リリアナは幸せになる
あれから、二年の年月が過ぎた。
セシリアお姉様やクラウス殿下方が卒業してからも色々なことがあった。
振り返りだすときりがないので割愛するとして、幾つか思い出そう。
まず、セシリアお姉様が正式に王太子殿下との挙式を上げた。
純白のドレスに身を包んだお姉様はとても美しくて、まるで天使のようで、惚れ惚れしてしまった。
神の前で誓いの口づけを交わす際は、さすがのお姉様も嬉し涙を流した。こぼれ落ちる前に王太子殿下がすくい取ったけれど。
(お姉様……本当に、おめでとうございます。お姉様が愛する人と結ばれたこと、本当に嬉しく思います。どうか、これからもお幸せに)
それからお姉様と王太子殿下のご結婚を祝って王都内でパレードが執り行われた。王都市民の前で微笑みながら手を振る様子は、王国の未来を感じさせた。なお、その評判については言わずもがな称賛の嵐だった、と付け加えておく。
そんなお姉様と王太子殿下との間に、めでたく第一子が誕生した。かなりの難産で、私は父様や母様と一緒に夜を徹して無事を祈ったのが記憶に新しい。
生まれたばかりの赤子を抱き上げるお姉様の微笑みは、もう美麗なる令嬢のものではなく、我が子を慈しむ母親のものになっていた。
私の方はと言うと、ヴィクトール様と婚約したことを公にした。私が何らかの異能を持つ魔女なのではないか、と噂がたった際、ヴィクトール様はすぐさまごまかさずに認め、封印済みであることを表明した。
火のない所に煙は立たぬ、とはお姉様のお言葉だけれど、どうしてそんな噂が悪意とともに広まったのか、私は今も知らない。ただ、ヴィクトール様が「心配することはない」と言ってくださり、その後すぐに収まったので、考えなくてもいいのでしょう。
学園での学習も行事も、長期休み中の静養も、思いっきり楽しんだ。運命を克服した私はもう無敵だった。あまりにはしゃぐものだから、お姉様に叱られたほどだった。ヴィクトール様は愛おしく見つめてくれていた、と反論したら、火に油を注いだようにまた怒られたっけ。
そして、とうとう私もまた、王立学園を卒業した。
ロゼリア様も体調を崩すこと無く無事に三年間を一緒に過ごし、卒業式を迎えた。
「リリアナ。私たち、卒業しましたね」
「はい。長くてとても充実した三年間でした」
ロゼリア様が、幸せそうに微笑んだ。
「リリアナと友達でいられて、本当によかったです」
「私もです」
二人で、人目をはばからずに抱き合う。
本来なら落としていた筈の命は生き永らえた。
それだけでも、私はこの眼を持って生まれてよかったと心から思えた。
「さあ、じゃあ帰りましょう。私たちの家に」
「はいっ……あ、いえ。荷物の大半は運びましたけれど、引っ越しは明日ですよ」
「ああ、そうでした。ついうっかり。早く来て欲しかったものですから」
「今日は公爵家でお別れ会なんです。……そう思うと名残惜しいです」
そして、この卒業日を境に、私はシュタイナー家のお屋敷に生活の拠点を移すことになる。それはエルフリート家の娘ではなくなり、シュタイナー家の夫人となることを意味する。学園を卒業して大人の仲間入りを果たした以上、恋の障害はもう無い。
母様、私をここまで育ててくれてありがとう。
父様、娘らしいことはあまり出来なかったけれど、迎え入れてくれて嬉しかった。
お姉様、押し入ってきた私たちと向き合ってくれたこと、感謝します。
魅了の異能は完全に封印されたわけじゃない。今後一生付き合っていかないといけない。けれど、私の傍にはヴィクトール様がいてくださる。もし道を誤りかけたら、きっと私の手を引っ張ってくれる。だから、もう怖くはない。
私の過ちは決して忘れない。けれど引きずられもしない。
私は前を向いて歩いていく。
それが、今回の人生で私を愛してくださった人達への恩返しだから。
なお、この日の晩餐会では父様が娘の門出に号泣したり、母様がしんみりしだすし、まさかのお姉様まで祝福してくれたりと、驚きの連続だった、とだけ日記には記しておくとしよう。
◇◇◇
そして、私たちの結婚式の日が来た。
前回処刑されてからやり直した直後に戻ってきた元々の住処からも見ることの出来た、王都の大聖堂でだ。
私はヴィクトール様が母様と相談して選んでくれた純白のウェディングドレスを着ていた。レースと刺繍が美しい繊細なドレスは、遠い子供の頃に母様が絵本で読み聞かせてくれた、物語の最後で素敵な王子様と結婚をするお姫様みたいだった。
「リリアナ、本当に綺麗よ」
私の身支度の手伝いをする母様が涙を流す。
私までもらい泣きしてしまいそうで涙腺が緩んでしまう。
いけない。折角丁寧に施してくれた化粧が流れ落ちちゃう。我慢だ我慢。
「母様……本当に、ありがとうございます」
「幸せになってね」
「はい」
大聖堂に入る。
バージンロードを父様と一緒に歩く。
エルフリート家やシュタイナー家の親族や関係者、ヴィクトール様の職場の同僚や学園での学友などの来賓が並ぶ左右を抜け、その先にいるヴィクトール様のもとへと向かった。
黒い礼服に身を包む凛々しい私の旦那様になるお方は、いつにも増して私に優しく微笑みかける。その瞳にはかつてないほどに愛が溢れていた。見惚れて我を忘れそうだったので、「前回の私に今のヴィクトール様を説明しても信じないだろうなぁ」と思いながら何とかごまかす。
「娘を、よろしく頼む」
父が、私の手をヴィクトールに渡す。
「はい。必ず、幸せにします」
ヴィクトール様が、私の手を取る。
父から夫へ。私は託された。
「では、誓いの言葉を」
静粛になったところで神父様が優しく語りかける。
「ヴィクトール・シュタイナー。貴方は、リリアナ・エルフリートを妻とし、病める時も健やかなる時も、共に人生を歩むことを誓いますか?」
「はい、誓います」
ヴィクトール様が力強く答えた。
「リリアナ・エルフリート。貴女は、ヴィクトール・シュタイナーを夫とし、病める時も健やかなる時も、共に人生を歩むことを誓いますか?」
「はい、誓います」
私もはっきりと答えた。
「では、指輪の交換を」
ヴィクトール様が、私の指に指輪をはめてくれた。常用出来る飾り気のない銀の指輪。この美しい在り方はまるでヴィクトール様のようだなぁ、と思いながら私もヴィクトール様の指に指輪をはめる。
「では、誓いの口づけを」
ヴィクトール様が私のヴェールを上げる。緊張しているのはヴィクトール様も同じなようで、お互いにいつもよりぎこちなく、けれどいつもより愛を確かめ合うように、優しく唇を重ねた。
会場が拍手と歓声に包まれる。
幸せで、幸せでたまらなくて、涙が溢れた。
その涙が零れ落ちる前に、ヴィクトール様が指で掬い取ってくださった。
「愛している、リリアナ」
ヴィクトールが囁いた。
「私も、愛しています、ヴィクトール」
二人で、抱き合った。
神よ、感謝いたします。
おかげで私はこうして二度目の人生を迎えられました。
異能を封印しようとヴィクトール様にお願いし、ロゼリア様とお友達になり、セシリアお姉様と協力していこうと決め、魅了の異能による試練を乗り越えた今、全てがこの幸せに繋がっている。
「おめでとう、リリアナ」
「幸せにね」
「婿殿、リリアナ様を幸せにしてあげてください」
セシリアお姉様、エドヴァルト様や父様、それから学園の友だちを始めとするみんなが祝福してくれている。今度は幸せいっぱいに微笑みながら皆に手を振り、度々止まっては深く頭を下げた。
「ありがとうございます。皆さんのおかげです」
本当にここまで来れたのは皆のおかげだ。一人では絶対にここまで来られなかったに違いない。みんなが支えてくれ、信じてくれ、愛してくれたから、私はこうして幸せになれた。今はその喜びをただただ噛み締めたい。
ヴィクトール様のエスコートを受けて馬車に乗り込む。ヴィクトールが私の隣に座って、扉が閉まり、馬車が動き出す。
窓から、手を振るみんなの姿が見えた。私も皆の姿が見えなくなるまでいつまでも手を振り続けた。
やがて、みんなの姿が見えなくなると、どっと疲れが溢れてきた。私はヴィクトール様に寄りかかった。もう思いっきり甘えたくなったら甘えられる関係になったんだから、遠慮はいらないでしょう。
「疲れたか?」
「いいえ。ただ、幸せすぎて……」
「そうか」
ヴィクトール様は私が崩れ落ちないよう、肩に手を回した。
「これから、もっと幸せになろう」
「はい」
窓の外を見る。
青い空。白い雲。輝く太陽。
今の私には全てが私たちに「おめでとう」と言ってくれているように思えた。
もう、ここからは前回も今回も関係ない。
また都合よくなり直せるだなんて思っていない。
私は、愛する人とこの一生を共に歩んでいく。苦楽全てを背負いながら。
「ヴィクトール様」
「ん?」
「ありがとうございます。私を愛してくれて」
ヴィクトール様は初めの間目を丸くしたけれど、すぐに微笑んだ。
「私の方こそ礼を言う。リリアナのおかげで私は愛を知ることが出来た」
「私も……これが本当の愛なんですね」
二人で見つめ合い、また唇を重ねた。優しくて甘くて温かくて、胸の奥から幸せがあふれ出すような愛に満ちた口づけだった。
これからどんな未来が待っていようと、私たちは乗り越えてみせよう。
「あ、見えてきましたよ!」
やがて馬車からはシュタイナー家の屋敷が見えてきた。異能を取り締まる異端審問官という役目を代々背負う厳格な家柄に相応しい重厚な作りも、今日ばかりは私たちの住む場所を守る頼もしい存在に思えた。
「毎日のように帰宅していたが……今ほど高揚した日は無い」
「ふふ、どうしてですか?」
「言わせるな。……これからリリアナが新しい家族になるのだから」
ヴィクトール様にとってはなじみ深い我が家。私にとっては新しい家で、新しい生活と新しい人生を送っていく場所。自然と心がはしゃいでしまった。
私は、ヴィクトール様の手を握った。
「何度でも言います。ヴィクトール様、愛しています」
「何度でも伝えよう。私も、リリアナを愛している」
この愛を、この想いを、何度も、永遠にだって確かめよう。
私たちの馬車は門をくぐって、私たちの家の敷地の中に入っていった。
これでこの話は完結となります。
最後までお読みいただきまして誠にありがとうございました。
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