第一部 第9話 クマムシマン参上
ミルキーウェールズ王国第二王子、リゲル・ランスターは、ある少女の言葉を思い出していた。
『一端の殿方であられるなら、他人のものを奪うことではなく、ご自分にしかできないことを探されたらいかがですか!?』
「あの女……っ!」
* * *
放課後。メレンヘア学園。
「げっ……今日は『魔法生物飼育委員会』の日だわ……」
運動着に着替えたスピカは、重い足取りで飼育室へと向かった。
(トグへもんさんの魔力提供、先週私がやったんだから今週は私じゃないわよね……?)
委員会は、魔法生物を愛してやまない委員長サム・ペンサーの元気な掛け声から始まった。
「さぁ、今週もミスター・トグへもんの魔力提供から始めるよ! 」
「ミスター・トグへもん、ご指名をお願いします!」
「うむ!」
トグへもんが軽快に応じる。
スピカは思わず目を丸くした。
(えっ!? まさかの『指名制』!? 当番制じゃないの!??)
トグへもんはその巨体に似合わぬ小さな指を伸ばし、今日の生贄を吟味する。
「誰にしようかな~……」
「…決定!!」
トグへもんの指先が一直線にスピカに向けられる。
「ひえぇぇーっ!?」
怯えるスピカと、心底残念がるサム。
「オー、ノー……!」
スピカはお馴染みの「汚れ防止用シャンプーハット付きローブ」を被せられ、豪快に頭部を丸呑みにされた。トグへもんは口の中でスピカを転がしながら、ご機嫌に歌を口ずさむ。
「すひはひゃんのまひょふはおひひは~♪(スピカちゃんの魔力はおいしいなぁ~)」
(新曲……!?)
魂が抜けかけたスピカに、サムがタオルを差し出す。
「はいタオル、シャワー浴びておいで!」
「はぁい……」
* * *
シャワーを浴びて戻ると、サムが目を輝かせて駆け寄ってきた。
「今日はね、また別の魔法生物を紹介するよ!」
「はぁ……」
スピカが興味なさげに応じると、サムはドヤ顔で「クマムシマンだ!」と叫び、乾燥した謎の固まりを提示した。
「なんですか、これ……?」
「まぁ見ていたまえ!」
サムが固まりに水をかけると、ジュワッと水蒸気が発生し、ムクムクと形を成していく。
「ジャジャーン!」
「人型魔法生物……!?」
スピカはその姿に目を疑った。鍛え抜かれた筋肉質なボディ、全身を覆う角質の鎧、そして端正な顔立ち。しかし、その表情は異様なほど陰鬱で暗かった。
「彼はクマムシマン。コンパクトに持ち運び可能で、水で戻せば対物・耐火・耐水・耐冷・耐電・耐風……あらゆる攻撃を弾き返すパーフェクトな『壁担当』だ!」
「すごい……!」
「……と思いきや、精神攻撃に極めて弱い。一ヶ月に一度、メンタルケアが必要なのだよ」
「……はい?」
「というわけで今日は他の生物の飼育はいいから、彼のメンタルケアと栄養補給をお願いするよ!」
なにやら面倒な事を押し付けてくるようなサムに、スピカは警戒感を強めた。
「栄養補給って……また変な感じの魔力提供ですか!?」
「いや、彼の栄養補給は魔力じゃないんだ。食堂でご飯を食べさせてあげておくれ。……はい食券!」
サムから渡されたのは、ごく普通の食堂の食券だった。
(メンタルケアって……何をすればいいの……?)
困惑しながらも、スピカは食堂へと向かった。
* * *
食堂のテーブルで、クマムシマンと向き合うスピカ。
クマムシマンは時折チラチラとスピカを見つめながら、黙々とカレーを口に運んでいる。
「私は……」
突如、クマムシマンが低音ボイスで呟いた。
(喋ったー!?)
「遠い星から来た気がする……」
(何を言ってるの!)
脈絡のない発言に戸惑いつつも、スピカは話を合わせることにした。
「クマムシマンさんの故郷って、どんな場所だったんですか?」
クマムシマンはさらに表情を曇らせ、重々しく呟く。
「私には……何か重大な『使命』があった気がするのだ……」
(話が全然噛み合わない……!)
スピカは心の中で頭を抱えつつ、慎重に問いかけた。
「その使命って、とても大切なことだったんですか?」
「あぁ……とても大切なことだった気がする。……あぁ駄目だ、思い出そうとすると激しい鬱気分に襲われる……」
「わ、わかりました! 話を変えましょう!」
(めんどくさーーい!!)
スピカは必死に話題を切り替える。
「クマムシマンさんは、最強の防御力をお持ちだそうですね!」
「あぁ。対物理、対魔法、一通りの耐性を有している」
「すごいわ! 今度冒険に行く時、手伝ってもらおうかしら!」
スピカが微笑むと、クマムシマンの頬がポッと赤くなった。
(少し照れてる……! 褒められるのはまんざらでもないのかな?)
手応えを掴みかけたその時、不躾な声が響いた。
「よぉ」
(第二王子……!?)
現れたのは、第二王子リゲル・ランスターだった。
「第一王子だけでは飽き足らず、魔法生物までたぶらかしているのか?」
煽るようなリゲルの言い草に、スピカはキッと睨み返す。
「そういう言い方、やめていただけますか!?」
リゲルは不敵な笑みを深める。
「いいねぇ! 俺は気の強い女が大好きだ。……俺の女にならないか?」
「行きましょう、クマムシさん!」
スピカはクマムシマンの手を取って外へ飛び出すと、即座に詠唱した。
「『クリエイトウォール』!!」
しかし、リゲルは鮮やかに抜刀すると、一撃で防御壁を打ち砕いた。
「『シールドブレイク』!!」
バリンッ! と壁が粉砕される。
「悪いね。王族は帯剣が許されていてね。なまくら剣士ならいざ知らず、こう見えて俺は『ソードマスター』でね」
強い警戒感を露わにし、手に汗を握るスピカ。
すると、クマムシマンがスッと前に出た。
「ここは私にお任せを……」
リゲルは鋭い眼光でクマムシマンを見据える。
「これはこれは……高名な最強防御生物、クマムシマン殿ではありませんか」
【クマムシマンのメンタル:UP↑】
「一度お手合わせ願いたいと思っておりました」
「承知……!」
スピカが大慌てで叫ぶ。
「二人ともやめて!!」
リゲルが目にも留まらぬ速さで踏み込む。
「剣撃!!」
キンッ――!!
クマムシマンの角質の鎧が、剣撃を容易く跳ね返す。
(やはり普通の剣撃では通用しないか……!)
リゲルは即座にソードマスターの奥義を発動させた。
「『百烈剣撃』!!」
激しい斬撃の嵐。クマムシマンの硬質な鎧に、ついに亀裂が入る。
(効いている……!)
「『シールドブレイク』!!」
ドガンッ!!
「ぐおっ……!?」
痛恨の一撃を受け、クマムシマンが大きくのけぞった。
「クマムシマンっ!?」
スピカが悲鳴を上げる。
リゲルは満足そうに剣を鞘に収めた。
「ふっ……もういいだろう。編入生、治療してやれ」
しかし、クマムシマンは膝を震わせながらも、再び立ち上がった。
「ま、まだです……! もうスピカさんに、乱暴な真似はしないと誓ってください……!」
「っ……!?」
そのまっすぐな言葉に、リゲルの顔が引きつった。
(な、なんか俺……完全に『悪役』ポジションになってないか……!?)
気がつけば、周囲に野次馬の生徒たちが集まり、ざわめいていた。
「なんだなんだ!? クマムシマンと第二王子が戦ってるぞ!?」
「第二王子が魔法生物をいじめてる……!?」
リゲルは居心地悪そうに二人に告げた。
「けっ……今日のところはこれくらいにしてやる!」
(うわ……この捨て台詞、自分で言っておいてめちゃくちゃ嫌だな……!)
スピカが駆け寄り、クマムシマンに手をかざす。
「『ラージヒール』!!」
温かい光が包み込み、クマムシマンの傷がまたたく間に塞がっていく。
「俺は諦めないぜ! それまでその魔法生物とよろしくやってろ!」
吐き捨てて背を向けたリゲルだったが、歩きながら激しいセルフツッコミに襲われていた。
(えっ……『よろしくやってろ』!? 俺のセリフ、ゲスすぎないか……!??)
スピカはクマムシマンの顔を見上げ、優しく微笑んだ。
「クマムシマン、すごくカッコよかったよ!」
【クマムシマンのメンタル:大幅UP↑↑】
「ス、スピカさん……! 言ってくれたじゃないですか! いつか私の力で冒険を手伝ってほしいって……!」
スピカはキョトンとして返した。
「えっ? あぁ……それはどうかなぁ……」
【クマムシマンのメンタル:急降下DOWN↓↓】
ガクッと崩れ落ちるクマムシマン。
「じ、冗談! 冗談だってばーっ!?」
慌ててクマムシマンをなだめるスピカだったが、足元に一枚の紙切れが落ちているのに気づいた。
「あれ……何か落ちてる?」
拾い上げて見ると、そこにはリゲルの筆跡でメモが書かれていた。
【アプローチ計画案】
・俺の女になれ! → ✖️(不評)
・友達になってください…… → ◯(?)
(((めちゃくちゃ悩み抜いてるーーっ!!)))
* * *
男子寮へ戻ったリゲルは、目に見えて凹んでいた。それを見た影のスティーブが声をかける。
「リゲル様ぁ、なんかめちゃくちゃ凹んでますね?」
「……話しかけないでくれ」
リゲルは黄昏れるような目つきで、寂しげに食堂棟の方角を見つめていた。
ページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると励みになります!」
ブックマークも大歓迎!!お願いします。




