17●ファンタジーの近・現代史、その原点回帰に見えてくるもの。
17●ファンタジーの近・現代史、その原点回帰に見えてくるもの。
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引き続き、考えてみましょう。
「死んで転生、チートで無双」パターンの「異世界ラノベ」ブームの次に来るものは何なのか?
ズバリこうなる! といった決め打ちの予測はできませんが、予測のための材料を探ることはできます。
昔々、中世ヨーロッパの暗黒時代に、新鮮な文化の光が差した時期がありました。
ルネサンス!
あの芸人さんの乾杯の音頭ですが、なんともおめでたい、華やいだ響き。
すなわちルネサンスは、14世紀のイタリアで始まり、16世紀にかけて、それまでの暗黒時代の閉塞感に新風を吹き込む、生き生きとした芸術作品が創り出されたと考えられています。
これぞ人類史にひときわ輝く、文化のパラダイムシフト!
その正体は……
「一義的には古典古代(ギリシア、ローマ)の文化を復興しようとする文化運動。」(ウィキペディアより)とされています。
ルネサンスの和語として「文芸復興」が知られているように、当時のヨーロッパの芸術家は文化の原点に回帰して現在を見直し、新たなる創造を模索したのでしょう。
そうですね、原点回帰。
ラノベの主流をファンタジーとするならば、現在のファンタジーの源流はどこにあり、以降、いかなる変遷を経て今に至ったかを思い返し、それらの要素をガラガラポンして、「瓢箪から駒」みたいに新しい発想が出てこないか……という“ルネサンス方式”の試み。やってみる価値はあるでしょう? ね、出版社の編集氏さま。
まず、押さえておきたいのは……
現在のファンタジー、その原点となる作品は、何?
パッと出てくるのは、『不思議の国のアリス』(ルイス・キャロル著1865)。
これ、紛れもなく世界のファンタジーに根幹的なシフトチェンジをもたらした名作ですね。
昔日の神話伝説に基づくファンタジーは、まず、男が主人公。
女性の妖精や姫君などが登場しても、か弱くておとなしい、男に助けてもらわなければどうにもならない、儚い存在でしたし、シンデレラ姫だって、王子様の従属物という立場を脱してはいません。
そこに、主人公の少女アリスが彗星の如く出現しました。
自らの意志で冒険に飛び込み、ひっちゃかめっちゃかながら、大活躍します。
それだけをもってしても、「アリス前とアリス後」で、ファンタジーの様相ががらりと変わったことが想像されます。
明らかに、世界のファンタジー史を塗り替えた名作、ルイス・キャロル偉大なり、ですね。
まずは、私たちの21世紀へとつながる、「アリス後」を俯瞰してみましょう。
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※年代表記は《《おおまかな》》出版時期を示します。
■アリス後……“アフターアリス”のファンタジー
『不思議の国のアリス』(ルイス・キャロル著1865)以後の変遷です。
①◆人権の黎明期:女の子の自立と活躍の物語
『オズの魔法使い シリーズ』(ライマン・フランク・ボーム著1900-1920)
『ピーター・パン:大人にならない少年』(ジェームス・マシュー・バリー著1904)→さらに『ピーターとウェンディ』(1911)
『メアリー・ポピンズ シリーズ』(P・L・トラヴァース著1934-88)
“アリス以後”、ヴィクトリア朝末期の英国から米国へと、女性の人権意識の目覚めが伝わっていきます。当時は女性の人権運動の黎明期であり、クリミア戦争(1853-56)で名をはせた“白衣の天使”フロレンス・ナイチンゲール女史が、看護師という職業の確立に尽力し、女性の職業参加に偉大な道を開きました。
アリスはまさにその時期に登場しました。“ファンタジーの主人公”という、新たな職業を獲得し、自由闊達で冒険的な夢を女の子たちにもたらしたわけです。
そして新大陸アメリカを舞台に、自らの決断力で悪しき魔女と戦うヒロイン、ドロシーが誕生しました。『オズの魔法使い』は、さだめし、近代版「桃太郎の鬼退治」です。イヌ・サル・キジに相当する三人のキャラクターに、ドロシーはキビダンゴの代わりに、三者それぞれが欠けていたものを授けてあげたことになりますね。
また『ピーター・パン』の真の主人公は少女ウェンディであること、疑問の余地はありませんね。続編タイトルが『ピーターとウェンディ』なのですから。これは彼女が「私をネバーランドへ連れてって!」と、彼氏を巧みにゲットする物語として読むこともできます。
そして、女性が自立を目指すうえで、教師として“導く者”の存在が必要となり、『メアリー・ポピンズ』が空から降ってきました。
ミュージカル映画『メリー・ポピンズ』(1964)では、女性の人権運動が物語の重要な背景として描かれていますね。
「少女が主人公として自由闊達に活躍するファンタジー」は、男性優位の社会で抑圧された女の子に夢と希望と元気をもたらしてくれたのではないか……と思います。
②◆二つの大戦期:男の子が戦う英雄物語
『火星シリーズ』(E・R・バローズ著1912-64)
『ホビットの冒険』(トールキン著1937)→のち加筆され『指輪物語』(1954-55)
『ナルニア国ものがたり』(C・S・ルイス著1950-56)
1914年に第一次大戦が始まり、1929年の世界恐慌を経て、1945年に第二次大戦が終結する、この三十年ほどの期間を経て評価を確立したファンタジーは、やはり、「戦う男子」の物語でした。上記三作とも、異世界を舞台に、男子の主人公が国家間の戦争に介入し、解決をもたらしていきます。
『ナルニア国ものがたり』は戦後の発表作ですが、映画版(2005)の冒頭にみる通り、第二次大戦中の英国から物語が始まります。
ファンタジーに、「戦争を闘う男子の英雄譚」が再認識されたと言えるでしょう。
それが時代の兆児だったのです。
③◆戦後の冷戦期:救いと癒しの物語
『ドリトル先生 シリーズ』(ヒュー・ロフテイング著1920-52)
『ミス・ビアンカ シリーズ』(マージェリー・シャープ著1959-72)
『ムーミン シリーズ』(トーベ・ヤンソン著1945-70)
おもに第二次大戦の戦後に人々の心をとらえた主人公は、「正義を掲げ、武器を持って戦う男子」とはイメージを異にした、「救いと癒し」を感じさせます。
『ドリトル先生』は「動物界の国境なき医師団」ですし、『ミス・ビアンカ』は冷戦期の007なスパイ感覚も漂わせつつ、とらわれた無実の人々を救い出す「特殊救助隊」といったミッションに挑みます。
また、平和な桃源郷であるムーミン谷に暮らすトロールたちの穏やかな日々は、私たちにとってジブリアニメ的な「懐かしい安息の時間」でもあります。これは、戦前から冷戦期にかけて、常にソ連の侵略におびやかされていたフィンランドの、国家として置かれた立場を象徴しているかのようです。核兵器すら心配しなくていい、不可視のシェルターのようなムーミン谷は、フィンランド、そして冷戦期ニッポンの人々の潜在的な願望をあらわしているのかもしれません。
④◆冷戦終結期(20世紀末前後):正義への懐疑、闇墜ちとテロリズムの物語
『はてしない物語』(ミヒャエル・エンデ著1979)
『スター・ウォーズ シリーズ』(映画作品1977-)
『ハリー・ポッター シリーズ』(J・K・ローリング著1997-2007)
『はてしない物語』はさすがエンデの渾身作で、まず主人公がカッコ悪いいぢめられっ子であること。アンチヒーローで物語を始めるという、大胆な人物設定に刮目です。また作中で主人公は悪のダークサイドに墜ちて世界を破滅に導くものの、ギリギリで改心、そしてラストは現実世界に復帰して、リアルの自分と向き合います。
「アンチヒーロー」「闇墜ち」「最後は現実と対峙」……
この三点において、ファンタジーの歴史的傑作と評して良いのではないでしょうか。過去のファンタジー作品を十分に踏まえ、内容を吟味して構成された、王道中の王道と言うべき一冊ではないかと。
ただし映画化された『ネバーエンディング・ストーリー』(1984-)は、トンデモなハチャメチャ展開でエンデ氏が激怒したとかで、評価は別れると思います。私も第一部の結末シーンにはゲンナリとしました。なんだ、ただの「いぢめっ子をいぢめ返す」だけの物語だったのかと。
さて『スター・ウォーズ』はエピソード4-6こそSFらしさがありましたが、ディズニー化されて続いた1-3、そして7-9に至っては、もう、メロメロのファンタジーとしか言えないでしょう。SFのスペースオペラというよりは「フォースを使った魔法のチャンバラ劇」と化してしまった感があります。
あ、そーか、宇宙“時代劇”だったのです。そもそもが黒澤明監督の『隠し砦の三悪人』(1958)からルーカス監督が着想したっていうのだから、当然か……。
そこで、『スター・ウォーズ』の大きな物語要素として、登場人物の「ダークサイドへの闇墜ち」がありましたね。
『ハリー・ポッター シリーズ』も同様です。正義の主人公たちは悪の魔法使いの手によって、しばしば「闇墜ち」の誘惑にさらされ続けます。
以上三作とも、そこに見え隠れするのは「正義への懐疑」です。自分は正義であると信じていて、そう確信すればするほど、悪の闇墜ちへ傾いてゆく恐怖。正義を高く掲げて国家指導者の地位に就いた人たちが、たちまち私腹を肥やす独裁者に堕落する愚かさ。ようやく冷戦が終わったと思ったとたん、「闇墜ち」したが如くに地域紛争やテロリズムに走る国家、そして「大量破壊兵器が存在する」という妄想に酔い痴れて戦争を仕掛ける超大国に、世界の人々は、「信じるべき正義」を失った幻滅感にかられたことでしょう。
そして『ハリー・ポッター』に描かれた物語も、かつての『指輪物語』のような全世界的な大戦争でなく「魔法界の内戦」でした。敵ヴォルデモートの本質は「魔法界の民主主義体制をおびやかすテロリスト」だったのですね。奇しくも2001年の同時多発テロに続く「対テロ戦争」の時代を反映するかのように、『ハリー・ポッター』はダークな殺戮ドラマへと突き進んでゆきました。
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【次章へ続きます】




