八月六日③
『着きましたけど、どこに居ますか?』
待ち合わせた場所に岩木の姿が無い。
メッセージを拙速に送り、男の現在地を調べると、少し離れた場所に表示されている。
辺りをぐるぐる見渡し、ジオミュージアムの反対側に居るのかも、と地図と見比べているところで返信が来た。
『建物の裏手に居ます』
なんで裏手なのよ、そっちが来るべきじゃないのと思いながらも、足はそっちに向かう。
裏手に来ると、ぽつんと四阿がある。バックヤードみたいな場所で人気がない。
その影から、Tシャツにチノパン姿の男が出て来た。サングラスを掛けているが、さっぱりとした短髪の、いかにもな好青年風で、彼だと分かる。
「三上はる菜さんですか?」待ってましたとばかりに岩木は言う。
「わあ、本当に居るんだ。岩木さん、だっけ」
TシャツとGショック、ナイキのスニーカーって。お金は無さそう……。
「そうです。はじめまして」サングラスを取りながら笑っている。
はいはい柑橘系ね。白い歯までみせて。純粋だな。爽やかさが最大の装飾とでもいうような、引き算の知らない若さ。
何で裏に来たのとか、聞かれたくないんだろうな。
「ねえねえ、聞きたいんだけどさ。岩木くんは何で、わたしを選んだの?」
ほら、言いなよ。言いたいんだよね。
自分の印象を加点して安直なバランスを保たないと異性と関われない、全員に八十点貰おうとするカステラみたいな君。
「三上さん、綺麗だから」
「そんな事無いよ。でも岩木くんもカッコいい。だからわたしも」
「嬉しいなあ」
いいのそれで。そんなのでいいの。
アル中相手に、何匹送り狼出来たかで競い合う大学生みたい。
「三上さん。いや、はる菜さんって呼んでいいですか?」
それもちょっとマニュアル過ぎるなあ。
「良いよ」笑顔でそう言った。
「ぼくの事も恵って呼んでください。女性みたいですけど」と、はにかんでいる。
「へえ、良い名前だね」
「はは、ありがとうございます」分かりやすく、嬉しそう。ちょっと期待はずれだな。
「呼ばない」
「え?」
「ところでさ、面白いんだよねこれ見てよ。岩木くん以外の人達、みんなヤクザみたいな顔してるんだよ」満面の笑みで表情が固まっている岩木に言う。
ほら、悩みなよ。
もっと難解な公式でたまには進めてごらん。いつまでも簡単じゃないんだから。
「めんどくせぇなお前」
え、何。
外したばかりのサングラスを、また顔に掛けている。
「いつもならもう少し待ってやれるけどよ、めんどくせえわ今は」
「なに、めんどくさいって」
「早くチケット貰って死んでくれよ」
「なにチケットって」
アプリの話?
チケットってまさか、あの怪しい動画の事?
「もしかして動画の内容、本気にしてるの?」
「めんどくせえ」そう言って、急に鞄に手を伸ばしてくる。
「ちょっとやめて」
「良いから良いから、代わりにバラバラになってくれればそれで良いから」
「警察呼ぶよ」
「呼べ呼べ。むしろ呼んで証明してもらいたいね。てかお前見てないんだなおれの事」
なに、なんの話?
「あー今は違う写真になってんのか。まあ良いや。笑顔で死んでくれればそれで良いから」
どう言う事? もしかしてあれ本当なの?
こいつはわたしを身代わりにしようとしてるって、そう言う事?
「離して! 鞄から手を離してよ!」
「うるせえなぁ! お前みたいなハズレが若い男と話せてるだけありがたく思え! 早くスマホ渡せっつってんだろ!」
力では男に勝てない。鞄を掴む腕が千切れそう。
「どうせあんただって騙そうとしてたんでしょ!」腕が限界になる前に、ほとんど鞄にしがみつくようにする。
「まじでうざってえ」岩木の力がどんどん強くなる。引きずられて四阿の柱に足を打つ。振動で屋根から葉っぱが落ちてくる。
痛くて悶絶しそうになるけど手を離すわけにはいかない。
後ろから駆け寄って来る音がした。助けに来て。早く、誰でもいいから。
「どうかされましたか?」
あらわれた体格の良い同年代の男が、ヒーローに見えた。




