第一部 第5話 生徒会室にご同行ください
【報告書】
編入生:スピカ・マセット
好きな食べ物:カレー
適性ジョブ:アークプリースト……かな?
スピカの新しい報告書をカノープスに書かせたシリウスは、満足気に笑みを浮かべた。
「よし、決定だな」
* * *
スピカ・マセット、編入2日目。ホームルーム。
担当の教師がスピカへ優しく話しかける。
「スピカ・マセット君、まだ2日目だが、この学園には慣れたかな?」
「まだよくわからないことも多いですが、皆様が親切にしてくださるので心配ありません!」
「それはよかった」
スピカの前向きな返答に笑顔をみせると、教師は話を続けた。
「この学園の生徒は全員、いずれかの委員会に入ってもらうことになっている。たしかこの学年枠には二つ空きがあったな。図書委員と、もう一つは何だったか……」
「スピカ君、モブ君、くじを引いてくれ」
教師は箱を差し出した。
(私、本が好きだから図書委員がいいな……)
スピカのささやかな願いも虚しく、引いた紙に書かれていた文字は――。
『魔法生物飼育委員』
(((嫌な予感しかしませーん!!)))
そんなスピカの絶望を余所に、教師は手際よく指示を出した。
「よし、ではスピカ君は『魔法生物飼育委員』、モブ君は『図書委員』だ。放課後、それぞれ生物飼育室と図書館へ行って先輩方から説明を聞くように」
「あ、飼育室に行く時は運動着に着替えていきなさい」
(運動着……)
スピカの嫌な予感は、確信へと変わりつつあった。
* * *
「あー、一般教科って大変……」
授業の合間にスピカが呟くと、クレアが声をかけてくる。
「スピカは『アークプリースト……かな?』だけど、基本のプリースト授業は私と一緒ね。授業の方は大丈夫そう?」
「プリーストの基礎は、小さい頃から牧師様に教えていただいていたから何とかなりそうなんだけど……一般教科は叔母様に半年間家庭教師をつけてもらっただけだから、ちょっと大変で」
クレアは優しく微笑んだ。
「わからないことがあったら、私たちが教えるわ」
「ありがとう!」
(今日は無いけれど、アークプリーストの専門授業ってどんな感じなのかしら……)
* * *
放課後。
スピカが生物飼育室へ向かうと、眼光の怪しげな男子生徒が出迎えてくれた。
「ようこそ、魔法生物飼育委員会へ! 僕は委員長のサム・ペンサーだ。君も魔法生物の美しさ、気高さに惹かれてこの委員会に入ったんだね?」
恍惚とした表情で語るサムに、スピカは引きつった笑いを返す。
「ええと……そう、いうわけでは……」
しかしサムは、テンションの下がりきったスピカを気にも留めず、得意気に言葉を続けた。
「紹介しよう! 我が学園が誇る筆頭魔法生物――ミスター・トグへもんだ!」
飼育スペースの特等席にででんと鎮座する怪物を前に、スピカは冷ややかに答えた。
「……存じております」
トグへもんが気安くアニメ声で話しかけてくる。
『やー、スピカちゃん。また会ったね~』
サムは熱弁を振るう。
「見給え! このミスター・トグへもんの美しいフォルム、極限の機能美を!」
『いやー、それほどでも~』
少し照れるトグへもん。そしてサムは、真面目な顔で具体的な仕事内容を説明し始めた。
「我が委員会の仕事は、主に魔法生物たちへの『食事の支給』だ。活動は週に一度。……よし、まずはミスター・トグへもんの食事を最優先で行う!」
「あの……ミスター・トグへもんはいったい何を召し上がるのですか?」
恐る恐る尋ねるスピカに、サムの目がギラリと光った。
「それはね――」
カポッ!
見慣れた「汚れ防止用シャンプーハット付きローブ」を被せられた。
「へっ!?」
スピカが驚く間もなく、トグへもんが両肩をがっちり掴む。
『いただきまーす!』
「ひえぇぇーっ!?」
パクッ!!
スピカの視界が真っ暗になる。あの不快と理不尽に満ちた恐怖が、再びスピカを襲った。
レロレロレロ……。
パカッ!
解放され、呆然と魂の抜けた顔をするスピカにサムが解説する。
「魔法生物たちの主食は『魔力』だ。君の魔力が彼らの糧となる。一回食べさせれば一週間は保つ」
トグへもんが信じられない一言をアニメ声で付け足した。
『本当はボク、昨日の適性診断の時に君たちの魔力をちょっともらったから、あんまりお腹空いてなかったんだけどね~』
(おいっ!!)
無邪気な怪物へ、スピカの激しいツッコミが心の中で炸裂した。
サムは恍惚とした顔のまま続ける。
「あー、本来なら今週は僕がミスター・トグへもんに魔力を捧げたかったんだが、新入会の君のために譲ってあげたんだよ」
「遠慮なさらないで欲しかったです……」
スピカは本音を漏らした。
「はいタオル、シャワー浴びておいで!」
満足気なサムからタオルを受け取り、スピカはとぼとぼとシャワー室へ向かった。
* * *
その頃、学園の廊下を一人の貴公子が優雅に歩いていた。
「あっ、見て! 生徒会長のシリウス殿下よ」
「まぁ今日も麗しい……お声をかけてくださらないかしら」
女子生徒たちの囁きを耳にしながら、シリウスは心の中で高らかに叫んでいた。
(生徒会長最高! 生徒会長最高! 生徒会長最高! ああ、生徒会長でよかった……!!)
「はーっはっは!」
思わず高笑いが漏れ出る第一王子であった。
* * *
飼育委員会のお勤めを終え、運動着姿でふらふらと歩いていたスピカは、大きな人だかりを目にした。
生徒たちが掲示板を囲んでざわついている。
「あーあ、あの子ちょっと可愛いと思ってたのになぁ……」
「王子のハーレムに組み込まれちまったか……」
(何の話……?)
不審に思い、スピカも掲示板を覗き込んだ。
【告知】
スピカ・マセットを生徒会庶務に任ずる。
「……えっ? 生徒会庶務!?」
驚くスピカを見つけ、クレアが興奮気味に駆け寄ってきた。
「ちょっとスピカ、凄いわ! 生徒会役員といったら、この学園の憧れの的よ!」
「どんな人たちなの……?」
「みんな上級貴族の出で、適性ジョブも上級職ばかりよ! まず筆頭は生徒会長のシリウス殿下。容姿端麗、頭脳明晰、第一王子で適性は『魔法剣士』!」
クレアの説明に熱が入る。
「続いて副会長のルスカ様! プライドだけは鋼鉄よ!」
(プライド『だけ』って何……?)
「適性ジョブはパラディン! そして書記のデネブ・アーテュス様! 学園四天王美女の一人で、殿下の幼馴染。生徒会ではあの殿下も頭が上がらないらしいわ」
(四天王美女……?)
「会計のベガ・ドウィン様も四天王美女の一人! 適性はなんと『アークプリースト』と『薬剤師』。言い寄ってくる男子生徒を何人も撃沈させている『鋼鉄の美女』よ!」
(鋼鉄多いわね……)
「ちなみに四天王美女はもう一人いて、最後の枠は、現在空席よ!」
(空席なら『御三家』とかでよくない!?)
心の中で静かにツッコミを入れるスピカをよそに、クレアは最後の一人を紹介する。
「そして生徒会役員最後の一人は、謎の男……カノープス・チュワートス庶務! 適性ジョブは『忍者』よ!」
「私、生徒会庶務のカノープス・チュワートスと申します」
「きゃあ!?」
背後から突然響いた声に振り向くと、さして特徴のない、どこにでもいそうな若者が立っていた。
(えっ、全然気配がなかった……ほんとに謎の人……!)
スピカが身構えると、カノープスは無表情のまま告げた。
「ミス・スピカ・マセット。生徒会長がお呼びです。生徒会室にご同行ください」
* * *
生徒会室では、書記のデネブがシリウスに詰め寄っていた。
「会長! どういうことでしょうか!?」
「なんのことだ?」
シリウスは金髪碧眼の美女へ視線を向ける。
「新しく任命された庶務のことです! いささか軽率ではありませんか? 編入したてで右も左もわからぬ者に、生徒会役員が務まるとは思えません!」
デネブの進言に対し、会計のベガが冷静に言葉を挟んだ。
「私は構いませんわ。人手が足りませんもの」
「うむ」
シリウスが頷いたその時、扉を叩く音が響いた。
コンコン。
「失礼します。編入生を連れてまいりました」
「カノープス君か。入室を許可する。ご丁寧にご案内願うよ」
「はい」
扉が開かれ、入ってきたのは――モブ・デュランとスピカだった。
(((だから、誰なんだよお前は!!)))
シリウスは内心で激しく毒づき、澄ました顔のカノープスに囁いた。
「あのさぁ……カノープス君。わかってやってる?」
「申し訳ございませんが、ご退室願います」
ベガから静かに退室を促され、気まずそうにモブが出ていく。
気を取り直し、シリウスはスピカに言葉をかけた。
「やあ、初めまして……ではないね、ミス・スピカ・マセット。改めて自己紹介をしよう。この学園の生徒会長、シリウス・ランスターだ」
(えっ、あの時のハンサムさんが生徒会長!? ということは、この国の王子様……!?)
スピカは恐縮しつつも頭を下げた。
「はい。先日は殿下とは知らず、大変失礼いたしました」
シリウスはアクアマリンの瞳でスピカを見つめる。
「君には今日から生徒会庶務として、この学園のために尽力してもらう」
「大変光栄ですが……なぜ私なのですか?」
「そうだなぁ……僕の勘かな?」
(そこも曖昧かい!)
スピカは心の中でズッコケそうになったが、気を取り直して本音を切り出した。
「では! 今日任命された『魔法生物飼育委員』は辞退させていただいても……?」
シリウスは爽やかな笑顔で即答した。
「いや、そこは兼務で!」
(兼務かーーい!!)
スピカのツッコミが止まることはなかった。
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