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リリアナは国王に謁見する(前)

 翌日、浮かれた挙句に若干寝不足気味になった自己嫌悪で沈みつつ、私はシュタイナー家へと向かう。


 お姉様におだてられて能天気になってしまったけれど、冷静に思い返せば私は前回同様に処刑されても文句は言えない。自己とは言え何しろ王家の王子を害してしまったのだ。最低でもこれまで通りの生活は望み薄だ、と考えておいた方がいいでしょう。


 いつものようにシュタイナー侯爵家のお屋敷前で取り次いでもらい、開門……と思いきや、扉が軽く叩かれた。窓のカーテンを少し上げて外を覗くと、なんとヴィクトール様が扉を開けるようジェスチャーしていた。


「どうしたんですか?」

「今日は別のところに……」


 馬車の中にいたヴィクトール様のお言葉が止まる。

 しばらく目を丸くしながら茫然とする彼がおかしくて、思わず吹き出しかける。

 目を擦ったヴィクトール様はもう一度私を確認し、見つめてきた。


「髪を切ったのか……」

「はい。容姿を大きく変えて印象を一新しようかと」

「そ、そうか。そうだな……。魅了した相手の外見が変わっていたら、多少は影響が弱まるだろう。その対策は正しい」


 ヴィクトール様のお墨付きとなったので、お姉様の案は効果的らしい。


「それで、どうでしょうか?」

「どう、とは?」

「女がこのように髪を短くするのは下品、と思われないでしょうか? この化粧だって私の年齢や精神面と比べて、背伸びしているんじゃないかと心配でして……」

「そんなことはない。実に似合っている」


 ヴィクトール様は私の言葉を遮って断言してきた。

 真剣に私を捉えてくる彼に、思わず胸が高鳴った。


「お世辞じゃなくて?」

「無論だ。何なら今度画家を呼び寄せて絵画にしてもらおう。我が屋敷に飾れば少しは自覚するだろう」

「シュナイダー家のお屋敷に……!? は、恥ずかしいので止めてください……!」

「リリアナの新たな一面を見れたことは、私にとって幸運だ。今度は私から案を出させてほしい」


 恥ずかしい台詞は禁止です。顔がとても熱くなってヴィクトール様以外のことを考えられなくなって、とても私がもちません。今すぐ布団の中に潜り込んで縮こまりたいぐらいです。


 身もだえて少し冷静になったところで私は扉を開ける。お屋敷の正門が開いた向こうでは侯爵家の馬車が待機していた。


「話を戻そう。今日は別の場所に移動する。我が家の馬車に乗り換えてもらう」

「別の場所とは?」

「行けば分かる。……今は聞かない方がいい」


 公爵家の馬車から降りて侯爵家の馬車に乗り換える。見栄えは公爵家の馬車が勝っていたけれど、侯爵家の馬車は普段使い用なのか質素で頑丈な実用的なもの。その分、中は敷き物といい段差での衝撃といい、乗り心地が優れていた。


 隣に座るヴィクトール様の面持ちは、前回を通じて今まで見たことがないものだった。真剣、緊張、不安、そんな感情が入り混じっている。この人がここまで苦悩するような事情……正直、考えたくないのに私まで不安になってしまった。


 裾を掴む私の手を包み込むようにヴィクトール様の手が添えられた。彼の手はとても温かくて、震える手が止まる。ヴィクトール様は私に視線を向けず、進行方向の前を見据え続けている。まるで未来を見据えているかのように。


 ……大丈夫、ヴィクトール様が傍にいる。

 だったらどんな結末になろうと、堂々としていよう。

 それがヴィクトール様の気持ちに答える唯一の術だ。



 ◇◇◇



 連れてこられたのはアルデリア王国王宮、謁見の間だった。


 いかに私が公爵家の娘になったとはいえ、今回は一生関わることのない場所だと思っていただけに、心臓が今にも口から飛び出そうになるぐらい緊張する。立派なシャンデリアやステンドグラス、絨毯なんて気にする余裕は全く無かった。


「国王陛下のおなーりー」


 ヴィクトール様は跪き、首を垂れる。私は深々とお辞儀するカーテシー。視線が下を向いているので、足音だけで国王陛下と思われし人物が玉座に向かっているのを確認。待機している間、不安で気持ち悪すぎて眩暈がしそう。


「面を上げよ」


 許可が下りたので視線を正……さず、上体を少し起こし、敬礼したままで視線を正面に向ける。我が国の国王陛下は前回第二王子を虜にした際にお会いしたことがあるけれど、今日の陛下は何とも複雑な表情を見せていた。


 国王陛下が手を上げると、両脇や出入口の左右などに控えていた近衛兵が撤収する。謁見の間に残ったのは陛下と私たちだけになった。……なお、後からヴィクトール様に聞いたところ、物陰に影なる護衛が待機していたんだとか。


「そなた達を呼んだのは他でもない、第二王子の件だ」


 挨拶をそこそこに、陛下はいきなり本題を口にする。

 私は歯を強く噛み締め、絶望を堪えた。


「エルフリート公女が魅了の異能持ちであることはシュナイダー侯より既に報告を受けている。そして封印を施して王立学園に通っていることもな」


 国王陛下に報告済みな件をヴィクトール様から教えられたのはついさっきのこと。最初は「え、そうだったの?」と驚いたけれど、冷静に考えれば「それはそうでしょうね」としか思えなかった。だってヴィクトール様は国の存亡にも拘わる重大な情報を自分までで止める、なんてしないでしょうから。


「そして当日の状況も把握している。第二王子は不慮の事故で魅了の異能にかかった。それも瞬時のことだった。そなたの報告によれば、魅了が解けるために要する時間は影響下にあった時間と本人の心情に比例する、だったか」

「その通りでございます。シュナイダー家の屋敷の者達で試したところ、概ね一週間前後でした」

「永久に魅了されたままでなければ良し、とはいかぬと、シュナイダー侯が一番良く分かっていよう?」


 ごくり、と思わず固唾をのんだ。

 やけにうるさく聞こえた。


「エルフリート公女が悪意を持って第二王子達を意のままにしたら? 息子を通じて王太子や余を籠絡しようとするやもしれぬ。……あの忌々しき催眠の魔女のようにな」

「その点は私めと妹が責任を持って監視しております。少しでもこの者が欲を見せれば即座に切り捨てましょう」

「うむ、余とてそなた達シュナイダー侯爵家の忠誠を疑ってはおらぬ。王太子やセシリア嬢の話を聞く限りでも、エルフリート公女は邪な野望を抱いていないことは分かる。しかし、可能性が残っている以上は捨て置けぬのも理解していよう? 例えば、そうだな……他の魔女が現れ、国家転覆の尖兵に利用される、とかな」

「仰るとおりでございます」


 ああ、そうだ。私がいかに改心しても、どれだけ気をつけたところで、魅了の異能を封じているのは邪視殺しなどの装備一式。決して魅了の異能が無くなったわけではない。不意な事故はおろか、利用しようと目論む悪人が現れても不思議じゃない。


「余の本音を明かせば、エルフリート公女は早々に処刑すべきだと考えておる」

「……!」

「しかし、己の宿命を向き合い、罪を犯していないエルフリート公女はまだ我が国の国民、余が守るべき子だ。そこで、代々首席異端審問官を務めてきたシュナイダー家の当主であるそなたに聞こう。この娘をどうするつもりだ?」


 国王陛下はヴィクトール様に決断を迫っている。

 ヴィクトール様やロゼリア様のことを考えるなら、私のことは見捨てるべきだ。お家の務めを果たして魔女である私を裁く。これがあるべき形、正義だろう。


 けれど……彼らと長く付き合っている内に、私は贅沢になってしまった。この先もヴィクトール様と一緒に歩んでいきたい、と。ロゼリア様と語り合いたい、と。抱いてはいけない希望、願望、欲望。それが叫んでいる。「助けて」、と。


 理性と感情、両方を心の奥に押し込め、私はヴィクトール様の返事を待つ。

 大丈夫、私はヴィクトール様を信じる。

 そして、彼がどんな決断をしようと私は笑顔で受け入れよう。


「私は、陛下ご立ち会いのもとで異能を永久に無効化することをご提案いたします」


 永久に無効化。

 それは前回私に施したような、一生残る傷となる紋様を身体中に刻みつけるもの。

 そしてそれは、やり直し直後は避けてくださった最終手段だ。


「ふむ、容赦が無いな。余は現段階であればエルフリート家またはシュナイダー家の屋敷に生涯幽閉、または領地に生涯隠居、程度でも構わぬと思っていたのだがな」

「私はこのリリアナに人並みの人生を歩んでもらいたい、と願っています。よって元凶である異能を封じ込めるのが望ましいかと」

「それは公女を傷物にしてでもか?」

「その点につきましては対策済みです。本日それをお披露目いたしましょう」


 ……対策済み?

 つまり、私が傷つかずに異能を封じ込められる?

 ヴィクトール様、一体何をなさるつもりなの?


 思わず振り向いてしまったヴィクトール様は、自信に満ち溢れていた。

お読みいただきありがとうございました。

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