第一部 第25話 コイイモリとミゾミミズ
「……カノープスさん?」
スピカに優しく声をかけられ、カノープスはハッと我に返った。
「サム部長、ここにはもう一つ問題があったのですよね?」
スピカが問いかけると、魔法生物部部長のサムが頷いた。
「そうなんだ。魔法生物の立体展示に使った水槽の一つが、枠にガッチリ挟まって外せなくなってしまったんだよ」
「部員たちが何回挑戦してもダメでね……」
スピカがカノープスの顔を覗き込む。
「カノープスさん、見てもらえますか?」
「はい」
忍者の業務上、特殊工作には慣れているため問題はない――カノープスはそう判断した。
スピカは水槽の中を蠢く生き物に興味を示した。
「この魔法生物は、なんという生き物なんですか?」
サムが待っていましたとばかりに胸を張る。
「この生き物は『コイイモリ』と『ミゾミミズ』さ。カノープス君なら知っているだろ? ……」
「僕らはこの可愛い生き物たちを、どこかの忍者みたいにあこぎな道具にはしないけれどね!」
その二種は、カノープスにとっても非常に馴染み深い生物だった。
『コイイモリ』は、忍者たちが使う例の「惚れ薬」の主原料だ。
火で炙って乾燥させ、粉末にするだけで強力な惚れ薬となる。
服用した者は、効果発動時に目の前にいる対象に対し、性別を問わず激しい好意を抱いてしまう。
対する『ミゾミミズ』はその逆だ。
服用者は効果発動時に目の前にいる対象へ強い敵意を抱く。
古くは敵対陣営の結束を壊す「離間の計」に用いられたという。
カノープスもかつて、他国の情報収集のためにコイイモリを使用したことがあったが……その際、散々な目に遭っていた。
ハダルには格好をつけてあんなことを言ったものの、実はハニートラップには心底懲りていたのだ。(※スピンオフ参照)
サムから惚れ薬の原材料だと知らされたスピカは、ぷにっと頬を膨らませた。
「忍者施設の人たち、こんなものを私に飲ませようとしていただなんて……本当に酷いわ!」
「組織の不手際……誠に面目ございません」
思わず深々と頭を下げて謝罪するカノープスに、スピカは苦笑いしながら手を振った。
「まあ、カノープスさんは悪くないわよ」
◇
気を取り直し、カノープスは作業に取りかかった。
問題の水槽は少し高い位置にあり、脚立などの足場が必要だった。
「スピカさん、足場を支えておいてもらえますか?」
「うん、任せて!」
頼もしい返事を受け、カノープスは枠の構造分析に入った。
水槽は重みでガッチリと挟まっているが、一瞬だけ上方へ強い力を加えれば外せそうだった。
瞬間的に身体能力を爆発させる『気合』のスキルを制御して発動させれば、十分に間に合う。
(よし……いけそうだ!)
カノープスが全身の集中を高め、まさに『気合』を発動させようとした――その絶妙すぎるタイミングで、スピカが無邪気に尋ねてきた。
「ねぇ……カノープスさんって、その…惚れ薬を使ったことあるの?」
「(((!??!)))」
ドカンッ!! バッシャーーーーン!!
かつての凄惨なトラウマが一瞬で脳裏をかすめ、動揺したカノープスの『気合』スキルは大暴走を起こした。
爆発的な力で跳ね上がった水槽は、あたり一面に盛大な水飛沫を撒き散らした!
「きゃああっ!?」
「ぐはっ……!?」
頭から生臭い水を被り、二人は揃って全身ズブ濡れになった。
ぽたぽたと滴る生臭い水の中、カノープスは顔を青くして平伏した。
「ご、ごめんなさい……!」
「あー……うん……そうね……。変なところで声をかけちゃったわね……うん……」
スピカさんは呆然とした目で、何とも言えない表情を浮かべていた。
部長のサムが大慌てで駆け寄ってくる。
「オーノー! なんということだ……! 」
「でもおかげさまで水槽は外れたよ、ありがとう! 後は僕たちで何とかするから、生徒会の方々はシャワーを浴びてきておくれ!」
「「……はい……」」
二人はタオルを受け取り、重い足取りでシャワー室へと向かった。
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