第一部 第21話 乱舞!メレンヘア学園舞踏会第二部(ガチ)
リゲルが鋭い眼光で睨みつけ、カノープスにジワリと詰め寄った。
「お前さぁ……! 何なの、一体!?」
あまりの剣幕に、カノープスは小さく縮こまる。
「あ……」
カノープスはスッとスピカが走り去った方角に視線を向けた。
「ん……?」
リゲルが思わず視線を外す。
しかし、すでにスピカの姿はどこにもない。
リゲルはカノープスに向き直った。
「おい! 聞いてんのか――って、おい!!」
いつの間にか、カノープスの姿はただの丸太(木片)へと変わっていた。
近くにいた男子生徒がボソッと呟く。
「……木です」
「あの忍者野郎ーーーーッ!!」
リゲルは収まらない怒りを撒き散らしながら、大ホールを後にした。
◇
リゲルが去った後、一人取り残されたハダルは、カノープスが『空蝉の術』に使用した丸太をじっと見つめていた。
ハダルはその木片を拾い上げると、おもむろに覚えたてのスキルを発動させ、勢いよく放り投げた!
「スキル――『ロングスロー(遠投)』!!」
手から離れた木片は、凄まじい放物線を描いて黄昏の空へと消えていった。
◇
スピカは大ホールを飛び出し、校舎棟の方へ急ぎ足で進んでいた。
(やだ……私、なんでこんなにドキドキしてるの……!? なんか雰囲気に流されて、あのまま……っ)
ドカッ!
「いでっ!?」
スピカは理不尽にも、上空から降ってきた謎の木片につまづいた!
「な……なんでこんなところに丸太が……!?」
◇
生徒会室――。
シリウスがポケットから懐中時計を取り出し、時間を確認した。
「そろそろ時間だね。僕は『第1部』の終わりと『第2部』の始まりの挨拶に行ってくるよ」
ソファにゆったりと腰掛けていたデネブが、優雅に呟く。
「お忙しいことですわね」
「スピカ君が来たら、そのことを伝えておいておくれ」
その言葉に、デネブはピクッと眉を動かした。
「……スピカ庶務、ですか。……」
「少し肩入れをしすぎなのではありませんかしら、殿下?」
シリウスは優しくなだめるように微笑んだ。
「もう少し君と話したいところだが、ここで失礼するよ。デネブ書記」
◇
ハダルは、カノープスが消えた庭園の樹木を見上げて彼の姿を探していた。
ふと見ると、大きな木の陰から『幸運のお守り(ラックの宝珠)』がチラリとはみ出している。
「先輩! こんなところにいたんですね!」
カノープスは観念したように、樹上から情けない声を上げた。
「……ごめんよ。せっかくの君とのダンスを台無しにしてしまって……」
ハダルはおどけたように笑ってみせた。
「そうですねー! これは貸しにしておこうかなぁ!」
「……どうして君は、僕みたいな男を気にかけてくれるんだい?」
カノープスの真面目な問いかけに、ハダルはパッと顔を輝かせて答えた。
「だって先輩は優しいし……学園一の凄腕忍者じゃないですか! すごく尊敬してます!」
カノープスは切なさそうに俯いた。
「……僕は凄腕なんかじゃないよ。あの時……僕はリゲル王子が怖かったんだ」
「僕は、ただの臆病者さ」
「…………」
ハダルはそっと寄り添うと、優しく微笑んだ。
「……ちょっと、ここは寒いですね。これに包まりましょう!」
ハダルは忍者用の迷彩壁紙を取り出すと、カノープスの肩を寄せて、二人で仲良くぬくもりに包まれたのだった。
◇
生徒会室にスピカが戻ると、ソファに深く腰掛けたデネブが出迎えた。
「あ……デネブさん! お疲れ様です」
「ご苦労様、スピカ庶務」
「あの……シリウス会長はいかがされましたか?」
スピカが尋ねると、デネブはゆっくりと視線を向けた。
「今、『第1部』の終わりの挨拶と、『第2部』の始まりの挨拶を行っていらっしゃるわ」
大ホールの方向から、女子生徒たちの地響きのような大歓声が聞こえてくる。
『キャーーー! シリウス様ーーーー!!』
(本当だ……ここまで歓声が聞こえてくるわ)
シリウスの絶大な人気ぶりに深く感心しているスピカに、デネブが冷たい声を投げかけた。
「……スピカ庶務」
「はい!」
デネブは立ち上がり、窓の外の大ホールを見つめた。
「あの方は、特別な方よ。恵まれた環境に生まれながら、決してご自分を磨くことを怠らない……天性のカリスマと才能を持つ、この世界を導くべき存在なの」
「……」
「あなたは決して、その妨げになってはならないわ。……分かるわね?」
圧迫感のある言葉に返す言葉もないスピカに、デネブは完璧な微笑みを浮かべた。
「分かってもらえたなら嬉しいわ! あなたとは、仲良くなれそうだわね」
コンコン――。
生徒会室にノックの音が響き渡る。
「失礼するよ」
「どうぞ!」
デネブが応じると、シリウスが入室してきた。
デネブは優雅に立ち上がる。
「私は退室いたしますね」
「お疲れ様、デネブ書記。少し長引かせてしまって悪かったね」
「そのようなお気遣いは無用ですわ、会長。……では、ごきげんよう」
バタン――。
生徒会室を後にしたデネブは、夜の廊下を満足そうに急いでいた。
(ふふっ……これだけ釘を刺しておけば大丈夫だわね。……でも、あの小娘。油断ならないわ……!)
考え事をしていたその瞬間――!
ドカッ!
「きゃああっ!?」
デネブは足元の木片に思い切りつまづき、はしたなくも両手を地面について派手に転倒した。
「い、痛っ……! な、なんでこんな所に木が……!?」
膝を押さえながら、デネブの胸に不吉な予感が渦巻いた。
(あ、あの二人……やっぱりキになるわ……!)
◇
生徒会室――。
黙りこくったままのスピカに、シリウスが気遣わしげに声をかけた。
「何か元気がないね。……デネブ書記とは、何を話したんだい?」
「い、いえ……特に何も……」
スピカが濁すと、外から『第2部』の始まりを告げる華やかな音楽が聞こえてきた。
「『第2部』の舞踏会が始まったみたいだね」
「……はい」
シリウスは、うつむくスピカに優しく語りかける。
「……『第1部』の舞踏会は楽しめたかい?」
「あ……はい!」
シリウスの温かい問いかけに、スピカは照れくさそうに答えた。
「私……ダンスに自信がなくて。」
「さっきも多分、すごくぎこちなかったと思います……」
シリウスはフッと目元を緩めた。
「君が舞踏会を楽しめたなら何よりだよ」
そして、アクアマリンの瞳でスピカを悪戯っぽく見つめた。
「……君が『誰』と踊ったかは、聞かないでおこうかな」
「スピカ君」
「はいっ!」
突然名前を呼ばれ、スピカは思わず背筋を伸ばした。
シリウスは優しく手を差し出し、微笑みかける。
「……ダンスなら、僕が教えてあげるよ」
「えっ……い、いえ! もったいないです!」
「いいから、手を貸して」
「い、いや……でも……っ!」
拒むスピカのブルートパーズの瞳をまっすぐ見つめ、シリウスは静かに囁いた。
「……『第2部』の言い伝えなんて、気にしなくていいよ。これは……ただの『練習』さ」
(ガチなやつ(本命告白)じゃないなら……っ)
スピカは、意を決して差し出されたシリウスの手を取った。
「まず、肩の力を抜いて……」
シリウスはスピカの細い腰に、優しく手を回した。
「そう……背筋を伸ばして……」
スピカはシリウスのリードに導かれ、ステップを踏み出す。
(あっ……! すごい上手……! とても踊りやすい……繊細で、すごく優しい……っ)
「視線は……僕を見て」
スピカは、シリウスの澄んだアクアマリンの瞳の奥をじっと見つめた。
(会長は……どういうおつもりで私と踊っているんだろう……?)
王子の完璧な心の仮面は、今のスピカには剥がせそうもなかった。
甘く柔らかで、夢のような時間が流れていく。
(また……リゲル王子の時みたいに、雰囲気に流されちゃいそう……)
(……あれ? でも、なんでこんなに踊りやすいのかしら……? なんか、この部屋……いつもより広々してる……?)
ふと部屋の隅に目をやると、寄せられたソファの上に、見覚えのあるコサージュが残されていた。
(あっ……デネブさんのコサージュ……!)
スピカのステップがピタリと止まり、彼女はサッと下を向いた。
「シリウス会長……」
「なんだい?」
「この部屋で……デネブさんとも踊られたのですか?」
シリウスは一瞬沈黙した後、天井を見上げてぽつりと呟いた。
「……あぁ」
「…………っ!」
スピカは咄嗟に、シリウスの手を振り払った!
バンッ!!
「失礼しますっ!!」
「スピカ君――!?」
呼び止めるシリウスの声にも振り向かず、スピカは生徒会室の扉を激しく開けて走り出した!
◇
廊下を行き交う生徒たちが、一斉にざわめき立つ。
「なんだなんだ!?」
「編入生が生徒会室から飛び出してきたぞ!?」
スピカの後を追って廊下へ出たシリウスも、生徒たちの好奇の視線に晒される。
「あっ、シリウス会長だ!」
「一体どうしたんだ……!?」
スピカは胸の中の激しい激動を抑えられないまま、夢中で廊下を走り抜けた。
(な……なにやってるの、私……!? なんで部屋を出てきちゃったの……!? デネブさんとシリウス会長がダンスをしようが、何をしようが、私には関係ないじゃない……!!)
ドカッ!!
「いでっ!?」
またしても足元の木片につまづき、スピカは派手に転んだ。
「な……なんでこんなところに丸太がぁぁぁーーー!! あーもう、最悪ーーーっ!!」
◇
シリウスが一人取り残された生徒会室――。
トントン……。
「シリウスさん」
「……!」
扉の隙間から、父であるミルキーウェールズ国王が顔を覗かせた。
「……どうした?」
王の心配そうな問いかけに、シリウスはハッと我に返った。
「これは……父上。失礼いたしました。……特に問題はありません」
「そうか……」
「…………」
「……パパ、帰るね」
シリウスは静かに深々と礼をした。
「本日はありがとうございました。お気をつけて」
「達者でな、シリウス」
「父上も」
シリウスは、どこか寂しげな背中を見せる父を静かに見送るのだった。
◇
女子寮の自室へ戻ったスピカは、ベッドに思い切り突っ伏していた。
(あーーーっ! やってしまった……!! )
(完全な職務放棄じゃない……! )
(私、生徒会役員失格だわ……!)
(……。)
(明日……会長に辞表を出そう……。)
(あー……でも、どんな顔をして会えばいいのよぉ……!)
コンコンッ!
「スピカ、いる?」
部屋の外から親友クレアの声が聞こえた。
「は、はい!」
「入るわよ!」
扉を開けたクレアは、目を丸くして大声を上げた!
「スピカ! 大変よ!! 学園中があなたの噂でもちきりなのよ!!」
「はぁ……」
スピカが力なく返事をするとクレアはスピカの想像外の衝撃の事柄を切り出してきた。
「あなたと……リゲル王子と……シリウス王子の三人が……」
「『一緒にお風呂に入った』って噂になってるわよーーー!!」
(((その噂ーーーー!! どこでどう混ざったのーーーーーーっ!?)))
天井を仰ぐスピカの心の絶叫がこだました。
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