第一部 第3話 化け物の詩と忍びよる影
「いただきまーす!」
(((えええええーっ!?)))
パクッ――!
トグへもんがスピカの頭部を丸呑みにすると、一瞬にして視界が真っ暗になった。
(ひーっ! すごい舐められてるーっ!)
生まれて初めて経験する不快と恐怖の中、なんとトグへもんはスピカの顔を口の中で舐めまわしながら、ご機嫌に歌まで歌い始めた。
『あんらほほひーな~♪ へひはらひーな~♪』
(なんか歌まで歌ってるー!?)
恐怖と得体の知れない理不尽さに魂が抜けそうになったところで、パカッとトグへもんの口が開かれた。
解放されたスピカに、トグへもんが愛くるしいアニメ声で語りかける。
「うん、スピカちゃんの適性ジョブは……」
「…アークプリースト……かな?」
(かな……?)
トグへもんの言葉の末尾に含まれた絶妙な曖昧さに、スピカは敏感に反応した。
「おーっ!!」
しかし、集会場の生徒たちからは大きな驚きと歓声が巻き起こる。
「初手でアークプリーストの判定が出るなんて……!」
「やっぱり聖女の子孫かもしれないっていうのは伊達じゃないぞ!」
診断結果を称賛する生徒たちの声。
呆然と立ち尽くすスピカに、トグへもんは優しく言葉を添えた。
「未来は変えられるよ。心境が変わったらまたおいで」
(できればご遠慮したいです……)
心からそう願ったスピカであった。
「はい、タオル」
なぜか満足気な教師からタオルを受け取る。
「シャワーを浴びておいで」
「は、はい……」
スピカがシャワー室に向かう途中、ふと振り返ると、モブがトグへもんに丸呑みにされている最中だった。
(あっ、モブ君も……)
(外から見てもシュールだわ……)
パクッ、ペッ!
「吟遊詩人」
モブが一瞬で吐き出され、なんとも情けない顔で佇んでいた。
(私より…絶対短い!!)
トグへもんに心の中で短いツッコミを入れ、スピカはシャワー室へと向かった。
(もー、何が何だか……)
脱衣所で衣服を脱ぎ、シャワーブースに入ってハンドルを捻る。
温かいお湯が、粘液まみれの髪を洗い流し、白く透き通るような肌をつたっていく。
(でもなんなの、あの曖昧な診断!『かな?』って何よ、『かな?』って!)
「ふぅー……」
つかの間の安堵のため息を漏らしたのも束の間、隣のシャワーブースに人が入ってくる気配がした。
薄い壁越しに、モブ・デュランがフンフンと鼻歌を歌いながらシャワーを浴び始める。
(あれ……モブ君!?)
スピカは自分が今、極めて無防備な姿であることにハッと気づき、大慌てでシャワーのハンドルを回して勢いを緩め、気配を消した。
(待って、このシャワー室、壁薄すぎない!?)
こちらの緊張など知る由もなく、隣でお気楽に鼻歌を歌い続けるモブ。
(も、モブ君……ご機嫌ね……)
警戒しながら大急ぎで粘液を洗い流したスピカは、逃げるようにシャワーブースをあとにした。隣の部屋の気配にすら気づかないままに……。
ギィ……。
シャワー室と脱衣所を挟む扉が開く。
カノープスは扉が開く直前に気配を察し、脱衣所の天井へと身を躍らせると、天井柄の布を被って身を隠した。あまりに即席な隠形術である。
(しくじった……!)
カノープスは激しく後悔した。
いくら公務とはいえ、ここまで彼女を近くで監視する必要はなかったのだ。
もし気配を勘づかれ、天井を見上げられでもしたら、天井にへばりつく無様な忍者の姿が露見してしまう。
カノープスは祈るような心地で完全に気配を消し、眼下の少女が身体を拭き、服を着る様子を見守ることとなった。
(こ、これは公務だ……決して覗きなどではない……!)
カノープスに自分自身へと言い聞かせる。しかし、その目に映るのは神々しい光を放つかのような、眩いばかりに美しい少女の肢体。
(…この人は…命に換えてもお守りせねば……! 彼女を害する者が、例え何であろうと……!)
カノープスの胸中に、眼下の少女に対する並々ならぬ決意が芽生えた。
「早く出て行ってほしい」という焦りと、「このまま時が止まってほしい」という不純な願望。
二つの想いが交錯する、ミルキーウェールズ王国が誇るハイクラス忍者・カノープスであった。
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