鍵屋玉屋⑦
胸のポケットで携帯電話が鳴った。
午後の放流を目的とした観光客の車が、駐車場の空きまちで道路に列をなしている。
相方の木下さんと連携して、往来の激しい入出庫の手続きと車の誘導を、ひたすらこなす。二人一組が基本だ。
一台の車が門の中に進み、詰まったところで守衛室に戻った。椅子に腰掛け、タオルで額の汗を拭う。
まだ携帯電話が鳴っているのが鬱陶しくなり、電話に出た。
知らない番号だった。
「はい、山和ですが」麦茶のペットボトルを開け、乾いた喉に流し込む。
「あ、繋がった。もしもし、きいちろうですが!」
「どちら様ですって?」声がでかくてよく聞こえなかった。
「山和勇さんの携帯でお間違いないでしょうか」
名前も名乗らないとは不躾だな。ん、待てよ。何で携帯の番号を知ってるんだ。知り合いにこんな若そうな声……まさかこいつ。はっと立ち上がる。
「てめぇか!」
「は、はい?」
「とぼけやがって、何でおれの名前と電話番号知ってんだ。この泥棒!」思わず叫んでしまった。
「え、え、いやいや。違います!」
「この番号は一部の人にしか教えてないんだぞ。前も知らない番号で掛けて来やがったもんな。お前のせいでどんな目にあったかわかるか! 社員の横領のせいで保険金は降りず、債務整理までして廃業したんだぞこっちは」
「倒産したんですか!?」
カーッと顔が熱くなる。守衛室の外に居る木下さんが「何があったの山和さん」と満車のプラカードを振っている。
「てめえのせいだ! 今どこにいるんだ!」ダメだ。我慢できない。
「山梨ですが、違います! 自分は泥棒じゃありません」
「よーし、山梨の何処だ。あとで行ってやるから待ってろよこの野郎。警察なんか呼ばないぞ。ぼこぼこにしてやる」
「ちょっと和平、和平、こええよ」小さい声で誰かに呼びかけている。なにやってんだよきいちゃん、と電話口の後ろから違う声も聞こえる。
「仲間も居るのか! 上等だ! まとめてぶっ飛ばしてやるから首洗ってまっとけ」こちとら錆びついてるとはいえ空手師範代。
「お電話変わりました。私、山梨『門倉煙火』の門倉和平と言う者です。先程の者は同僚の徳田喜一郎と言いまして、失礼をお詫びします」
「何? 同業か?」いや、おれはもう違うんだった。だが花火師が何の用だ。
「何でこの番号を知っている。いや待て『門倉煙火』って言ったか。門倉さんのとこか。声が若いから分からなかった」
「はい。祖父はもうほとんど隠居してまして、じきに私が家督を継ぐ運びになりました。代表からの連絡では無いことを重ね重ねお詫びします」
「そうか、門倉さん、引退か。いつか組合が解体される前、みんなで一緒に片貝に行ったのが懐かしいな。それで、わざわざその報告をくれたわけか。……ごほん。ええこの度は──」
「あ、いえそういう訳ではなくて……先程の徳田という者に代わってもよろしいですか?」
「あ、ああ。よくわからないけど、どうぞ」
「徳田喜一郎です! 突然ですが、山和さんのお力をお借りできませんか!?」
「なんだほんと君は。突然だな。残念だけど私はもう花火師ではないよ。君に協力出来ることはあまりないと思うけど」
「一間玉を、あげたいんです!」
「ああ、なんだ。一間玉ね。一間一間。いやおい……てめえやっぱり偽物だなー! この詐欺師が! 金返せ」
「違います本物です!」
「なわけあるか! 世界一が片貝の四尺だ。それ以上大きいものは無い。玉の寸尺位調べてから出直してこいバカヤロウ」
「本気なんです!山和さんの力を貸してください」
「ほう上等だ! そこまで言うなら今日中に宮ヶ瀬ダムに来い! ツラみせてみろ。そしたら考えてやる。十中八九ぼこぼこにされて帰ることになるけどなあ!」
「宮ヶ瀬ダム? あの清川村とかそっちのほうにある。え、なんでダムになんか。しかも今日ですか?」と聞くその声が裏返っている。
「ああ、今日だ。十八時までに来い」
木下さんが慌ただしく、こちらに来てはあちらへ行って、右手にプラカード左手に誘導棒口に笛と孤軍奮闘している。
満車で詰まっているのに、反対車線から無理やり入って来ようとする車までいる。やばい。手伝わないと。
ちゃんと二人で来いよ、とだけ言って電話を切った。




