リリアナは断罪を回避する(後)
「あの、謝罪される理由が分からないのですが……」
あまりにも予想外の展開に、周囲の人たちは騒然となる。
音楽団の者たちも演奏を始めて良いか迷っているようだが、王太子殿下が待つように指揮者へ指示を促す様子が、視界の端に映った。
「エルフリート嬢の事情は父上……陛下から聞いた。その事情を踏まえても、不慮の事故だったとはいえ、私の心がかき乱されたのは、全て私が未熟だったからだ」
「いえ、そんなことはありません! 殿下を惑わした私が全部悪いんです!」
「私と会わないよう日程を調整したこと、再発しないか心配させたこと、全てを踏まえた迷惑に対し、私はエルフリート嬢に謝罪する」
きっと周りは困惑しているだろう。
クラウス殿下が一体何に対して謝っているのか、全く事情が見えてこないから。
ただ、薄々は気付いているかもしれない。シュタイナー家の者と親睦を深めている点や、あの時の殿下の異常性を踏まえて。それでも妙な噂が立たないのは、シュタイナー家が私に味方し、王家が問題視しないから。催眠の魔女に国家滅亡の危機に立たされた過去があってそうしているのだから、理由がある。ならば、って考えたからかな。
「エルフリート嬢に対する好意は薄れている。献身的に私に付き添ってくれたカタリナには感謝してもしきれないし、それでもなお私を愛してくれた彼女が一番大切だ。正直に言おう。私はこのままエルフリート嬢とは会わないままでいるつもりだった。これ以上カタリナを悲しませたくなかったから」
「クラウス殿下……」
「だが、カタリナや兄上たちに背中を押されたんだ。立ち向かえ、と……。」
「え、と。それで……どうでしょうか?」
私とクラウス殿下は見つめ合う。
その眼差しは……魅了された者がするような微睡んだものではなかった。
愛の傀儡じゃない。確固たる意志を持つ、人のものだった。
「……。今も魅力的に目に映るのは事実だ。頭の中にエルフリート嬢を褒め称える言葉が幾つも浮かんでくる。この場で跪きたい衝動にかられている」
「っ……」
「だが、これなら自制出来る」
「! そう、ですか……」
私はクラウス殿下の言葉に感極まってしまい、涙を流す……前に、目元に何かが当たった。振り返ればヴィクトール様が私の眼鏡を少しずらしてハンカチで涙を拭ってくれていた。その優しい配慮が心に染み渡る。
「兄上とセシリア義姉上が添い遂げれば、私たちは親戚だ。これからは自然に接していこう。新たな家族として」
「はい……!」
クラウス殿下は恭しく頭を垂れ、カタリナ様の元へと戻っていった。カタリナ様はそれが嬉しかったのか、涙を流し始める。慌てるクラウス殿下をお姉様と王太子殿下が微笑ましく見つめる。
私が見つめていることに気付いたセシリアお姉様は、私を褒めるように笑いかけ、親指を立てる。サムズアップなんて一般市民がやるもので、貴族令嬢のする仕草ではないでしょうに。それが妙におかしくて、思わず笑ってしまった。
「今だから明かすが、第二王子殿下には禁じ手を使わせてもらった」
「禁じ手、ですか?」
「催眠の魔女の瞳、という催眠の魔女の忘れ形見だ」
「!?」
ヴィクトール様が仰るには、催眠の魔女の処刑後、その強力な異能を一回だけ行使できる魔道具が二つ残されたのだそうだ。一つは母様が、一つはシュタイナー家が所有し、行使する正当な手続きにはシュタイナー家当主と国王陛下の許可が必要だとか。
魅了の異能が解けても私への愛を忘れられなかったクラウス殿下を見かねたセシリアお姉様が提案し、どのように使うかはカタリナ様に委ねられた。「自分だけを生涯愛し続けろ」と命じれば、簡単に心は覆っただろう。
「だが、ベルンシュタイン嬢は感情を書き換えなかった。彼女は願っただけだ。異能から目覚めた後は異能に惑わされない、ありのままの御心でいますように、と」
「つまり、私の魅了を跳ね除けたのは、純粋に殿下が魅了を克服したから?」
「そうなる。私は些か不安だったが、殿下はベルンシュタイン嬢の信頼、愛に応えたようだな」
「それは良かったです……本当に」
王太子殿下が手を挙げると、演奏が再び始められた。
会場はざわめきながらも、徐々に普通の雰囲気に戻っていった。
過去を振り返り、未来に思いを馳せ、今を楽しむ。平和がそこにはあった。
「終わった、んでしょうか……?」
「ああ……終わったんだ」
やり直し前とは全く違う結末。
私は魅了の魔女にならず、私に魅了された者は現れない。
私は、罪を犯さなかった。
「よく頑張った。リリアナの選択が世界をこの光景にしたんだ」
「ありがとうございます。何から何までヴィクトール様のおかげです」
「礼を言うのは私の方だ。ロゼリアは助かり、私は……人を好きになる心を知った」
「私も……今回でようやく本当の愛にたどり着いた気がします」
ヴィクトール様が私に手を差し伸べる。一体何かと若干戸惑い、やがて誘われているんだと分かる。
次の演奏が始まった後、一緒に踊ろうか、と。
「踊ってくれるか? 私の愛しいリリアナ」
その言葉に、胸が高鳴る。
「はい。喜んで」
私は、ヴィクトール様の手を取り、二人で舞踏場へと向かう。
音楽に合わせてゆっくりと踊り始める。
実のところヴィクトール様と踊るのはこれが初めて。なのに、ヴィクトール様と一緒だと驚くほど踊りやすい。息も合う。それほどヴィクトール様のリードが頼りになるし、そして意外なほど優雅だった。
「ヴィクトール様はダンスが上手なんですね。普段から嗜まれているんですか?」
「貴族の一般教養程度との認識だが、部下から言わせれば私は筋が良いらしい」
ヴィクトールが、少し照れたように言った。
「でも、普段は踊らない」
「なぜ?」
「踊るような社交場に参加していなかったこともあるが、そもそも相手がいなかったからな……」
ヴィクトール様が私を見つめる。顔が近いこともあって、ヴィクトール様の瞳に私の姿が映った。
「リリアナが、初めてだ」
その言葉に頬が熱くなる。
「私も……ヴィクトール様が、初めてです」
二人で見つめ合う。
音楽が、優雅に流れる中、私達は踊り続ける。
周囲の視線は……気にならなかった。
まるで二人きりの世界にいるようで、とても幸せだった。
けれどそんな時間はあっという間に終わってしまった。一曲が終わったので二人して皆に一礼する。それから舞踏場を離れようとして……ヴィクトール様に手を取られた。
「リリアナ。続けよう」
「……! はいっ」
連続して踊る。これは男女が特別な関係、例えば婚約関係だったり既に婚姻していたり、そうでなければ一曲ごとに相手を変えるものだ。
既にヴィクトール様は公爵閣下……いえ、父様や母様に許しを得ているから、私たちの関係は正式なものだけれど、公表はしていない。
つまり、そういうことですか?
二曲目を踊り終え、再び一礼する。
今度は私もヴィクトール様を相手を離さない。
迷いは無かった。そして、これからは堂々と二人で歩んでいく。
「どうやら、これが幸せというものらしい。味わい深いな」
「ふふっ。今から堪能した気分でいたら、これから驚きの連続ですよ」
「それは楽しみだ」
「ええ。私も楽しみです」
周りが何か驚いているようだったけれど、全く気にならなかった。
私たちがお互いだけを見つめ続け、三曲目を楽しんだ。
ありがとうございます、ヴィクトール様。
貴方のおかげで私はここまでこれました。
そして不束か者ですが、どうかこれからもよろしくお願いします。
セシリアお姉様。今回はこれからも仲良くしていただけますよね?
ロゼリア様。貴女は友達で、家族で、掛け替えのない存在です。
母様。今回は親孝行し続けます。絶対にもう悲しませません。
これからの未来が明るくありますように。
そう信じて、私は夜会を楽しんだ。
まさしく、人生で、最も幸せな夜だった。
今回の展開は当初のプロットからかなりずれています。
本来は魅了されたクラウス達が断罪イベントを発生させ、返り討ちにあい、破滅しました。ただ、それだとリリアナの罪がそのままになる問題があったため、軌道修正しています。
結果、本作は悪人なし、ざまあなし。カタルシスが無いなぁと思いつつも、魅了の魔女に堕ちたリリアナのやり直しとしてはこれがいいのでしょう。
次が最終回になる、と思います。前後編にならなければ。
ご意見、ご感想お待ちしています。




