第一部 第18話 劇動!メレンヘア学園祭⑥ ――イサムとランデブー
臨時屋外カフェの予約席に到着したものの、マセット伯爵夫妻や義弟たちの姿はまだなかった。
(あれ……お母様たち、まだかしら……?)
一人で席に座って待っているスピカに、聞き覚えのあるチャーライ声がかけられた。
「君! 一人?」
声をかけてきたのは、集会所でイキり倒していた吟遊詩人グループのリーダー、イサムだった。
「いいえ、人と待ち合わせをしております」
スピカが丁寧にお断りを入れると、イサムは当然のようにスピカの隣の席にドカッと腰掛けた。
「君の……恋人かい?」
ググッと距離を詰めてくるイサムに、スピカは即座に答える。
「いいえ、違います」
するとイサムは、フッとキメ顔で爽やかに微笑んだ。
「僕のライブ、見てくれてありがとう。……」
「あの時、君と僕は確かに目が合った」
「運命を感じたよ」
熱烈すぎる語り口に、スピカは冷ややかに突っぱねる。
「偶然です」
(((うわぁぁ……! すっげー勘違い!!)))
スピカは困惑しながらも、鋭いツッコミを繰り出した。
「あの……ベガさんのために歌を作っていたんじゃありませんでしたっけ?」
しかしイサムは、そんな指摘など意にも介さず言葉を重ねた。
「あぁ……あの時はね。でも、君に一目会ったその瞬間から、僕の心はすべて君に奪われてしまったのさ! 」
「今度、君のためだけに曲を作るよ。……」
「だから今晩、『第2部』の舞踏会で僕と踊ってくれないか?」
スピカは突然の申し出に目を見開いた。
(((ゲッ……! いきなり『ガチ本命』のやつが来たーーー!?)))
「あ、あの……『第2部』の舞踏会の時間は、生徒会のシフトが入っているので出られません。申し訳ありません……」
スピカがやんわりと辞退しても、イサムは全く引き下がる気配を見せない。
「そんなシフトなんかランデブーで抜け出して、僕と朝まで踊り明かそうよ!」
((いや、そういう訳にはいかないから! 困ったわ……これが占い師の言っていた『恋愛運絶好調』なの!?))
スピカが心底困り果てていると、背後から重厚で低い声が響いた。
「君……うちの娘に何か用かね?」
「ギクッ!?」
振り向くと、スピカの養父であるマセット伯爵が立ち、イサムを殺気立った眼光で睨みつけていた。
「私はバージニア領マセット伯爵である。……君はどちら様のご子息であられるのかな?」
あまりの重圧に、イサムは引きつった顔で立ち上がった。
「あ、じゃ、じゃあ今回はこれで! また!」
((『また』は無いわよ!!))
逃げるように走り去るイサムの背中を見送りながら、マセット伯爵はポツリと呟いた。
「なんだ最近の若い者は……ろくに挨拶もできんのか」
スピカは養父に向かって深々と頭を下げる。
「助かりました、お父様!」
「ふん……これくらいどうということはない」
マセット伯爵は照れくさそうに咳払いをし、席に着いた。
すると、双子の義弟の一人・ポルックが、スピカの膝に抱きついてきた。
「お姉ちゃん! 会いたかったよー!」
「私もよ、ポルック!」
スピカが優しく頭を撫でると、もう一人の義弟・ルックスも、ぽつりと呟いた。
「僕も……会いたかった」
「ルックス! もちろんあなたにも会いたかったわ!」
スピカが微笑みかけると、ルックスは頬をポッと赤く染めた。
ポルックが自慢気にスピカへ話し始める。
「あのね、お姉ちゃん! クマムシマンの的当てゲーム、すっごく面白かったよ! 僕は顔面にボールを当てたんだ!」
(((クマムシマンさん、メンタル大丈夫かしら……!?)))
スピカがクマムシマンの繊細過ぎるガラスのメンタルを密かに心配していると、ルックスも控えめに話しかけてきた。
「僕は……忍者グッズを買ってもらったよ」
「二人とも、学園祭を楽しんでもらえて良かったわ! ……」
「お父様、お母様もお変わりないようで嬉しいです。それと、素敵なドレスをありがとうございました!」
スピカが夫妻にお礼を言うと、マセット夫人は目元をほころばせた。
「ドレス、間に合って良かったわ。あなたも元気そうで安心したわ」
「はい!」
「メレンヘア学園の学園祭……なんだか懐かしいわね、あなた!」
夫人が伯爵に話を振ると、伯爵は短く「あぁ」と頷いた。
「えっ? お二人もこの学園の出身なんですか?」
スピカが身を乗り出すと、夫人が楽しそうに昔話を明かした。
「ええ! 学園祭の時、伯爵が『第1部』の舞踏会に誘ってくれたのが始まりだったわねぇ」
――回想――
若い頃の伯爵『君は……聖女を出したかもしれない家系の出なんだってね。僕と踊ってもらえませんか?』
マセット夫人は遠い目をしながら語り続ける。
「まぁ、そのあと結婚して、うちの実家が没落したりして色々あったけれど……今は幸せよねぇ~」
そして夫人は、スピカに向かって声をひそめて耳打ちした。
「……跡取りができなくて離縁されそうになったけれど、二人(双子)を産んで大逆転よ♡」
(((いやぁぁぁ……! 聞きたくない貴族の生々しい裏事情が来たーーー!!)))
スピカは引きつった笑顔で、何とも言えない表情を浮かべるのだった。
◇
一方――『サムライ訓練施設』の屋外仮設闘技場では、凄まじい激闘が決着を迎えていた。
審判のサナダが高らかに勝ち名乗りを上げる。
「勝負あり!! 勝者――アルタイル!!」
「……お手合わせ、ありがとうございました」
息を荒らせながらも恭しく礼を置くアルタイルに対し、敗れたソードマスターのジヨン・フィリップは、潔く悔しさを噛み締めた。
「無念……! サムライとは、これほどの強者であったか……!」
その死闘の一部始終を、ベガは黙って見届けていた。
そして、漆黒の髪をなびかせてスッと立ち上がる。
「私は生徒会役員のシフトがありますので、失礼するわ」
ベガは周りに群がる男子生徒たちへ向かって、凛とした声で宣告した。
「あなたたち! 私を舞踏会に誘いたければ、あのサムライを倒してからにしなさい。……それ以外のお誘いは一切受け付けません」
アルタイルが大慌てでベガに抗議する。
「ちょっとあんた! 何かの悪の組織の黒幕かーーー!?」
「…………」
「失礼するわね」
ベガは一切無視してスカートを翻し、闘技場を爽やかに立ち去っていった。
直後――残された男子生徒たちが、怪しげな密談を始めた。
「よし……ここは一時結託しよう。奴は副会長や、さっきのソードマスターとの連続戦闘で相当疲れているはずだ!」
「あぁ! この試合は一人で何度でも挑戦できるルールだからな! 俺たちそれぞれが奴のスタミナを極限まで削る戦い方をしよう!」
「疲れて倒れかけたあいつに誰がトドメを刺しても、恨みっこなしだぜ……!」
「「「おーーーっ!!!!」」」
呆然とするアルタイルを置き去りに、男子生徒たちの卑劣かつ一致団結した作戦が開始された。
好青年アルタイルの受難は、まだまだ続く。
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