第一部 第7話 第二王子リゲル・ランスター
黒髪の鋭い目つきをした男が、掲示板を凝視していた。
【告知】
スピカ・マセットを生徒会庶務に任ずる。
「スピカ・マセット……。こいつがあいつの『新しいお気に入り』か」
黒髪の男は、近くの影へと鋭く命じる。
「スティーブ!」
「はい」
「この女を監視しろ! 何か変わったことがあったら、すぐに俺に知らせろ!」
「イエス、マイロード」
* * *
その頃、スピカはプレミアムエリアへと足を運んでいた。
(今日はアークプリーストの授業の日だわ……。あ、あの光景は絶対に見間違いよね……?)
施設視察の時に目にしたあの光景(荒業?)を思い出し、不安に駆られながらもアークプリースト訓練所の重厚な扉を叩く。
コンコン。
「失礼します」
扉を開けると、そこにいたのは校長のドン・ウィリーと、生徒会会計のベガだった。
ドン・ウィリーはスピカの姿を認めると、優しく声をかける。
「やぁスピカ君。アークプリーストの授業は今日が初めてだね」
「はい!」
「ではまず、君にアークプリーストの『加護』を授けるとしよう」
ベガが補足を加える。
「上級ジョブの加護を与えることができるアークプリーストは、国内でも数名しか存在しないのよ」
(校長先生って、実はすごい人だったんだ……!)
スピカが感心していると、ドン・ウィリーはひょいと空を見上げ、妙に聞き覚えのあるテンションで話し始めた。
「えーっと、アークプリーストの加護神様はどちらにおられましたかな? ……あ、そこにおられましたか。はい、いつもお世話になっております。ええ、うちの生徒がまた一人……はい、よろしくお願いします」
(なんか事務的ー!?)
「あっ、光が……!」
神々しい光がスピカを包み込んでいく。
「これで君も、アークプリーストの基本的スキルと呪文が習得できるようになった。ミスター・トグへもんの適性診断は正しかったようじゃな」
「適性がなければ、加護は授与されないのよ」
というベガの説明に、スピカは(あ、あれが……)と何とも言えない表情を浮かべた。
ドン・ウィリーはスピカの目を見据え、真剣な面持ちで問いかける。
「早速だがスピカ君。プリーストとアークプリーストの違いとは、何だと思うかね?」
「ええと……大きな愛、とかでしょうか?」
「メンタルじゃ! アークプリーストとは、圧倒的なメンタルの持ち主なのじゃよ!」
独自の理論を展開する校長だったが、ふと思い出したようにベガに問いかけた。
「ベガ君、カーライム君は今日どうしたのかな?」
「ミスター・カーライムは、メンタル不調のため欠席です」
「…………」
気まずい沈黙が場を支配した。
「コホン! とにかくスピカ君、アークプリーストになるにはメンタルを徹底的に鍛えてもらう!」
その後、想像を絶するメンタルトレーニングが敢行された。
上空から容赦なく冷水が叩きつけられる『滝行』。
得体の知れない毒虫が蠢く『毒虫の部屋』。
不気味な高笑いがこだまする『呪いの部屋』。
(ひえええ……! 教育方針、絶対間違ってるってー!!)
その過酷さに耐えかねて即座に部屋を飛び出すスピカに対し、ベガはどの部屋でも部屋の中央で冷酷なまでに整った姿勢で瞑想を続けていた。
ベガが呪いの部屋から出てくると、スピカの肩を指さして冷静に告げた。
「あなた、肩に人形が乗っているわ」
「私、スピカちゃんとお友達になりたいの……」
不気味なほどフレンドリーに話しかけてくる呪いの人形に、スピカは悲鳴を上げる。
「ひえええっ!?」
ベガが静かに呪文を唱えた。
「『デ・ソウル(解呪)』」
「スピカちゃんと……お友達に……なりたかっただけなのに……」
人形は最後の言葉を遺し、床の上にコロンと転がり落ちた。
(あっさりと消されたーっ!?)
「なんだか後ろめたいです……!」
スピカが訴えると、ベガは「悪霊に情けは無用よ」と容赦なく切り捨てた。
しかし、スピカはベガの背後に怪しい影を見逃さなかった。
「ベガさん、後ろっ! なにかおっぱい揉んでますよ!!」
スピカは大慌てで呪文を唱えた。
「『デ・ソウル』!!」
ボッと悪霊が消滅する。
「私にもできました!」
「やるわね」
ドヤ顔のスピカに、ベガが短く称賛を送った。
二人のやり取りを見届け、ドン・ウィリーが満足気に頷く。
「しばらくはメンタルトレーニングが主軸となる。各攻撃・回復呪文の指南は追々やっていこう」
(アークプリーストの修行、想像以上にハードだわ……。ベガさんたちは毎回これをこなしてるのかしら……)
スピカは半ば呆然としながら、訓練施設をあとにした。
* * *
物陰で待機する黒髪の男――第二王子リゲルの元へ一匹のネズミが近づき、小さなメモを落とした。
『スピカ・マセットが一人で裏庭へ』
メモを確認すると、リゲルはニヤリと口角を上げた。
「編入生の子猫ちゃんの顔でも拝みに行くとするか」
* * *
裏庭にぽつんと佇んでいたスピカに、男が不躾に声をかけてきた。
「あんたかい、シリウスの新しいお気に入りは」
「あの……どちら様でしょうか?」
スピカが警戒して問い返すと、男は不敵に名乗った。
「俺はこの国の第二王子、シリウスの腹違いの弟、リゲル・ランスターだ」
「スピカ・マセットと申します。あの、私に何かご用でしょうか……?」
距離を詰めようとしてくる第二王子に、スピカが身構える。
「挨拶に来ただけさ。……ただ、俺は欲しがり屋でね。シリウスが欲しがるものは、特に欲しくなる。女も、王位もな」
リゲルがスピカの頬に手を伸ばそうとしたその瞬間――。
「『クリエイトウォール』!!」
ドバッ! とリゲルの目の前に透明な防御壁が立ち塞がった。
「でっ!?」
スピカは間髪入れずにさらなる呪文を叩きつける。
「『クリエイトウォール』!!」
ドバッ! 今度はリゲルの背後に壁が出現した。
「いでっ!?」
見事な前後サンドイッチで壁に挟まれた第二王子に対し、スピカは気丈に言い放った。
「一端の殿方であられるなら、他人のものを奪うことではなく、ご自分にしかできないことを探されたらいかがですか!?」
「…………」
第二王子は言葉を失った。
「それでは、失礼いたします!」
スピカがスカートを翻して立ち去ると、壁に挟まれたままのリゲルが影に向かって叫んだ。
「スティーブ、逃がすな!」
「御意!」
スティーブがスピカを追いかけ、その肩に手を伸ばそうとした刹那――。
シュバッ――!!
草陰から鋭い鎖分銅が飛び出した。
「忍術――分銅影連鎖!」
「なっ……!?」
スピカに跳びかかろうとしたスティーブの両足に、鎖が完璧に巻きつく。勢い余ったスティーブは、盛大に石畳へと顔面から突っ込んだ。
「いでっ……! な、なんだ!?」
チャリ……と硬質な鎖の音が響く。
スティーブが顔を上げると、そこにはいつも目立たないはずの友人が、冷酷な眼差しで見下ろしていた。
「あれ……? カノープス君……? 何……?」
冷汗を流すスティーブに、カノープスは感情の削ぎ落とされた声で告げる。
「彼女に手を出すのはやめろ」
スティーブはニヤつきながら、一歩踏み込んだ問いを投げかけた。
「あれぇ~? もしかして、あの子のことが好きなわけ?」
カノープスは表情ひとつ変えずに返した。
「シリウス会長から監視を命じられているだけだ」
「ふーん……まあ、アレはやめておけよ。どうせ王子様たちの『獲物』だろ?」
「…………」
カノープスは何も答えない。すでにスピカの姿はどこにもなかった。
「あーあ、逃がしちゃった。なんて言い訳しようかなぁ」
スティーブは着物の埃を払いながら起き上がった。
「この借りは返してもらうぞ、カノープス」
そう言い残すと、スティーブはバックステップを踏んで姿を消した。
* * *
スティーブがリゲルの元へと戻ると、壁に挟まれた第二王子が不機嫌そうに問いかけた。
「スティーブ! 女はどうした!?」
「カノープスに妨害されました。第一王子がしっかり監視をつけていたようです」
「チッ……抜け目のない奴め」
リゲルは悔しそうに歯噛みした。
「しかし、奴がそこまで執着しているとなると、なおさら興味深いな……」
リゲルは呟くと、己の影に向かって今最も切実な質問を投げかけた。
「……で、これ、外せるのか?」
「呪文の効果が切れるまで待つとしましょう」
スティーブは慇懃に即答した。
壁にすっぽりと挟まれたまま身動きの取れない第二王子に、柔らかな夕暮れの光が虚しく差し込んでいた。
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