第一部 第14話 劇動!メレンヘア学園祭② ――生徒会室の秘密
『サムライ訓練施設』の屋外仮設闘技場では、木剣と木太刀の打ち合う乾いた音が響き渡っていた。
「はっ!!」
アルタイルが鋭い踏み込みから強烈な木太刀の一撃を繰り出す。
ルスカは隙のない構えで大楯を構え、正面からその重い一撃を受け止めた。
(……なんという威力だ! だが、防御に特化したこの私に凌ぎ切れぬものではない。)
(パラディンの修練を積んだ私の方がスタミナは上! 奴の攻撃でスタミナが切れるか、大振りをして隙ができた瞬間を狙えば勝てる……!)
◇
その頃――『プリースト訓練施設』の出店前では、カノープスとハダルが店先を眺めていた。
「朝一番だから、宝珠のお守りがたくさんありますよ! どれがいいかなぁ」
ハダルが目を輝かせる。
「あっ、これ綺麗だなぁ……。あっ、でも少し高い……。一番安いのはどれですか?」
ハダルが法衣を着た店番の生徒に尋ねると、生徒が丁寧に説明を始めた。
「こちらの『ラックの宝珠』ですね。幸運の加護が得られます」
「これにしようかな! カノープス先輩、どうですか?」
ハダルが手のひらに『ラックの宝珠』を乗せ、上目遣いでカノープスを見つめる。
(……可愛いな)
「……良いんじゃないか」
カノープスが答えると、ハダルは同じものをもう一つ取り出して支払いを済ませた。
「じゃあ、これ二つください! はい先輩、先輩にも付けてあげますね!」
ハダルはカノープスにそっと近づき、彼の腕に優しくお守りを巻き付けた。
「ふふっ、幸運のおまじないです♡」
「あ……ありがとう」
「あっちも面白そうですよ! 行ってみましょう!」
ハダルの無邪気な笑顔に、いつもは死んだ魚のような目をしているカノープスの表情も、心なしか柔らかく綻んでいた。
(……なんだか、楽しいな)
(それに……)
◇
『サムライ訓練施設』では、アルタイルの怒涛の猛攻が続いていた。
しかし、アルタイルが大きく腕を振りかぶった一瞬の隙を見逃さず、ルスカが鋭いカウンターの一撃を繰り出す!
ガッ!
咄嗟にアルタイルが体を傾けると、ルスカの剣はすんでのところでアルタイルの面をかすめた。
「おっと……!」
「チッ……!」
ルスカが舌打ちをする。
アルタイルは軽く息を整えながらポツリと呟いた。
「……なるほど」
◇
ハダルとカノープスは続いて『レンジャー訓練施設』へと足を運んだ。
「私の元の施設だ、懐かしい! 毎年、アスレチックや弓の標的当てをやってるんですよね」
ハダルが楽しそうに話していると、レンジャー施設の生徒が駆け寄ってきた。
「あっ、カノープスさんじゃないですか! お噂は常々伺っております、お会いできて光栄です! 標的当て、やっていきませんか?」
「僕はいいよ」
カノープスが遠慮すると、ハダルが前に出た。
「じゃあ、私がやってみるね!」
ハダルは弓に矢を三本同時に番えると、迷いなく標的へ狙いを定める。
シュパパパンッ!
「「「おおーーっ!!」」」
矢はすべて的の中央を射抜いていた。
「はい先輩、これあげます!」
「ありがとう」
景品のトグへもん人形を手渡されたカノープスがお礼を言うと、レンジャーの生徒が感心したように声をかける。
「ハダルさん、腕は落ちてませんね!」
「まーね!」
ハダルが胸を張ると、カノープスも同意した。
「……中々やるね」
カノープスの称賛に、ハダルは途端に顔を赤らめる。
「そ、そんなことないです……!」
レンジャーの生徒が続ける。
「ハダルさんが抜けて、みんな寂しがってますよ! 特に男子生徒が!」
「ははっ、みんなによろしく言っておいてね! じゃあ!」
二人がレンジャー施設を後にすると、カノープスが静かに問いかけた。
「君は……人気があるんだね」
「そんなことないです!」
ハダルは少し照れくさそうにはにかみながら、カノープスを見上げた。
「それより、レンジャー訓練施設から忍者を目指す人も多いから……カノープス先輩に憧れている人の方がずっと多いんですよ…」
「……僕なんて、つまらない地味な男だよ」
「そんなことないです……!」
ハダルは下を向いて、愛おしそうに小さく呟いた。
◇
『サムライ訓練施設』では、アルタイルが武器を物色し始めていた。
ルスカは思考を巡らせる。
(奴は武器を変えようとしているな……。武器を持ち替える瞬間には必ず隙ができる! 今がチャンスか……? いや……誘いかもしれん……!)
◇
ハダルとカノープスの二人は、続いて『剣士訓練施設』の闘技場へやってきていた。
『パンカイニー選手、破竹の七人抜きです!!』
アナウンス嬢の熱い声が響く。
「あの人、強いですね…」
「勝つと豪華な賞品も出るみたいですけど……こういうのは見てるだけにするのが一番ですね」
「同感だ。僕もこういった見世物には参加しない。怪我でもしたら忍者としての仕事に支障が出るからね」
忍者としての心得をハダルに語りつつも、カノープスの胸の中には別の重大な懸念が渦巻いていた。
(……今頃、会長とスピカさんが生徒会室で二人きり……)
(やっぱり……)
(気になる……!)
カノープスは意を決してハダルに向き直った。
「ハダル君、すまない。」
「生徒会の職務を思い出した」
「僕は生徒会室に戻る」
「あ……はい!」
「……楽しかったよ」
カノープスが素直な気持ちを口にすると、ハダルも嬉しそうに頷いた。
「はいっ!」
闘技場のリング上では、パンカイニーが見えない意中の人を想って剣を振るっていた。
(ベガ様……見ていてくれましたか……!?)
カノープスが急ぎ足で立ち去ると、影からスティーブがひょっこり現れた。
「よー。あいつ、行っちゃったね」
「代打、いる?」
スティーブの打診に、ハダルはやんわりと首を振った。
「私も忍者屋敷に戻ります」
「じゃあ、俺も戻るよ。一緒に行こう」
「はい!」
二人は賑やかな闘技場を後にした。
◇
生徒会室へ向かうカノープスの胸中は、穏やかではなかった。
――カノープスの怒涛の妄想脳内再生――
『シリウス:僕はこの国の王子だ! なんでも思いのままだ!』
『スピカ:や、やめてください殿下……!』
(まさかシリウス王子……スピカさんを強引に……!?)
最悪の妄想に背中を押され、カノープスは廊下を猛ダッシュした。
◇
『サムライ訓練施設』では、静かな心理戦が続いていた。
ルスカの額に、じっとりと汗が滲む。
(アルタイルの奴……武器を『槍』と『短剣』に変えたぞ……!? 何を企んでいるんだ……!?)
◇
生徒会室の前にたどり着いたカノープスは、気配を完全に消し、忍法を発動させた。
「『忍術・地獄耳』……!」
扉の奥から、スピカとシリウスの吐息混じりの声が漏れ聞こえてくる。
『シリウス会長……』
『なんだい?』
『あんまり……』
『見ないでください……』
『どうしてだい?』
『とても……恥ずかしいです……』
『恥ずかしがることは……』
『ないよ』
『とっても……』
『綺麗だよ……』
ドクンッ!!
(((シリウス王子ーーー!! この神聖な学舎で何をーーーっ!?)))
激昂したカノープスは、勢いよく扉を叩き開けた!
「シリウス王子! この神聖な学舎で何を――!!」
「……私、あんまり絵が上手くないから恥ずかしくて……」
雄叫びを上げようとしたカノープスの視界に飛び込んできたのは、机の上で一生懸命に筆を走らせているスピカの姿だった。
カノープスは固まった。
「……え? 絵……?」
シリウスが突然の乱入者に首をかしげる。
「カノープス君、どうしたんだい?」
「い、いえ! なんでもありません!」
苦し紛れに誤魔化したカノープスは、冷や汗を流しながら現在の状況を尋ねた。
「あの……いったい何をなさっておられたのでしょうか……?」
シリウスが爽やかに答える。
「学園祭のポスターが一枚、風で飛んでしまってね。代わりのものをスピカ君に書いてもらっていたんだよ」
「ポスター……」
呆然と佇むカノープスに、スピカが嬉しそうに自作のポスターを掲げて見せた。
「どうですか、カノープスさん!」
「あ……あぁ、綺麗ですね……」
カノープスは力なく答えるしかなかった。
シリウスがふとした疑問を口にする。
「それより、交代の時間までまだ間があると思うけれど、どうかしたのかな?」
「いえ……ポスターが一枚ないなーと思いまして……」
カノープスが苦し紛れの言い訳を口にすると、シリウスは疑いもせず、ポンと手を叩いた。
「ちょうど良かった! 自由時間中に申し訳ないけれど、そのポスターを元の場所に貼ってきてもらえるかい?」
「……承知いたしました」
カノープスはスピカから描き立てのポスターを受け取り、部屋の外へ出た。
「……どこのポスターだ?」
ふと自分の手を見ると、ベトリと絵の具が手に付着していた。
(……あっ、乾いてねぇし……)
生徒会室前の廊下で、描き立てのポスターを両手で掲げたまま途方に暮れる、ハイクラス忍者カノープスであった。
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