しかけは爆弾です⑩
後部座席でファイルを開いていると「なあ、聞いてるのか」ハンドルを握るKが話しかけてくる。
運転席の後ろには、ドアに持たれるようにし眠った男がいる。
ファイルを座席のバックポケットにしまい、話の先を促す。
「結局はさ、バレてもいいんだよ」バックミラー越しに得意気にしている。
閑静な住宅街の裏路地に、広いコインパーキングがあった。見るとエンジンがかかったままのBMWが停められている。少し離れた精算機の前にいる、あの若い男が持ち主だろうと推測できた。TとKの二人はそのBMWに乗り込んだ。
駐車料金を支払い、男が運転席へ戻って来る。Kは音も立てず、後ろから右肩に34Gの針を差し込む。0.18mmの微細針をさらに短く改良したもので、ほとんど何も感じずに男は眠りにつき、後部座席に乗せられる。
「必要なのは、バレる相手を選ぶことだ」と言いKはワイパーを作動させた。
東名高速から、首都高速C1に逸れたところだった。
「ウィンカーは、ハンドルの右だ」
「持ち主にはどちらにしろ、バレる。この法治国家にはNシステムというのがあるんだ、お前知ってるか」
「知らないな」知らない方が良いのだろう。子供の新しい発見に大人がそうするように、なんだそれは、と白々しく斟酌する。
「ナンバー読み込みシステムだ。それが全国に張り巡らされている。走行中でもカメラが検知するんだよ、リストに上がった盗難車なんて一発だ」
Kは、ほらあいつだ、とちょうどニ〇〇メートルほど先の、道を跨るように架けられた、上方のトラスを指差した。
通り過ぎるところまで待とうとしてたなんて、成長したなと思う。だが、惜しい。
後部座席から身を乗り出して、シフトレバーを下げた。トップギアが下がりエンジンブレーキがかかる。かなり強めの減速だが、何事も無かったかのように後部座席に座り直す。
「なにすんだ」ふいの減速に姿勢が崩れたKが、バックミラー越しに睨んでくる。
その目を見ながら、言った。
「あれはオービスというやつだ」
とにかく、盗むなら持ち主ごとだ、それならばれたってかまいやしない。Kは、言いながら振り返る。
意識のない男は口を半開きにし、わずかにイビキをかいている。
Kは男を一瞥し、目を合わせてくる。
「大丈夫だ。ちゃんと眠ってる」安心しろ。
「だよな。やっぱあれは例外中の例外だったんだな。」と言い前を向いた。
それは以前二人が、金庫を奪う仕事をした時の事だった。
エンドツーエンド暗号を使ったメッセージ上のやりとりでは、当該事務所には誰も居ない筈で、重さ一〇〇kgの金庫を奪うだけの、シンプルな仕事だった。
ところが、Tが金庫にラッシングを巻いて担ごうとした時、人が続々と戻ってきて予期せぬ格闘になった。
テナント裏の車で待機していたKがそれに気づき、背後から四人を針で眠らせ、Tは横ですでに三人の首を折っていた。最後の一人にかなりの苦戦を強いられた。仲間を殺された男は、テナントが震えたかと思うほど激昂し、近づいたKを吹っ飛ばした。
二人ともかなりの痛手を追ったが、それ以上に男は屈強だった。
全身血塗れと複数の骨折の重症を気にもとめず暴れまわるその男を見て、Kは久しく恐怖をおぼえ、Tは目を輝かせていた。
何よりも信じられなかったのは、速効性の鎮静剤を刺したにも関わらず金庫を投げつけて来た時だった。
Kが五本目の針を刺した時、ようやく男の動きは緩慢になり、三度折るのに失敗した首の骨に、大型貨物用のラッシングを巻きつけTが折った。
鎮静剤を打たれた四人は、自発呼吸が出来ずに眠るように死んでいた。
「あの薬は、作用機序が強すぎた。今回はもうすこし程度の弱いやつにしたから、それでも十時間は眠っている筈だ」とKは言った。
「あいつは、眠らなかったがな」
「だから例外中の例外と言ったんだ。あんな怪物に人間用の薬なんか効くか。そういえば、お前って負けた事あるのか。一対一で」興味深々と言った具合に、Kは聞いて来る。
「相手が人である限りは、ない」もしあの時一対一という条件だったら、勝てただろうか。あの男が着けていた手袋に、いつか森でハントしたメドヴェーチを思い出した。
「くく。さすがだよ。頼もしいねえ」
「ただ、なんであいつらがファイルに載ってるのかがわからねえんだよ」
それは、ファイルを最初に開いた時に思った事だった。だが、調べていくうちに分かったこともあった。
「パレスチナだ」
「なに? なんであんな中東の問題が出てくんだ」
「宗教法人があっただろう。その聖地に奴らが居た。教会を建てるには、邪魔だったわけだ」
「くだらねえな。だいたい何を神として崇めているんだ。東以外に向いた教会なんて他に見た事がないぞ」
そういわれてみれば、北向きに位置していたようだった。
「そろそろだが、どうなんだ」ルートを確認しながらKが言う。肋骨も肩の怪我も運転には差し支えがないようで、お前も大概タフだと言いたくなる。
「依然、消えたままだ」
「ってことは、やっぱり警察か」
「最後の場所から考えれば、そうだ」
「となると、もう一つの方に向かった方が良いのか」次のインターチェンジで降りた方がいいか、とKがナビを指差した。
「いや、そっちは遠すぎる。今は消えているがいずれ動く筈だ。近くで待機すれば良い。次の次で降りろ」




