さと、彼女とともに歩む兄と姉の命がけの家族愛が、作品をこよなく魅力的なものに仕上げています。

 「非現実の異世界」でありながら、描かれていく事件の愚かさや恐ろしさや非道さは、まさに「現実そのもの」ということが、傑作の所以ゆえんだと思います。

 『ストレンジドーン』に並んで、かなり珍しい「現実と戦うファンタジー」だと言えるでしょう。

 最後にパシフィカを救うのは、チートな魔法力なんかではないからです。




  【次章へ続きます】



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