第一部 第2話 もう一人の編入生と控え室の怪物
メレンヘア学園の校長、ドン・ウィリーは、編入生のスピカへと優しく語りかける。
「君のことは君の叔母――いや、お母上から聞いているよ。」
「ご先祖様には聖女になった人もいたらしい家系みたいだね。」
(か…かなり曖昧な話なんですけども……)
養母となった叔母から聞かされた、極めてあやふやな自らの伝承を思い出し、スピカは内心で苦笑した。
「もしかしたら、君にもその素質があるのかもしれないねぇ。まぁ、励んでくれたまえ」
校長はやんわりとその噂を受け止め、言葉を添えた。
「今日は早速、学年集会で挨拶をしてもらうよ。頼んだよ」
「はい!」
「クレア。彼女を集会場まで案内してくれないか」
ドアの脇に立っていた、眼鏡をかけた小柄な少女に校長が声をかける。
「かしこまりました」
スピカはクレアに案内され、校長室を後にした。
「私はクレア・マーシャル。クレアでいいわ、よろしくね」
気さくに話しかけてくるクレアに、スピカも笑みを返す。
「私はスピカ・マセット。私もスピカでいいわ! よろしくね、クレア」
クレアは人懐っこい笑みを浮かべ、スピカに声をひそめた。
「ねぇスピカ、知ってる? この学園は、適性が認められれば『上級ジョブ』もマスターできるのよ」
「上級ジョブ?」
「女子ならアークウィザードやアークプリースト、男子ならパラディンや魔法剣士が憧れのジョブね」
「どうすれば適性が認められるの?」
スピカが尋ねると、クレアは肩をすくめた。
「今日の学年集会でその機会があるわ。編入生はほぼ全員、適性を試されるわ。みんなの前でショボい適性が出ると、結構キツイのよね……。独特な診断方法で、私はプリーストって診断されたんだけど、もう二度とごめんだわ」
クレアはさらに言葉を続ける。
「でも、上級ジョブを持っていたところで、この平和な世の中じゃ宝の持ち腐れよね。今や貴族のステータスとか、お飾りみたいなものだしね」
「あ、そういえばあなた、聖女を輩出したかもしれない家系なんですって?」
「う、ううん……」
急に話を振られ、スピカが引きつった返答をすると、クレアは目を輝かせた。
「凄いわ! 聖女様はこの学園の女子全員の憧れよ。羨ましいわ」
「はぁ……」
スピカは力なく生返事をするしかなかった。
集会場に到着すると、クレアは一人の少女に声をかけた。
「ここが集会場よ。あっ、紹介するわ、彼女はナンシー」
大人しそうな少女が、控えめに会釈をする。
「ナンシー・ヤークスです。よろしくね」
「私はスピカ・マセット。よろしく!」
見慣れない顔に周囲からの視線が集まる中、クレアはあの話題を嬉々として切り出した。
「ねぇねぇ、彼女ね、聖女を出したかもしれない家系なんですって!」
集会場の生徒たちが一斉にざわめく。
『おい、聖女を出したかもしれない家系だってさ!』
『すげー!』
(ちょっと、そんな曖昧な噂を広めないでー!)
真っ赤になるスピカに、ステージ上に立つ教師が声をかけた。
「スピカ・マセット君、前へ」
「はい!」
「今日は新しく諸君の仲間に加わる編入生を二人、紹介する。自己紹介をお願いしよう」
(あれ、私の他にも編入生がいたんだ)
スピカが隣を見ると、どこか地味でごく普通の若者が佇んでいた。
注目を浴びる中、若者は言葉をはっした。
「モブ・デュランです。」
「好きな食べ物は……」
(えっ!? 自己紹介で好きな食べ物!?)
「カレーです」
集会室が沈黙する。
しかしモブは何やらやりきったような、すっきりとした顔をしている。
(えっ、それで終わり!? なんでそんなやりきった感だしてるの!?)
スピカは心の中で激しくツッコミを入れた。
(やだ、私そんなダサい自己紹介したくない!……あっ、でもこの流れは――)
「あ、スピカ・マセットです! 」
「好きな食べ物は……」
「.………」
「私もカレーです…」
(終わった……完全に同調圧力に屈したわ……! せめてあんみつって言えばよかった……!)
明当のない反省に頭を抱えるスピカを余所に、教師は進行を続ける。
「それでは二人には、適性ジョブを診断してもらおう。適正を診断してくれるのは――魔法生物トグへもんだ!!」
教師が異様なハイテンションで叫ぶと、舞台袖の控え室から、想像を絶する化け物が現れた。
直径1メートルほどの球体に近い頭部に、鋭い目がギョロリと光る。耳まで裂けた大きな口には、頑丈そうな歯がズラリと並んでいた。肌の質感はまるで大型の爬虫類のそれだ。
「怖っ……!」
スピカが思わず慄くと、その化け物が口を開いた。
『ボク、トグへもん。ボクは少しだけ未来が見えるんだ~』
(あっ、でも声はちょっと愛嬌がある……?)
化け物の巨体から発せられたのは、脳がバグりそうなほど可愛らしいアニメ声だった。
「さぁ、これを着てくれ」
その声に少し安堵したのも束の間、教師が明らかに汚れ防止と思われるシャンプーハット付きのローブをスピカに被せる。
(えっ……?)
『いただきまーす!!!』
トグへもんがスピカの肩を両手で掴み、直径1メートルの巨大な大口をぐわっと開けた。
(((ええええええーっ!?)))
スピカの心の中の叫びが、虚しく集会場にこだました。
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