2話 十年前の記憶
時刻は、朝の九時を廻っている。今日も昨日と同じぐらいに、良いお天気。あたしは、朝食を作り終えいすに座った。
今朝はお豆腐とわかめのおみそ汁に厚焼き卵ときんぴらゴボウの純和風。あたしの得意料理が和食なんだ。おじいちゃんも知世も和食が大好きだから、一番作り慣れている。何せ家事は中学時代からやっているんだもん。ちょっとだけ自信あるんだ。しかも今日の料理は、いつもより楽しく作れた。やっぱり、愛する人のために作ったからかな。これなら神さんだって、喜ぶよね。
そう思いながら、二人が起きてくるのを心待ちにしていると。
「兄貴、遙。大変」
と大声とともに、玄関が開く音がするかと思ったら、あたしの目の前に息が荒くなっている女性が現れた。
言うまでもないが、神さんの妹の 屑さんだ。
今は警視庁一課の警部補さんになったんだよね。十年前は、新人の婦警さんで交通課にいたんだっけぇ? 美人で優しいお姉さんだった。あの時よか、女の魅力が滲み出ている。きっと警視庁では、マドンナ的存在なんだろうな。
「どうしたんだよ、こんな朝っぱらから」
と神さんが眠たそうな顔しながら、リビングにやってきた。
寝癖の髪が、また素敵である。
「どうしたんじゃないわよ。昨夜 峰岸浩が脱走したの」
屑さんの言葉に、神さんの眠気は吹っ飛んだだろう。
顔に眠気がなくなってしまった。
そんな緊迫状態がしばらく続く。
あたしってこの場にいて良いのだろうか? 気まずいな。まだあたし神さん達に本当のこと言っていないから、神さんはあたしのことを普通の子だと思っている。昨日の盗聴していた時だって。このまま黙っていたら神さんに迷惑かけっぱなし。でもまだ言えない。
ある程度の時期が来るまでは。それと知世が良いと言うまでは、何がなんでも隠し通さなければならない。
「あ、深沙ちゃん。おはよう」
のん気そうに遙さんが、起きてきた。
屑さんのことなど、全く気づいていない。
「おはようございます」
「これ深沙ちゃんが作ったの? おいしそうだね」
朝食を見て遙さんは言った。
嬉しいんだけど、なんか素直に喜べない。
そんな遙さんの言葉に、神さんと話していた屑さんが驚いた顔であたしを見る。
「深沙って?あなたまさか深沙湖ちゃん?」
「そうですけれど……」
屑さんの問いに、あたしは戸惑いながらも頷いた。何も知らないような口調で。
屑さん、あたしのこと気づいてなかったの? さすが、姉弟……。
「あ、ちい姉。いたんだ」
そこでようやく、遙さんは屑さんの存在の気づく。
「いたんだって。あのねぇ?」
あきれる屑さん。
なんか遙さんって、マイペース過ぎかも知れない。屑さんには似ているけど、神さんには似ていないな。神さんはいつでもピリピリしている殺気がある。
ピンポーン
チャイムが鳴る。
「深沙湖。出てくれ」
神さんが言う。
「あ、はい」
グットタイミングだ。あたしがいたら、話が進まないだろうし。
「はい、斉藤です」
『おはようございます。引越センターカルガモです』
ますます都合が良い。
あたしは、盗聴器のスイッチをつけ玄関に向かった。
「遙、お前も同行しろ」
「はい、はい」
神さんが言うと、遙さんは軽々しく答えながら席を立った。
つまり、さっそくあたしのボディーガードって言うことね。でも遙さんはそんなこと知らないのに、大丈夫なのかな?空手は結構な有段者らしいけど、相手は拳銃ぐらい持っているだろうし。あたしだってあいつが現れたら、震えが止まらなくなる可能性があるんだよ。でも、いざとなったら神さんが助けてくれるよね。そう思えば、少しだけならがんばれる。
『深沙湖ちゃん、美人になったわね。すっかり大人の女性じゃない?』
さっきとは全然違う大人の屑さんの声。
『それよりさっきの話本当なのか?』
神さんは、そんなことよりさっきの話が気になっている見たい。あたしとしては、神さんがなんて答えるか聞きたかったな。
『ええ、昨夜ね。でも変よね何で今更脱走したのかしらね?』
『さぁーな。でもこれだけは言える深沙湖の命が、危ないと言うことだ』
『そうよね。兄貴、深沙湖ちゃんのガード頼める?』
『もちろんだ』
『そう? 助かるわ。警察の手続きは私がしとくから』
知世の言う通り物事は動き始めている。
これであたしは、当分この家から追い出されずに住むだろう。取り敢えず、第一段階は成功だ。
「何か良いことでもあった?」
にやついているあたしに、いきなり遙さんがのぞき込んでくる。
「え? あ、これから神さんの近くにいられると思ったらつい」
「そんな兄貴のことが好き?」
「大好きです。神さんは優しくって心が広い人だから」
あたしは段ボールの底にあった写真立てを見つめながら言った。あたしと神さんそして屑さんが写っている、たった一枚の写真。
日付は、あたしの十歳の誕生日。満開の桜をバックにしているその写真は、あたしの宝物。
「あ、これ。兄貴とちい姉?若いな。そしてこの子が深沙ちゃん?」
神さんの肩に乗っているあたしは、顔一杯の笑みを浮かべている。もちろん、神さんも屑さんも笑っている。
「はい。これあたしの誕生日で、それを知った神さんが記念にってみんなで撮ったんです」
「へぇ~、あの兄貴が気の利いたことするとわ」
「でもあたしって単純なんですよね。この写真を撮る日の朝までは泣いてたのに」
そう言ってあたしは、笑った。
その日の朝、自分の誕生日なのに誰もおめでとうって言ってくれる人がいなかった。ほんの数日前に、母さんとあたしの誕生日に作る料理のことで話しいてた。父さんとは、ゴールデンの子犬が欲しいって話していた。そんな当たり前だった日々が幸せだったことを、たった十歳で思い知らされたのだ。
あたしは、悲しくてベットの中で泣いていたんだ。そしたら、いつもの時間になっても起きてこないあたしを心配した神さんがあたしの部屋に来たの。そして何も言わずにあたしを抱き上げて、神さんの車まで連れていってくれた。
何がなんだか解からなかったけど、神さんの胸の中は不思議に落ちついたんだ。そして泣き疲れたあたしは、いつの間にか寝てしまい神さんに起こされ目覚めた場所は、見事にまで満開に咲いた大木の桜だった。神さんが一番のお気に入りの場所。
それが十歳の誕生日プレゼントだったの。
その日からだったな、あたしが神さんに恋心を抱いたのわ。
「でも、それからすぐに犯人との銃撃戦があって、お別れの日がやって来たんです」
そう言い終わるとあたしは、机の上に写真立てを乗せた。
今回はあの時見たいに、お別れをしないでいいんだよね。
「もう神さんと離れたくないんです。だから遙さんあたし達をずーとここに置いて下さい」
いつの間にかあたしの目には、本物の涙が浮かんでいる。遙さんは何も言わずに、ただ優しくあたしの頭をなぜてくれた。
さすが女の扱いがなれているだけのことある。今までどのぐらい女の人を泣かしてきたのかな?
「遙さんって、神さんと全然似てませんね」
あたしは、涙を拭きながら笑った。
「兄貴、女の人の扱いは慣れてないからな」
「じゃぁ、遙さん離れているんですか?」
「いや、それは」
答えに困ったのか遙さんは、笑ってごまかした。
でもこれで、遙さんはあたしの味方になってくれるだろう。神さんだってあたしを置かせざるおえなくなると、知世は言いきっている。知世がそこまで言うのだから、あたしも安心だ。
「所で、深沙ちゃん。同居人がいる見たいだね」
「はい、います」
遙さんは、うまい具合に話を変えた。
知世のことだ。あたしの言葉と、一人にしては多い荷物で分かってのかな。
「誰なんだい?」
「親友です。多分お昼頃までには来ると思いますが」
「そうか。なんか一気に家の中が賑やかになりそうだな」
それは、あり得る。今まで男二人で住んでいたんだもん。しかも神さんと来れば、想像が出来る。会話のない静かな日々。あたし達の生活からじゃ、とてもかけ離れている。
「でも、今までだって五つ子ちゃんが来てたんじゃないですか?」
「そうだな。兄貴もあいつらには優しい叔父さん見たいだし」
それにあたしが心配しているのは、ここにもあった。それは、あたしの思い違いだったらいいのだけど。でももし、あってるとしたら……
遙さんがあの人と似ていたら間違いなく悲惨な日常がやってくる。
想像するだけでも怖い。
「あれ?ちい姉は?」
引っ越しの片づけが一段落したあたし達は、お昼を取るため下に行くとそこにはもう屑さんの姿はなかった。
「仕事に戻ったよ。それより遙、話がある」
「ああ」
神さんの顔で遙さんは、ある程度の想像が付いたのかさっきまでとは違う顔つきになる。そして二人は、奥の部屋に向かったので、
「じゃぁ、支度が出来たら呼びに行きますね」
あたしはそう言って台所の入った。
でも支度って言っても朝食を食べていないから、温め直すだけだもん。
どうせ神さん達の話は、あたしのことだから盗聴する必要もない。
しょうがないから、しばらく暇潰そう。三十分ぐらいしたら、神さん達を呼びに行けばいいか。
それにしても知世遅いな。もう一時を廻っているのに、何しているのかな? まさか、何か事件に巻き込まれた?
そう思ったらいてもたってもいられなくなり、知世の携帯に電話をかけて見た。
『あ、深沙さん?』
すると電話の向こうには、なぜか彰君の声がする。
「え? 彰君。ごめん、間違えた見たい」
『違います。この携帯知さんので、知さん深沙さんからです』
彰君はどうしてか知らないけれど、あたしと知世と話す時は丁寧語なのだ。先生にさえそんな言葉は使っていなかった。あたしには未だにその理由が解からない。
『深沙、何かあったの?』
いつもの知世の声だ。あたしは、一安心する。
「あんまり遅いから、彰君と一緒だったんだ」
『そう。彰の馬鹿が道に迷ったって電話が来たから迎えに行っていただけ』
彰君ならあり得る話だ。
毎度毎度のことで、知世はそれ以上何も言わない。
あたしはくすくす笑ってしまった。
『後十分ぐらいで着くわ。それから馬那斗に替わるわね』
そう言えば、昨日彰君が馬那斗を迎えに行くって言っていたけぇ。
「馬那斗君、大変だった見たいね?」
『うん。でも知姉ちゃんが迎えに来てくれたから平気だよ。だけど知姉ちゃんの運転怖いよ』
馬那斗の声は泣きそうだった。
知世の運転だからしょうがない。いつも追ってから逃げる練習ためだとか言って、スパイ顔負けの無茶な運転しているからな。こないだなんて白バイに追尾されたのに、わざと振り切ってしまったんだよ。そしてその後、白バイもこのぐらいで根を上げているなんてたいしたことないわね。って勝ち誇りながら言ってたもん。
「そうなんだ。後で知世に注意するね」
『絶対だよ、約束だからね』
「うん、約束。それじゃ」
馬那斗の言葉には、余裕が感じられない。
よっぽど怖いのだろう。相変わらずの泣き虫は治っていないようだ。馬那斗と会うのは、三年ぶりか。きっと大きくなっているだろうな。
あの時のあたしと同い年なんだよね。なんか信じられない。
あの時は、赤ちゃんだったのに。もし父さん達が生きていたら、今頃はごくごく普通の女子大生。馬那斗と四人で幸せな平凡の毎日を過ごしていたのかな? そしたら、あたしの周りの友達も全然違う普通の友達。バイトも普通にして、好きな人も神さんじゃきっとないよね。でも今の生活、あたしは大好きだよ。
知世も彰君も、個性は強いけれど心強い信頼出来る仲間なんだ。仕事はいけないことだと解っているけど、終わった時の依頼者が見せてくれる笑顔は、最高の報酬。それに神さんに出会えたこと。
もしかしてあたしって、とてつもなく親不孝かも。最近そう思うんだ。だってあの事件があったから今があるものだから。
「深沙湖、深沙湖」
突然神さんが、部屋からすごい足音を立てながら戻ってきた。
「はい、なんですか?」
あたしは訳もわからず返事をする。
「深沙湖、同居人がいるとはどういうことだ?」
「あたし一人だけでは心細かったので、言わなくてごめんなさい」
「兄貴、良いじゃないか?それとも狼二匹の所の子羊が一匹だけでいろとでも」
怒る神さんを遙さん離れている様子でなだめ始める。
こんな怒らせることになるなんて、失敗だったな。それにしても面白い例え話。
「お願いです。あたし彼女がいないと何も出来ないんです」
思ったよりもそんな言葉を口にしていた。
真実だ。あたしは知世がいないと何も出来ない。知世がいるだけで安心する。
「………解った」
勝利は、またもやあたしと遙さんの微笑んだ。
「ありがとうございます。それから、馬那斗が泊まりに来るんです」
「な……え、馬那斗ってまさか?」
また雷を落としそうになった神さんだったが、どうやらその前に思い出してくれたようだ。神さんも、馬那斗が叔父さん夫婦に引き取られたことを知っている。今回のガードするもう一人の人物である。
「はい。本当はあたしの弟。あの時赤ちゃんだった子です」
「そうか……」
それだけ神さんは言った。
そして、
ピンポーン
チャイムが鳴った。




