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1話 運命の再会

深沙ミサ、本当にいいの?』

「うん。だってもうこの部屋の引き取り手がついているんだから、今更引き返せないわ」


あたしの答えに、PCの画面に映る 知世トモヨはなぜか深いため息をつく。


 赤く染めた髪のショートカットで眼鏡っ子。年の割には若く見える。パッと見は愛らしい少女だけれど、そう本人に言うと怒られる。

 そして決まって「深沙は良いわよね、背が高くてナイスバディーの美形だから」と嫌みを一週間以上嫌みを言われるのだ。


 今知世は、ロサンゼルスにいる。長期休暇になると、遊びを兼ねて仕事をしに行っている。あたしもいつもは付き添いで行っているけれど、今回は大事な用事があるのでパスをした。

 それにこの部屋は二週間後、新婚さんに引き渡すことになっている。高校時代から知世と住んでいたこの部屋も今日でお別れ。いろんなことがあって名残惜しいけど、新しい生活には素敵な明日が待っているもん。


『そうよね。なんせ普通の女の子が、好んでこっちの世界に入ってきた筋がね入りだしね』

「まぁーね。おじいちゃんは反対してたけれど」

『当たり前じゃない。可愛い孫娘を自分と間違った同じ道を、喜んでいかせるはずがないでしょう? 特にあんたは、お人好しでこの仕事に向いてないとでも思ったんでしょう?』

「でも、今じゃ一人前よ」

『私と言うベストパートナーがいるからじゃない』


 これは、知世の口癖だ。言うだけの実力はある。知世の手にかかればどんな情報でも手に入るし、どんなセキュリティーシステムだろうが簡単に解除できる。最高の相棒。

あたしの一番の理解者。もし知世がいなかったら、あたしはこの世界でやっていけなかっただろう。

知世の言われた通り、あたしは簡単に誰でも信じてしまうお人好し。自分でもそのことはよく解かっている。


この世界では、簡単に人を信じてはいけない。


師匠であるおじいちゃんが、いつも言っていた。なのにあたしは未だに直っていない。


「本当に感謝しているよ」


 とあたしは知世にほほえみながらお礼を言う。

 知世の顔が赤くなり視線をそらす。完全に照れている。


『分かったわ。私も一週間後に帰国するから』


 そう言って、知世の映像が切れた。

 うまい具合に逃げられたみたい。全く素直じゃないんだから。あたしはそう思いながら、笑った。

 PCの画面はそんな照れ隠しした、知世の残像だけが残っている。



 あたしイナ深沙湖ミサコ。都内の大学に通うもうすぐ三年になります。

 そして今日が、あの日から十年目なんです。







「いらっしゃいませ」


 お店の人が、入って来たあたしにそう言った。

 年で言うなら二十半ばぐらいの、さわやかそうな青年だ。身長はあたしより少し高い程度だから175ぐらい。

 お店の中は、カウンターと窓際の席、そしてPCが使える席が数席あるごく普通の喫茶店。お客と言えばカウンターに座っている女の子二人と男の子三人の子供が五人だけ。

時刻は五時過ぎ。ちょうど一段落したのだろうか。


「すみません」


 あたしはまっすぐ男の人の所へと行く。

 子供達の視線があたしに注目する。五人の顔はどことなくそっくりに見える。


「なんでしょうか?」

シンさん、いらっしゃいますか」


 そう訪ねると、男の人の顔色がほんの一瞬だけ変わった。普通の人なら見逃しそうなぐらいの一瞬だったが、あたしには余裕で分かった。

 そして、


「どちら様でしょうか?」


と男の人は作り笑顔で、あたしに聞き返す。


「あたし、稲深沙湖と言います。神さんの婚約者です」


ドテ


 あたしの笑顔の答えに、男の人は思いっきりその場で転けた。子供達もいすから一斉にずり落ちた。すごくリアクションの派手な人達である。


「君、冗談がきついよ」

「冗談じゃない、本当だもん。神さんが言ったんです。十年たったら結婚しようって」


 多少嘘だが。

 実際あたしが、十年たったら結婚してくれるって言ったら、何も言わずに頷いて額にキスをしてくれたんだけど。


「あの兄貴が?」


 男の人の顔は、すでに壊れている。

 この男の人は神さんの弟のヨウさん。ここの喫茶店のマスターである。遙さんは神さんと違い明るく陽気な性格遊び人だと、知世の調査データーに書いてあった。

遊び人という噂らしい。

 あの時の神さんと何となくだけど似ている。


「はい。ですから神さんは?」

「少々お待ち下さい。今呼んできますから」


 と遙さんは慌てて部屋の中に入っていった。

 ついにこの日が来たんだ。この日をどんなに待ち望んでいただろう? 十年前から、ずーと待っていた。つらい時や心細くなった時は、神さんとの楽しい思い出を思い出して励みにしていた。

 でも、神さんはあたしを覚えているの? 神さんにとっては勤務中の出来事。しかもあの時あたしはまだ小学四年生。二十三歳の神さんにはただのお子様でしかなかったかも知れない。

 そう思わないように今まではしていたけど、いざ会うとなるとやっぱり心配。知世も言っていたもんな。

 そんな約束なんか覚えているわけないじゃない? もし覚えていて本気だったら、そいつ間違えなくロリコンだよ。

 って。

 そう言われると、否定できなかった。

 それから、

 深沙、そいつ今三十三の叔父さんよ。とも言ってた。

 三十三歳って声を出されると、年齢の差を感じる。だってあの頃の父さんと同じ年齢で、母さんより年上なんだもん。そう考えると、知世に言う通り叔父さんなんだよね。


「お姉ちゃん、本当なの? 今の話」


 髪を二つにゆわている女の子があたしに真剣な眼差しで聞く。


「ええ」


 とあたしが何気なく頷くと、


「嘘だろう? あの神叔父さんにこんな美人の婚約者がいるなんて」

「遙お兄ちゃんなら解るけど」

「馬鹿だな。遙お兄ちゃんにそんな人出来るわけないよ。女癖が悪いんだから」

「それもそうだね」

「とにかく事件よ。ママに知らせないと」

「そうだな、早く帰ろう」


 騒ぐだけ騒いで子供達は、嵐のように喫茶店から出て行った。

でも遙さんって一体?



「深沙湖、深沙湖だろう?」


 部屋から遙さんと一緒に出て来た大男はそう言った。

 神さんだ。あの時から少し老けているけど、それ以外は何も変わっていない。大男で、がっしりした体格。


 でも予想外な展開だった。あの神さんが、笑っている。なんか怖い。


「はい、お久しぶりです」

「大きくなったな」

「今大学の春休みなんです」

「そうか。もうあれから十年も経つんだもんな」


 神さんは遠い目をしている。まるで昔のことを懐かしんでいるようだった。

 うれしいけど、本当にロリコンなんだと思ったらちょっとショック。複雑な気分だ。


「それで、今日はいきなりどうした?」

「え?」


 神さんは、不思議そうにあたしにそう尋ねた。

 まさか遙さんは肝心なことを、神さんに言ってないんじゃない?


「兄貴、本当なのか? 結婚するって」


 遙さんが神さんの耳元で、そうささやく。

 神さんの顔が崩れていく。やっぱり言ってなかったんだ。


「何? 誰と誰が?」

「兄貴とそこのお嬢さん」

「は?」


 遙さんの言葉に神さんは呆然と、あたしを見つめた。

こんな多彩な表情の神さんをみられるなんて、あたし幸せ。神さんって、可愛い。


「深沙湖、ちょっと来い」


 神さんがあたしの腕をつかみ、部屋の中に連れ込んだ。




「深沙湖、一体これはどういうことなんだ?」


 神さんはテーブルをたたきながら、そう大声で怒鳴った。すごい迫力である。

今あたしと神さんはリビングにいる。殺風景なリビング。テーブルとTVしか置いていない。男二人暮らしって、こう言う所なのかな?

 でも、知世には好都合。廊下も広かったし。今までと同じ生活が出来る。

 知世は幼い頃の交通事故で、車いす生活を送っている。だから住む所は広々としている家限定なんだよね。


「だって、神さん。結婚してくれるって言ったら、頷いたでしょう?」

「あれは、お前が泣きやまないからつい」


そんなことだろうと思った。でも、あたしは神さんのことが大好きだ。あの日の約束は嘘偽りって言うことだって、本当は分かっていた。だったら今から本当に好きになってもらえればいいだけのこと。

神さんは心優しい人だって、あたしは知っている。だから、どんなことをしても神さんのそばにいたい。だってこの日のために、毎日頑張ってきたんだもん。たとえ少しぐらい、卑怯な手を使っても。


「ひどい。それでキスしたんですか?」


 卑怯だけど泣き脅し作戦に出るあたし。


「うっ……」


 とたんに神さんの顔が、赤く染まる。


「あたし。神さんを信じて家まで売ってきたのに」


 本当でもなければ、嘘でもない。実際はまだ余裕がある上に、新しい部屋を買うぐらいのお金は十分にある。

 神さんは、困ってしばらく黙ってしまった。あたしもテーブルにうずくまり嘘泣き声を静かにあげる。この日のために、嘘泣き声の練習したのだ。

 そのかいあって神さんには、嘘泣きだとは気づかれていない。どうやら女性の扱いには、未だになれていないらしい。その方がこっちには好都合。もし神さんが結婚をしていたら、あたしは潔く諦められた。他の人から神さんを奪うことなんて、出来るはずがない。神さんが幸せだったら、あたしはどうなってもいい。でも今、神さんの隣はまだ空席だ。


「だったら、二階を使いなよ」

「遙?」


 突然の遙さんの言葉に、神さんは驚く。どうやら立ち聞きされていた見たい。


「え? いいんですか?」


 と、あたしは遙さんを見上げた。


「ああ、どうせ空き室になっているんだから」


 そうなのだ。ここの二階は貸し屋になっているにも拘わらず、誰にも貸していない。

初めから、そこが狙い目だった。

 一緒に住めるんだって、思ってはいなかった。まぁ、住めるのならそっちの方がいいに決まっているけど。予定ではもっとねばらないといけないと思っていたんだけど、遙さんが解る人で良かった。


「ありがとうございます。その代わりと言ってはなんですか店の手伝いと、神さん達のホームキーパーをやらせてもらいます」

「本当に? 助かるよ」


 遙さんとあたしで勝手に話を進めている横で、神さんは何か言いたそうな顔をしている。


「兄貴、いいよな?」

「か、勝手にしろ」


 遙さんが訪ねると、神さんは怒った口調でそれだけ言うとどこかに行ってしまった。







 その夜のこと、あたしの荷物は明日引越センターに運んで貰うことになり、今日一日は神さん達の家の客間に寝ることになった。


 あれから少しだけ大変な騒ぎになった。あの五人は、神さんと遙さんのお姉さん藍さんの子供達でこの辺では有名な五つ子がだったの。その五つ子と藍さんが、やって来て神さんに真実をいきなり聞いたのだ。神さんはあたしを睨み付け、なかなか誤解だと言うことになかなか信じてくれない藍さんに一生懸命話していた。


 でも五つ子達はあたしにこう言ってくれた。


「深沙お姉ちゃんが、神叔父さんと結婚出来るように僕達が協力してあげるよ」

「深沙お姉ちゃんが本当の家族になるのは私達は大賛成だからね」


 って。


 すごい嬉しかったんだ。

 そしてあたしはさっきこっそりリビングに仕掛けた盗聴器で、神さん達の会話を聴くことにした。知世特製の超小型盗聴器。たとえ神さんが、神的なスイパーでも見つけられないだろう。それは、神さんの本音を聞くためだった。


『遙。この責任はどうするんだ?』


 スイッチを入れたとたん、神さんの怒鳴り声が聞こえた。


『深沙ちゃんのこと?』

『そうだ、上に住まわすなんて』

『だって、兄貴のせいで深沙ちゃん住む所売ちまったんだぜ?』

『しかし、俺達の職業知られるわけにはいかない』


とっくに知っている。


『そりゃそうだけど、じゃほかに良い方法でも』

『……ない』


 神さんの声が、とたんに小さくなった。


『だったら』

『深沙湖には、もうあんな思いをして貰いたくないんだ。分かるだろう?』

『兄貴』

『だから、俺と居たって良いことなんてない。危険な思いをするだけだ』


 神さん。

あたしは目頭が熱くなった。そして、盗聴器のスイッチを切った。

 やっぱり、神さんは優しいんだね。そんなにあたしのことを思ってくれたいたんだ。

でも、もう遅い。

だってあたしは……。


『知世から通信です』


 突然、ノートPCのから通信の連絡が入った。あたしは、PC画面を通信画面へと切り替える。すると、真剣な表情をした知世の画像が写った。


『あ、深沙』

「どうしたの?」

『あいつが、逃亡したの』

「え?」

『深沙の両親を殺害した殺し屋が』


 知世の言葉に、あたしは息を飲み血の気が引いた。

 嘘でしょう?あいつが逃亡したなんて。あたしから、両親を奪った悪魔。確か、明日死刑されるはずだった。


「知世、どうしよう」


 あたしは、気が動転した。


『大丈夫よ。きっと明日神達の耳にも入るから』

「……だから」

『そしたら神は深沙のガードをするに決まっている』


 あたしとは違い知世は冷静だった。

 何か良い案でもあるのだろう。真剣な表情の中に、かすかな笑みが残っている。


『それに、深沙一人でも何とかなるでしょう? まぁ、私も念のためすぐ帰国けど』


 知世の言葉に、あたしは拍子抜けした。

 はっきり言って忘れていた。自分の立場を。

 そうだ、今のあたしなら悪魔が来たって大丈夫。知世も知世だよ。あんな顔するから。


「そうだよね。何考えてんだろうねあたし」

『私が心配なのわ、馬那斗マナトのことよ』

「あ」


 知世がその名前を口にした時ようやくあたしは理解した。知世が帰ってくる理由が。

 馬那斗だ。あたしより、馬那斗を心配しているんだ。少し考えれば、すぐ分かること。


『確か明日、馬那斗が来るんだよね』

「うん」


 馬那斗は、北海道の叔父さん夫婦の息子。

 ううん。本当はあたしの実の弟。十年前両親が殺された時、馬那斗は生まれたばかりの赤ん坊だった。だから馬那斗は、叔父さん夫婦を実の両親だと思っている。

 それはそれでいいんだけど、あいつはきっとあたし達姉弟と逮捕した神さんを殺しに来る。


「じゃぁ、今から断る」

『馬鹿、来てくれた方が好都合でしょう?だから私も帰国するんじゃない。馬那斗の迎えはさっき、アキラに頼んだから』

「知世って、やっぱりすごい」


あたしは感心した。どんな時でも、適切な判断が出来るんだから。


『あんたはいつまでたっても素人すぎなの。じゃぁ、明日ね』

「うん」


 う、また言われた。しかもいつもより、棘がある。今朝のこと、よほど根に持っているな。




 こうして、あたしの運命の再会はとんでもない幕開けになった。

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