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花火  作者: あさひ
第一章 しかけは爆弾です
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しかけは爆弾です⑧



 これは──。


「おい、そんなに力を入れたら壊れるって」


 気づけば男から携帯を奪い握り潰してしまいそうなほど力を込めていた。


「あ、ああ。すまない」携帯を差し出し、返す。

「ゴリラかよ、まったく」焦るように、無事かどうかひっくり返して確認している。

 

 それを見ていたつもりが呆然とした焦点が徐々におぼろげになり、今見た動画の内容が男に透過して見えてくる。


 始終映っていたものは、白い手袋をはめたイラストだけだった。


 男の声だった。


 問わず語りに超然と、それでいて事務的に語るその声は不気味さを付帯していて、怒りなのか、驚きなのか、今自分のどの感情が芽を出そうと血管に溶け込んでいくのかわからない。


 後半だ。前半部分は、日経で見るような、AI関連の話だった。

 話の姿勢を正すような、もってまわった言い方は、おそらく後半へのポジショニングで、示唆でしかなかった。少なくとも、おれにとっては。

 

 後半に話が変わった。

 個人情報。現在地。

 花火大会。川。

 二万発。観客席。

 爆弾。

  

 頭の中に散らばった信号を推し量る。

 上流から流れてくる十把一絡げ、そのすべてが胸のあたりに固結びをつくる。


「これで分かってくれたか」

 その声が起爆剤となり、没頭が裂けた。


「なんだ、これは」なんのいたずらだ。

 まあ、そうなるよな、普通はな。と男は言い、続ける。


「これは現実に起こっていることなんだ。あんたがさっき言ったように、おまわりに駆け込んだとしても、おそらく無駄だ」

「冗談だろう」


 ついさっき、現に焦っていたじゃないか。それになんだ、その度を超えたいたずらは。


 そういえば、自分の後ろ、にべもない女性が去っていった方向へ振り返るが、ここからではあまり駐車場が見えない。


 何百年も昔のカルデラ噴火により出来た山体は、尊大な景観を残すかわりに、しゃがんだままの視程を遮る起伏に富んでいた。


 こちらの視線の先を追うように、男がちらと振り返る。

「はあ、もうこんなに離れちゃってるじゃねえか」男は携帯を操作し、何かを確認するようにして立ち上がった。


「とにかくここから離れないと、やべえ」

「逃げるのか」

「ああ。逃げるぜ」

 男の腕を掴む。そう簡単に逃がしてたまるか。


「違えよ。あんたから逃げるんじゃねえ。あんた、今訳わかんねえだろ。だろうな。おれもそうだったからな。だけど何度も言ってやる。警察に行ったって無駄だ」

「おれには、お前が焦っているように見えるがな」困るんじゃないか? その動画だって警察に見てもらうべきではないのか。


「ちっ。わかったよわかった」頭を掻き、ほらこれだよ、とまた携帯を何度かタップして、画面をこちらに向けた。


 差し出された画面を見ると『パトロール中』と書かれた、緑色の垂れ幕が掛けられた交番の写真だった。

 机に頬杖を突きながら、欠伸をしている制服警官が写っていた。

 その写真の上には、何桁かの数字と、並んで『岩木 恵』とある。


 よくみると、それは、この男だった。



「え」

「まあ、驚くのも無理はないが、写真を見ればわかるだろ。これはおれだ」

「え」

「だから警察に行っても、無駄なんだよ。現職のおれがここに居るんだからな」

「え」

「そんなに写真に見入っても、おれだと分からないのか。つうかあんた、なんか嬉しそうじゃないか」


「違う、そうじゃない」

「何が違うんだ。その写真はおれで、おれは正真正銘の警官だ」

「名前。下の名前は『え』と読むのか」

「は?」

「いや絶対そうだ。『え』以外考えられない」

「出身は函館か弘前か」

「は?」

「ご両親のどっちが山好きなんだ」

「は? あんたなに言ってんだ」



 岩木恵(いわきめぐみ)

 写真と同一人物であることに気づくよりも、まずその名前に目が行った。

 反射的な引力で、不可抗力だ。

 

 岩木山は、百名山に選ばれるほど綺麗な円錐形山体で、津軽富士とも呼ばれ古くから信仰の対象とされている。


 かたや恵山は、太平洋に突き出た、六〇〇メートル程の泉源豊かな小山で、ここ箱根山のように地熱の蒸気が常時観測できる、どちらも活火山だ。


 余談だが、ここからそう遠くない富士山も、もちろん山岳信仰の対象で、コノハナノサクヤヒメが祀られている。

 

 ほとんどの神社が『せんげん』と呼ばれ、『あさま』を名乗るほど社格が高い神社は、富士山からほど近い富士宮市にある浅間大社。河口湖にある河口浅間神社。

 そしてなんのまわりあわせか、笛吹市にある浅間神社だけであった。


 そのいきさつを説明しようとして、こちらの質問の意図に敷衍すると、「めぐみで済まねえな。女みたいな名前で」と岩木はぶつぶつぼやいていた。


 関心を失った瞬間から、あの欠伸面は確かにこいつだったな、と思いに至る。

 あの締まりのない顔を思い出していると、そんなおしゃれな名前、お前には勿体無い、身に余る、とさえ思った。


 あまつさえ、女性にまで手をあげるような奴が、権高に警察官を名乗るなどあってたまるか。国家公務員の風上にも置けない。


「でも、これでわかってくれたろ」と投げかけてくる。

「なにをかな。下衆の極み君」

「はっ。違えよ。イワキメグミだ」

「ええ、そいつはくりびつてんぎょうだ。そんな立派な名前があったとは、申し訳ない。すまんすまん。それで、どうしたのかな、性根腐り太郎君」

「あのなあ。小学生じゃないんだから」

「書き割り公務員」

「これはな」

「面汚し」

「聞けって」と唾を飛ばし「マジなんだよ」と気色ばんでいる。


 冷罵の抗議を止めたのは、図らずも、その程度の余裕さを取り戻すぜんまいを、岩木が無自覚に備えていたからだった。


「第一に、これはいたずらの類じゃない」と岩木は言った。しゃちほこばった言い方で、また腹が立った。


 岩木の話によれば、この動画はどこから送られてきているものか、身元は不明らしい。


 観終わったあとに、それらしきアプリを見つけ、まず初めに、この隠し撮りのような写真がプロウィール画像として表示されていて、得体の知れなさ、に背筋が寒くなったという。


 真夜中に突然、携帯が鳴ったんだと岩木は言った。

 それも眠っていたところに、緊急時同等のアラートが大音量で鳴り続け、何事かと携帯を手に取ると、合図のように動画が始まって、起き抜けにも逼迫感を感じたようだった。


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