第一部 第4話 王子と少女と奇跡の光
「やれやれ……」
制服のブラウスのボタンを留め、タオルで軽く髪を乾かすと、スピカは集会場へと戻った。
すると、待っていたかのように生徒たちがスピカの周りに押し寄せてくる。
「君、すごいよ! アークプリースト……かな? なんて!」
「アークプリーストの適性が確認されたのは、この学園でも君を含めて三人だけなんだよ!」
「聖女を出したかもしれない家系の出で、その上アークプリーストの適性なんて!」
「なぁ、僕たちのパーティに入らないか!?」
「いやいや、ぜひ我が部活へ!」
「今度お茶会を開くんだ、良かったらどうかな?」
容姿の整った男子生徒たちから次々とお誘いを受けるスピカ。
(ちょっとチヤホヤされてる……悪くはないけど、あの診断、思いっきり不確定要素だったしな……)
「まだわからないことも多いので……少し考えさせてください」
スピカはやんわりと申し出を交わした。
「はい、静粛に! 各自、教室に戻りなさい!」
ざわつく集会場に教員の声が響き渡る。
移動の途中、スピカは隣を歩くクレアに尋ねた。
「ねぇクレア、パーティって何?」
「パーティね。必須ではないんだけど、グループを組んで擬似冒険をする人たちがいるのよ。薬草を採りに行ったり、ちょっとした洞窟を探検したりね。まぁ、今の平和な時代にモンスターなんてほとんど出ないんだけど」
そう説明してから、クレアはフフッと悪戯っぽく笑う。
「でも、女子を外に連れ出したい下心でパーティに誘う輩もいるから、気をつけた方がいいわよ。『隣の男子がモンスター!』なんてね」
クレアがおどけたポーズをとってみせると、スピカは苦笑いしながら先ほどの適性診断の愚痴をこぼした。
「それにしても、ジョブの適性診断って、もっと古代魔道具とかを使ってスマートにやるものじゃないの?」
「そうね、うちは独特よね。でも、下手な魔道具より精度が高いって言われているのよ」
(あ、あれが……?)
心の中で引きつるスピカの横で、ナンシーが羨ましそうに呟いた。
「でもスピカさん、すごいです。アークプリーストだなんて……」
(『かな?』なんだけどね……)
* * *
授業の合間、スピカの席の周りには人集りができていた。
「あっ、化粧室ってどこかしら?」
思い立ったようにスピカが尋ねると、クレアが親切に答える。
「教室を出て右の突き当たりよ。一緒に行く?」
「ありがとう、一人で大丈夫!」
教室を出て、スピカは小さく息を吐いた。
(みんな良い人で良かった……。でも、ちょっと一息つきたいな。どこか静かな場所はないかしら)
* * *
ゲコ。
生徒会室の窓際から聞こえたカエルの鳴き声に、シリウスは気づいた。
(カノープスの使い魔か)
窓を開けると、カエルは口からメモを吐き出した。
ペッ。
ねとーっ……と粘液まみれのメモには、こう書かれていた。
『編入生が一人でバラ園へ』
「生臭いな……」
(カノープスの奴、もう少しマシな使い魔はいないのか)
粘液のついた指先をシルクのハンカチで拭いながら、シリウスは心の中で忠実なる影に毒づいた。
(フッ……編入生の子猫ちゃんの顔でも拝みに行くとするか)
身なりを整え、シリウスは生徒会室をあとにした。
廊下を歩くだけで、周囲の女子生徒たちから甘い囁きが漏れ聞こえてくる。
「あっ、見て! 生徒会長のシリウス殿下よ」
「まぁ……今日も麗しいわ。お声をかけてくださらないかしら」
シリウスは優雅に歩を進めながら、心の中で自らの完璧さに酔いしれていた。
成績優秀、眉目秀麗。この国の第一王子にして生徒会長。適性ジョブは魔法剣士。
(さぁ、これ以上何が欲しい? さあさあ……新しい編入生はどんな子猫ちゃんかな?)
目的地のバラ園に到着したシリウスは、草陰からそっと中を覗き込んだ。
(……誰だ、あいつ)
「ふぅ….….」
バラ園の中に佇んでいたのは、もう一人の編入生、モブ・デュランだった。
ゲコ。ペタ。
佇むモブを眺めていたシリウスの頭の上に、先ほどの使い魔ガエルが乗っかった。
カエルは再びメモを吐き出す。生臭い紙を開くと、そこには思わせぶりに一言だけ書かれていた。
『あぶりだし』
(忍者、めんどくせー……)
シリウスは心の中で再び毒づき、呪文を唱えた。
「『ファイアボール』」
手のひらに小さな火の玉を浮かべ、焦がさないよう慎重にメモを近づけると、じわじわと文字が浮かび上がる。
『もう一人の編入生は裏庭へ』
シリウスはメモを焼き捨てると、すぐさま裏庭へと向かった。
* * *
シリウスが裏庭にたどり着くと、一人の少女がぽつんとぼんやりと佇んでいた。
(ふーん……まあまあかな)
スピカの姿を認めると、シリウスは声をかけようと歩み寄る。
(まぁ、挨拶くらいはしてやるか)
「やあ、君。見かけない――」
シリウスが気取って話しかけようとした瞬間、スピカが切迫した声をあげた。
「危ないっ!」
ガッ――!!
上空から落下してきた重厚な花瓶が、シリウスの頭頂部を容赦なく直撃した。
「いっ、でぇぇ!? な、なんだ!? 上から花瓶が……!」
シリウスは激痛に呻き、その場に倒れ込んだ。
スピカは迷わず、血だらけになったシリウスのもとへと駆け寄る。
「すごい血……! 私に任せて!」
「バカ! お前みたいな素人に、高貴な俺を治せるものか! 医者か、アークプリーストを呼べ……!」
必死の訴えも虚しく、シリウスの視界は急激に白く染まっていく。
(あっ……意識が……)
「じっとしてて!」
スピカが手のひらをシリウスに向け、強く意識を集中させる。その瞬間、スピカを中心に巨大な魔力の渦が巻き起こった。
「『ラージヒール』!!」
溢れ出す聖なる光がシリウスの全身を包み込む。
シリウスの脳裏に、神々しく輝く幻影が浮かび上がった。
(えっ……!? これは……聖女様……?)
そのままシリウスは意識を失った。
* * *
シリウスがゆっくりと目を開けると、鈴を転がすような声が届いた。
「気がついた?」
視界に飛び込んできたのは、見慣れた裏庭の景色と、覗き込む少女の穏やかな顔。
頭部には心地よい温もりが感じられた。いわゆる「膝枕」の状態であることに気づく。なんとも言えない素晴らしい眺望に、もう一度意識を失いたい衝動に駆られつつも、シリウスは身体を起こして頭の傷を確認した。
(あ、僕の傷が……治っている……?)
あれほど流れていた大量の血も跡形もなく、まるで時間を巻き戻したかのように消え去っていた。
呆然とするシリウスに、スピカが笑顔で声をかける。
「殿方?」
「ん?」
「私のこと、『バカ』っておっしゃいました?」
スピカの笑みには、うっすらと圧がこもっていた。
「フッ……なんのことかな」
王子ムーブでカッコつけてみせるシリウスだったが、スピカの反応は極めて冷ややかだった。
「私は教室に戻ります。……これでも私、アークプリーストの『卵』なんですよ? 頭上には気をつけてくださいね、ハンサムさん!」
スピカは制服のスカートを翻すと、呆然と佇むシリウスを置いて立ち去っていった。
(……ありがとう)
言葉にならなかったシリウスの心の声が、静かにこだました。
* * *
生徒会室に戻ったシリウスは、編入生の少女とのやり取りを反芻していた。
「会長、編入生の報告書です」
部屋の隅から不意に声が聞こえ、姿を現したカノープスがデスクに一枚の紙を置き、再び姿を消した。
「カノープス君、ありがとう。ご苦労様」
シリウスは報告書に目を落とす。
【報告書】
編入生:モブ・デュラン
好きな食べ物:カレー
(((だから、こいつは誰なんだよ!!)))
第一王子の心の中のツッコミが、止まることはなかった。
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