第二部 第1話 爽やかな朝の、にゅるにゅるっとした最悪の予感
柔らかな朝日が差し込む女子寮のバルコニー。
目の前には、朝露に濡れた美しい庭園が広がっている。
寮付きのメイドが、トレイに乗せた温かい朝食を運んできた。
「お嬢様、朝食をお持ちいたしました」
「ありがとう、パメラ!」
焼きたてのパンの香ばしい香り。
湯気を立てる温かいコーンポタージュ。
添えられたハムとチーズも絶品だ。
(あぁ……なんて爽やかな朝なのかしら!)
今日――放課後の『魔法生物飼育委員会』の活動さえなければ、完璧な一日だったのだが。
(……なんだか、すごく嫌な予感がするのよね……)
スピカは最高の笑顔で美味しいパンを頬張りながら、胸の奥で渦巻く最悪の予感を覆い隠すのだった。
※『魔法生物飼育委員会』――学園が保護・保持している魔法生物たちへ、定期的に魔力を提供するのが主な仕事である。
◇
同じ頃――早朝の生徒会室。
生徒会長シリウス・ランスターの元へ、書記のデネブ・アーテュスが静かに歩み寄り、膝を折って報告を行っていた。
生徒会長シリウス・ランスター。
容姿端麗、学業優秀、そして卓越した腕前を持つ魔法剣士。
学園生活を送りながら、すでに国政の重要事項にも携わっている傑物である。
生徒会書記デネブ・アーテュス。
魔法庁長官アーテュス侯爵が令嬢にして、学園『四天王美女』の一人。
適性ジョブは『アークウィザード』。
その並外れた美貌と完璧な立ち振舞いから「完璧超人」と称され、彼女もまた学園内外でシリウスの右腕として手腕を振るっていた。
シリウスはデネブからの報告に耳を傾け、静かに言葉を発した。
「そうか……日時と場所が決まったか」
「はい。今回の日時と開催地の決定につきましては、ロメーダ帝国からの強い申し出があったようでございます」
「デネブ君、この件の調整、ご苦労だったね」
シリウスは視線を落とし、低く呟いた。
「『リンデア王国』か……」
「帝国が変更した開催地……」
「生徒会役員を全員、緊急招集する必要があるな」
「デネブ書記、この件をベガ会計とルスカ副会長にも伝えてくれ」
「かしこまりました」
デネブは短く応じると、ふと探るような視線を向けた。
「……スピカ庶務も、ご同行させるおつもりですか?」
「あぁ、彼女も連れて行くよ」
シリウスの即答に、デネブはどこか含みを持たせた笑みを浮かべた。
「そうですか……。今回も、賑やかな『催し』となりそうですね、殿下」
◇
放課後――。
スピカが運動着に着替え、生物飼育室へ向かって歩いていると、聞き覚えのある声に呼び止められた。
「よう、スピカ!」
振り返ると、そこにいたのはこの国の第二王子であり、シリウスの異母弟でもあるソードマスター、リゲル・ランスターだった。
スピカは先日の舞踏会での出来事(不意打ちのキス未遂)を思い出し、少し頬を染めながら挨拶を交わす。
「ご、ご機嫌麗しゅうございます、リゲル殿下」
「堅苦しいな。リゲルでいいよ」
フランクに笑うリゲルに、スピカは(そんなにすぐには崩せませんって……)と冷や汗をかいた。
するとリゲルは、真面目な顔で問いかけてきた。
「なぁ、スピカ。俺たち……『友達』でいいんだよな?」
「ええ、まぁ……」
スピカが曖昧に頷くと、リゲルはすっと顔を近づけてきた。
「なぁスピカ。……友達って、キスしていいんだっけ?」
「ち、違いますっ!!」
スピカは顔を真っ赤にして、手をブンブンと振って即座に否定した!
「友達というのはその……お互いに悩み事を打ち明け合ったり、喜びや悲しみを分かち合ったりするものだと思います!」
スピカが真剣に答えると、リゲルは端正な顔立ちにふっと寂しげな陰りを浮かべた。
「……悩み事、か」
リゲルは不機嫌そうに視線を落とす。
「カッコ悪い愚痴に聞こえるかもしれないけど……シリウスの奴が、国政の外交や諜報に携わっているのを知っているか?」
「あ、はい……なんとなく」
(えっ!? そうだったかしら……!?)
と心の中で焦るスピカをよそに、リゲルはぎゅっと拳を握りしめた。
「親父の奴……俺には『農政』を割り当ててんだよ。なんであいつは派手派手な外交で、俺は地味な農政なんだよ……」
不満を漏らす第二王子に対し、スピカは表情を引き締め、キッと言い放った。
「リゲル殿下!」
「な、なんだよ……?」
「農政は、国の『礎』です! 」
「陛下はその一番大事な部分を、貴方に託されたのです! 」
「腹の探り合いをする外交よりも、ずっと立派なお仕事だと私は思いますよ!」
「そ……そうか……?」
スピカの熱い言葉に、リゲルは少し照れくさそうに頬を赤らめて呟いた。
「……よし! それはそうと、これから俺とデートしないか?」
一瞬で調子の良い提案に切り替えてきたリゲルに対し、スピカはここぞとばかりに目を輝かせた。
「魔法生物飼育委員会のお仕事を代わっていただけるのなら、そのお誘い、喜んでお受けいたしますわ!」
するとリゲルは――。
「ごめん、それだけは勘弁!!」
顔を青くして即答した。
(((勘弁なのかーーーい!!)))
スピカは心の中で激しいツッコミを叩き込むのだった。
◇
生物飼育室へ向かって歩き去るスピカの後ろ姿を見送ると、リゲルは静かに背後の影へ声をかけた。
「……スティーブ」
気配もなく現れた忍者のスティーブに向かって、リゲルは凛とした声で命じた。
「悪いが、我が国の『農政』に関する資料をすべて集めてくれ。あと……農政大臣と直接話がしたい。至急、面会の段取りをつけてくれ」
「はっ! 仰せのままに」
スティーブは嬉しそうに深々と頭を下げ、影へと消えていった。
◇
『生物飼育室』に到着すると、委員会委員長のサムが満面の笑顔でスピカを出迎えた。
「やあ、スピカ君! 今日はミスター・トグへもんへの魔力提供はしなくていいよ!」
「本当ですか!?」
「あぁ、今日の君には……もっと『重要なお仕事』をやってもらおうと思っているんだ!」
(((重要なお仕事……!? 嫌な予感しかしないんだけどーーー!!)))
スピカはサムに促されるまま、ガラス張りの巨大な温室へと案内された。
入口のキャットウォークから下を覗き込むと、半地下の広い空間で何か巨大で不気味な生き物が蠢いている。
そしてなぜか、他の男子委員たちがキャットウォークに陣取り、上から固唾を呑んで見下ろしていた。
サムが誇らしげに胸を張る。
「紹介しよう! 我がメレンヘア学園が誇る巨大魔法生物――『いもづる姫』だ!!」
サムが自慢気に紹介したそれは、巨大なさつまいものような葉と太い蔓を持つ植物型魔法生物だった。
中心部には巨大なアサガオのような花が咲き誇り、花の中央では爬虫類のような不気味な目がギロリとこちらを睨みつけている。
そして、うねうねと触手のように蔓を蠢かせるその姿は――全年齢対象の健全な小説としては不適切極まりない容貌をしていた。
「……なんか、ニュルニュルと触手みたいなのが蠢いていますね……」
スピカが引き気味に尋ねると、サムは爽やかに解説を続けた。
「彼女は半年に一度、魔力提供をする必要があるんだ。……しかし、魔力提供者は『全身の穴という穴』から触手を受け入れ、彼女に魔力を注入しなければならない……!」
スピカは頭の中で状況を整理し、ガタガタと震える声でサムに確認した。
「つまり……あの触手みたいな奴が、私の『穴という穴』ににゅるにゅるってと入って魔力提供すると……?」
サムは満面の笑顔で答えた。
「そう! にゅるにゅるっとね❤️」
スピカは間髪入れずに、大絶叫で叫んだ!
「「「絶対に嫌ですーーーーーーー!!!!!!」」」
裏で蠢く世界の陰謀よりも、目の前で蠢く触手を前に冷や汗が止まらないスピカであった。
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