しかけは爆弾です⑦
玉置が箱根に登るさらに数日前──。
「何が目的なんだ」聞くともなくKは言う。
「復讐だろうな。そのくらいお前にだってわかるはずだ」Tが応じる。
二人の男達は、さらの壁紙に包まれた、ノースライトの差し込む一室で、斜向かいのソファに腰掛けている。
「ふざけるな、二万発だぞ。あるとおもうのか」
「だが実際、あれは爆弾だった」
「あーそうだな。たしかにな、あれは迂闊だった」
「もっと慎重に動け」
「冷や汗が出たぜ。お前がもし気づいていなければ、おれたちまで木っ端微塵だった」
「とにかくこの中にいる筈だ」とTは、Kに二組の書類を寄越す。受け取ると肩に痛みが走り顔をしかめる。
上から何枚か捲り「こんな物渡されてもおれは漢字が読めん。あ、ただこいつはもうクリアだろ」
顔写真に×印を書き「自爆だ」と笑った。
消し飛んだヤーストリプ野郎──。
教会じみた建物の奥にその男は居た。
「よくお越しくださいました」ステージのような高みから、男が笑顔を向ける。長身で、タキシード姿。経路の確保の為に、窓際に寄る。
服の膨らみで判断はできないが、どうみても男は素人に見え、横に並んだTに目線を合わせる。
「あれにはほとほと困っていましてね、下手をすればこちらが疑いの眼を向けられかねない。あなた達が協力してくれるなら鬼に金棒ですよ」男は、脇のステージ階段から降りて、こちらに寄ってくる。
「おい。オニニカナボーってなんだ」囁くようにTに聴く。
「ことわざだ。気にするな。それより注意を怠るなよ」
「大丈夫だろ。どう見ても素人だ」
「呼ばれたのはおれたちだ。そこにノコノコと来ている。その時点でイニシアチブを許している」
「あいかわらず心配性だねえ。おまえこそ気にすんな」
「慎重なだけだ」目を逸らさずに話す。男はすぐ目の前に来ている。Tが微かに力む。
「こちらが資料になります」と二組のファイルを差し出してくる。自分と同等の身長であること、シルエットから道具は所持していないであろう事、重心に気を使っていない事が分かる。その観察は、意図せず長年のクセがそうさせるただの反復だ。
「あんたらはサーカスでもやるのか」ファイルを受け取る。
「え?」男は、突然の言葉に動きが止まる。
「ハットは被らないのか」とさらに言う。
長身の男は、自分の服装に視線を落とし「ああ」と納得したように「私はただの教主でして」とはにかみ「ここはただのシアタールームです」と爽やかに笑った。
「この中に居るのか」と隣にいるTが、壁のカーテンを開け、ファイルを陽光に照らす。
「はい、まだ特定は出来ていませんが」話の本題に戻る。
「その中のどれかが、仕組んだ事に違いありません」人のことを誰ではなくどれ、と軽薄に言うところに、Tが少し警戒している。
「信者を疑う教主か」一組のファイルをめくり終わったTは、もう一組のファイルを開く。
「ログが残っていたんですよ、パソコンに。あなた達の経歴を調べたログが。中には一般人も居たんですが、信者にしか扱えないパソコンでして」
「なるほどな」パラパラと捲られるファイルの中に既視感を覚え「あ、そいつら見た事があるぞ」とTに言った。ページを捲る手が止まる。
「ほら、これ、あいつらだろ」何名かの顔写真を指差すと、長身の男も覗くように前屈みになった。
すぐに思い当たったのだろうTは「アトリーチノ」と母国語で言った。
「そうそう、あいつら、というかあいつ、良かったよな」
「だとしたら違うな」Tは長身の男を見据え「こいつらは外れることになる」とファイルを閉じた。
「そうですか、お知り合いでしたか」と男は残念そうに言った。
より絞られる。対象の数が減るのはこっちにとって残念でもなんでもない。
男は一つ息をつき「それでは、これで共同戦線ですね」と言って右腕を差し出して来た。右手首に高級そうな時計をしている。文字盤の脇から、小さな鷹のタトゥーが見えた。
屈託のない笑みを浮かべ、握手を求めて来ている事は分かった。
「ショーが出来るようになったら呼んでくれ」とそれに応える。
握り返すと、カチッと、何処からか音がした。
「え」と男の顔は瞬時に青ざめる。
Tの舌打ちが聞こえた。
待て、と思ったのもつかの間、すでに横からの重力で窓を突き破り、身体が放り出される。室内に千切れた男の右腕が見えた。
散らばったガラスの数メートル向こうで、身体中から煙を出した男が同じように空中を落下していった──。
「吹っ飛ぶ直前のあいつの顔。笑えたぜ」
「まさか自分に仕掛けられてるとは思わなかったんだろうな」
「敬虔な信者を疑うからだ」と立て続けにKはぼやいた。
みろよ、これ、と服を捲る。
「おかげでおれは肋骨を骨折した」
「それで済んで良かった」
「違うぞ。これはお前のせいだ。なんで五階から飛び降りる。突き飛ばすにしても場所を選べ」
「お前はまだ生きている」
「ああ、おかげさんでな。ちっ。どっかのアニメキャラみたいなセリフを吐くな。それに言うなら、死んでいる。だ」唾を飛ばしながら「あのサーカス野郎ももう死んでいる」と続けた。
「あれは元は漫画だ」
「知るか。お前のオタクさにはうんざりだ。昔からハマるとそれ一辺倒で、何が良いのかおれにはまったくわからないね」
「文化だ」
「なら、ドフトエフスキーを読め。語れ」
「よく知ってるな、それにアニメも」
「良いか、教えてやる。あんな有名な作家なら子供でも知ってるってことを」
「コーヒーがこぼれてるぞ」
「ああ、この腕の震えか。そうだ肋骨だけじゃないぜ。右腕も脱臼したんだ。全部お前のせいだからな」
「感謝と受け取っておく」
「このままお前と居たら命がいくつあっても足りない。ICU行きになっちまう」
「ICUなど、入れたことしかない」
「ふん。なんでお前がほぼ無傷なのかわかる気がするぜ」




