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リリアナは告白される

 月日は流れた。

 あれから私は一応平穏を取り戻した。


 クラウス殿下とはあの時以来お会いしていないけれど、お姉様から聞く限りでは以前の様子を取り戻したのだそうだ。一時期は目も当てれらないほど私に夢中になっていたそうだけれど、夢から醒めたように一時の恋は失われたらしい。


 私が外見を変えたことは最初は友人や同級生に驚かれたのだけれど、概ね好意的に受け取られた。公爵家の娘になる前は髪型を少しずつ変えて気分転換したものだから、当時を思い出して私も年がいもなくはしゃいでしまったっけ。


 封印が強化されてからもヴィクトール様との交流は続いている。封印の具合の確認って名目だったけれど、それはあくまで口実で、同じ時間を過ごすためって別の目的のためになっている。そして、私はそれが楽しみでたまらなくなっていた。


 ずっと続けばいいなぁ、と私は願った。

 けれど、永遠なんて存在しない。

 それはこの関係だって例外ではなかった。


「リリアナ」

「はい、何でしょうか?」


 この日は普段通り街中を散策して、王都の少し外れにある公園で休憩した。

 この国立公園は市民の憩いの場として使われていて、国の予算で日々整備されている。市民にとっては公園内の庭園や噴水広場は珍しく、人気を集める名所だ。

 そして、独特の雰囲気があるからこそ、特別なことがしやすくなる。


「愛している。私の伴侶になってほしい」


 それでも、私はヴィクトール様の一世一代の告白に、驚かざるをえなかった。


 愛、している? 私を?

 前回魅了の魔女として裁かれた私を、裁いたヴィクトール様が?


 噴水の前で私の前にひざまずくヴィクトール様は、これまでのどの彼よりも格好良くて、凛々しくて、魅力的に映った。彼が掴む私の手がとても熱く感じたし、正直な話、今という時間を延々と伸ばしてしまいたいほどだった。


「嬉しいです。私も……ヴィクトール様を愛しています」


 どうして、と理性では言おうとしたのに、気が付いたら既に感情だけで返事を口走ってしまった。慌てて口をふさいだ時にはもう遅く、ヴィクトール様に聞かれてしまっていた。


「あの、違います! い、いえ! 違いませんけれど、私……!」

「落ち着け。 ……突然告白した私も悪かったが」

「っ~~! ……。あ、あの、私……魅了の魔女ですよ?」

「悪意から異能を用いず、罪を犯していないリリアナは魔女ではない。リリアナ本人がどう思おうとな」

「私は自分のことばかり考えてヴィクトール様に近づいたのに?」

「そのような契約上の関係はとうに通り過ぎた、と私は認識しているが」


 いえ、確かにそのとおりなのだけれど……。


「その、どうして私のことを……?」

「きっかけはやはり妹のロゼリアだろう。私に接触するためにシュタイナー家の敷地に侵入した際、リリアナはロゼリアを励ましていた。演技ではなく、心からロゼリアの快方を願っていたな。今から振り返れば、私はそれで心打たれたのだろう」


 私は別にヴィクトール様の好感度を上げるためにロゼリア様を利用したわけじゃない。本当にロゼリア様に治ってほしかったんだ。それをヴィクトール様は評価した。言葉にすればただそれだけなのだけれど……意図しなかった行為がヴィクトール様の心を動かしていたなんて。


(いえ、だからこそヴィクトール様は私を見るきっかけになったのかな)


 もしロゼリア様を魅了してヴィクトール様説得の人質にでもしようものなら、絶対にこのような関係にはなっていなかった。そして魅了の異能が封印されても心は前回の魅了の魔女のまま、無自覚な大罪人だったに違いない。


「己の罪を悔い改め、過ちを繰り返さないようにする。これを出来る者は意外と少ないものだ。私はリリアナを立派だと思うし、尊敬もしている」

「尊敬だなんて、そんな大げさな……」

「大げさなものか」


 ヴィクトール様が私の手を掴む力が若干強くなった。


「私は異能とは神が与えた試練だと考えている」

「試練、ですか?」

「どのような異能であれ、使う者の心がけ次第だ。リリアナが周囲を己の虜として意のままにした前回、ロゼリアを生き長らえさせた今回。魔女と聖者、どちらの道を歩むかは、どれだけ相手を思いやるかによる」

「……前回は、相手のことなんて全然考えてませんでしたっけ」

「異能を持つ者は罪人ではない。リリアナは私にそれを体現してみせた。リリアナと出会っていなければ、私はきっと固定概念に縛られたままだっただろう」


 それは、前回のように私を無慈悲に痛めつけ、処刑したヴィクトール様を差しているのだろうか。もしあの時、今のヴィクトール様がいらっしゃったら……いえ、きっと結末は変わらなかった。だって私は……母様が巻き添えで処刑されて初めて己の罪を自覚したほどだったから。


「私は心優しく、人を思いやるリリアナに惹かれた。リリアナの方こそ私で問題はないか? 不満があれば改善しよう」

「いえ! そんな! ヴィクトール様はとても紳士的で、見ず知らずの私に親身になってくださり、優しくて……」


 今私がこうしているのはヴィクトール様のおかげだ。あの日、自分が魅了の異能持ちだと明かした時、一族の掟にしたがって私を処断していたら、私は今日を迎えていなかった。これはヴィクトール様が人を思いやる気持ちを持っていたからだ。決して血も涙も無く魔女を処断する異端審問官だけじゃないのだ。


「後日、エルフリート家には挨拶に行こう。私からは文を出すが、リリアナからもご両親の都合を聞いておいてほしい」

「分かりました」

「公爵閣下が反対なさっても、私は首を縦に振るまで説得を続けたいと思っている」

「大丈夫です。その時は私も一緒になってヴィクトール様への愛を熱弁しますから」


 二人して笑ってしまった。

 そしてひとしきり笑いあったところで、ヴィクトール様は手に取っていた私の手の甲に唇を落とした。


「誓おう。今後もリリアナを悲しませないように最善を尽くす、と」


 どうやら私は世界一の幸せ者らしい。

 それほど私は幸福感に満ち溢れてしまった。

 ああ、どうかヴィクトール様を悲しませないよう、私が大丈夫でありますように。



 ◇◇◇



 数日後、ヴィクトール様は公爵様と母様と約束をこぎつけ、公爵邸へとやってきた。


 正直言って、その日は……いえ、前日から皆落ち着かない様子だった。使用人たちははしゃいでいたし、挨拶に来られる公爵様は終始不安がっていて、母様はそんな公爵様に寄り添いながらもどこか緊張していた。アデーレなんて凄く気合が入っていて、前日から入浴だの就寝だので事細かに指示を受けてしまった。


 そして、ヴィクトール様がやってきた。

 傍らにロゼリア様を連れていたのは、彼女が親族代表を務めるためだろうか?

 通されたのは応接間ではなく来賓室。これだけでもヴィクトール様の扱いが最上級だとうかがえる。


「エルフリート公閣下。本日は貴重なお時間を割いていただき、感謝致します」

「いえ、シュタイナー侯殿。本日は娘のためにご足労いただき、御礼申し上げる」

「早速ではありますが、私は貴公の御息女であるリリアナ嬢を妻として迎え入れたく考えております。許可をいただきたく、よろしくお願い致します」

「いえ、こちらこそ不束者ですが、娘をよろしくお願い致します」


 意外にも開始からそう時間を置かずに許可が降りてしまった。

 後からお姉様に聞いたのだけれど、事前に大半を取り決められていて、こうして直に挨拶する頃には万事片付いているのだとか。

 確かに挨拶に行って断られる、なんて笑い話にしかならないか。


「シュタイナー侯殿は当主の座を妹君に譲り、我が家に婿養子になることを望まれているのだとか」


 え? それ、初耳なのだけれど?


「ええ。リリアナ嬢の姉君は王太子殿下の婚約者、すなわちいずれ王妃となる身。となれば、リリアナをシュタイナー家に迎え入れてしまっては公爵家の跡取りがいなくなってしまいます。私の都合でエルフリート家を振り回すわけにもいきますまい」

「それは気にしなくても良い。むしろ、シュタイナー侯殿がよろしければリリアナのことはそちらの嫁として迎え入れていただきたい、と願っている」

「……。理由をお伺いしても?」


 ふむ、と公爵閣下は小さく唸った。

 母様は神妙な顔をして公爵閣下の腕に手を添える。


「セシリアが王太子殿下の婚約者になると決まった際、リリアナを次期公爵に、とも考えて教育を受けさせてたのだが……」

「やはり、次期公爵にはロベルタ様の系譜がよろしいでしょう、と私が旦那様に申し上げまして」

「マリアはこう見えて言い出したら頑として譲りませんので、最終的に私の方が折れました。陛下と王太子殿下には、セシリアが第二王子または第一王女を生んだ暁には、何卒我が家の養子に、と願おうかと」

「ですので、どうかエルフリート家のことは考えなくて構いません。どうかヴィクトール様とリリアナで話し合い、決めていただければと」


 そんな話になっていたのか。知らなかった……。

 だとしたら、どちらの家に行くかは私とヴィクトール様次第、になるわけか。

 ヴィクトール様は私を見つめている。これ、私の希望に沿うってことか。


 ……私は催眠の異能のせいで没落した貴族の娘。けれど、事情がどうであれ私は一介の平民に過ぎない。公爵様や母様はこう言ってくれていても、分家の者を黙らせる器量は私には無い。そして、ヴィクトール様にくだらないしがらみを背負わせるわけにもいかない。


「……。ヴィクトール様。平民出の私ですが、シュタイナー家の者になれますでしょうか?」

「勿論だ。他の者が何と言おうと、必ず私がリリアナを守ろう」

「でしたら、お世話になります。よろしいでしょうか?」

「……! ああ、歓迎しよう」


 なら、私はヴィクトール様の力になりたい。

 異能を封印した恩に報いたい。私を好きになってくれた彼につくしたい。

 私の道は、ヴィクトール様と共にあろう。


「では念書は後で作らせましょう。細かな取り決めは後日に棚上げするとして……」

「娘と貴方様のこれまでお付き合い、詳しく聞かせていただけませんか?」

「「え?」」


 私とヴィクトール様の間の抜けた返答が被った。

 そう言えば、これまで公爵様や母様には大して報告していなかったっけ、と今更ながら思い返した。


「え、と。それは……」

「リリアナ嬢は最初から病弱な妹を気遣ってくれまして」

「ヴィクトール様!?」


 言い淀む私に対してヴィクトール様はいかに私が素晴らしいかを両親に語って聞かせた。恥ずかしながらも私はお返しとばかりにヴォクトール様がいかに凄いかを熱く語ってあげた。母様も公爵様も最初は勢いに押されて戸惑い気味だったけれど、やがて私たちの褒め称えを温かく見守るようになった。


 ああ、後でこの日を振り返る時があったなら、きっと恥ずかしさでいっぱいになることでしょう。

本作もいよいよ佳境です。

最後までお使いいただければ嬉しいです。

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