リリアナは外見を一変させる
「そうは問屋が卸さない、って言えばいいのかしらねぇ?」
「それ、どこか国外の諺でしょうか?」
ヴィクトール様に報告する前にセシリアお嬢様に捕まり、開いている会議室内に連れ込まれた。他の学園統括役員も揃って問い詰められる、とも覚悟していたけれど、幸いにも部屋の中で待っていたのはお姉様だけだった。
「わざとではないんでしょう?」
「勿論です! 私が、自分から率先して殿下を魅了するなんて……」
「起こってしまった事故の責任を問うたところで建設的じゃないわ。まずはこれからどうするかを考えましょう」
お姉様の表情からは疲れがにじみ出ていた。お姉様方がクラウス様を連れて行った後、どうなったかはこの様子からも容易に想像出来る。きっと私に魅了されたクラウス様はうつつを抜かしてしまったんだろう。側近の方々を一旦静め、お姉様一人で私に事情を聞くよう調整するのも一苦労だったに違いない。
「下校したらすぐにヴィクトール様に相談しようと思います」
「それがいいでしょうね。第二王子の豹変が異能によるものだって王家に勘付かれたら、間違いなくシュタイナー家の出番でしょうから。陛下から勅命が降る前に洗いざらい説明して、理解してもらいなさい」
「はい、お姉様」
「問題はクラウス様がどれほど魅了されたか、なのだけれど、一瞬目を合わせた程度ならどれぐらいの効果があるか、リリアナは把握している?」
シュタイナー家に訪れた際、門番や家令を魅了して押し入ってしまった。その際は二週間後に再度訪れたら普段通りに落ち着いていた、と記憶している。私の魅力は一瞬で心を鷲掴みするんじゃなく、どれだけ魅了の影響化にあったかで効果が深まるもののようだ。
「おそらく、二週間もあれば元に戻るかと」
「そう断じるのは早計よ。その予測は対象の好感度、どう思われるか、が抜けているわ」
「と、言いますと?」
セシリアお姉様は私を軽く睨みつけた。
まるで私の希望的観測を咎めるように。
「リリアナを別にどうも思っていない人と好ましく思う者とでは、魅了のかかり具合が違うってこと」
「っ……!」
それは、あまり考えたくなかった。けれど、ひょっとしたら、とも考えてた。
私は系譜の良さもあってそれなりに可愛い、という自覚はある。けれど私ぐらいの容姿なら王国中の貴族の子息息女が集う学園内でそこまで目立たない、とも知っている。だから魅了無しでクラウス様が私に振り向く筈がない、と希望を抱いていた。
もし、魅了抜きでも私を見初めるのなら、魅了が拍車をかけてしまい……魅了が解けても私に好意を抱いたままになるのでは? それも、既に婚約済みのカタリナ様を蔑ろにしてでも……。
「一番手っ取り早く穏便に済ますのなら、しばらく学園を休学してクラウス様と会わないことね」
「……やっぱり、それしかないですよね」
だとしたらクラウス様が過ちを犯さないよう、私が彼の前から消えるしかない。学園生活を穏便に送れれば一番だったけれど、背に腹は代えられない。短い間だったけれど、充分に良い思い出が出来た、って前向きに考えよう。
「もう一つの案として、別人だと思われるぐらい見た目を大きく変えればいいのよ」
そう自分自身を納得させようと沈んでいると、お姉様からもう一つの提案がされた。
それは私が決して思いつかなかった起死回生の一手だった。
「見た目を、ですか?」
「魅了の影響は印象第一。一目惚れした相手が次の日いきなり変わっていたら幻滅する可能性がある。それと一緒よ」
「そんな簡単でいいんですか……?」
「言っておくけれど、化粧や髪型を変えた程度では大した効果が無いわ。それこそマリア母様譲りの美しい髪をばっさり切り落とす、ぐらいはしないとね」
それは嫌だな、と一瞬思ってしまったのは、今回は恵まれている証だ、と前向きに解釈しよう。髪を短くする程度で解決するのならそれに越したことはない。何より自分がいい出したんじゃなくお姉様の提案なのが、より私をその気にさせた。
「分かりました。では印象を変えるようにします」
「なら、善は急げね。今日はまず帰ってすぐにイメチェン……もとい、散髪しましょう。それとリリアナは化粧乗りが良いから違う傾向にして……」
セシリアお姉様が私のことを考えてくれているのが伝わってくる。けれど、気のせいかもしれないけれど、何だかお姉様、この状況を楽しんでいませんか? まるで私を着せ替え人形に出来る状況に心躍らせているような……。
◇◇◇
「え? セシリアお嬢様、本当にやっちゃっていいんですか?」
「構わないわ。遠慮せずに切って頂戴」
「お嬢様も嫌なら嫌って言ってくれていいんっすよ。もめそうなら家政婦長に相談しますから」
「ううん、大丈夫。私もそうしてほしい。やってくれる?」
屋敷に帰ってすぐに散髪の準備が整えられた。任されたのはまさかの私の侍女であるアデーレ。前回含めて知らなかったのだけれど、彼女は屋敷で働く使用人やその家族の髪を良く切っているらしい。
なお、専門職を呼ばなかったのは、貴婦人や貴族令嬢の命とも言うべき髪を短くするなんてとんでもない、と反対されるのが目に見えているから、なんだとか。
「それで、どんな風に切ればいいんっすか?」
「こんな感じに出来る?」
「うわ、セシリアお嬢様って絵もお上手なんですね。……お嬢様の髪ってクセがないからこんなに先っちょは跳ねませんよ」
「ヘアワックスを塗ればいいのよ。これを使いなさい」
「準備良いですね……。分かりました。任されたからには完璧に仕上げますよ」
始まるので私は目を固く閉じる。散髪の時は邪視殺しを外さないといけないので、いつもこうしている。なのでアデーレがいろいろな角度から私の髪にハサミを入れる様子は音や気配から察知するしかない。
なお、切り落とした私の髪はアデーレが全て回収した。美しい髪が高く売れるのは常識。特に今回は長さもあるから、アデーレは当面贅沢が出来るだろう。いきなり侯爵家の娘になった私に仕えてくれている彼女の丁度いい臨時収入になる。
散髪が終わると髪を洗い、乾かす。それからワックスとやらで髪型を整えていく。ついでとばかりに顔をいじられる。目元、頬、唇……夜会に参加する日のような念の入れようだった。
「はい、終わりましたよ」
眼鏡をかけられた感覚があったので、一応手で触れて眼鏡があることを確認。それからゆっくりと目を開けた。
鏡の向こうには……あれは誰かしら?
「いやー、お嬢様はやりようによってはいくらでも化けると思ってましたけど、想像を遥かに越えてましたね」
「私も実物を目の当たりにするまで半信半疑だったけれど、リリアナって本当にこんな外見になれるんだ……」
これまでと全然違う私が目の前にはいた。大人しく落ち着いた様子ながらも可愛らしさがあったかつての私はどこへやら、肩上どころかうなじが少し見えるほどに短くなった髪はところどころがはねられていた。年相応の幼さを残していた化粧は数年は大人びた印象を感じさせるものに変えられている。
確かに、ここまで変わっていると私はリリアナじゃなくなった、と言われたら自分自身が信じてしまいそうだ。これならクラウス様から受ける印象も様変わりするに違いない。もしかしたら私を認識しなくなるまであるかもしれない。
なお、お姉様は「公式絵の一つでリリアナがこうなってたのよね。そうじゃなかったらあのリリアナがこうなるなんて想像もしてなかったわよ」と私には理解できない独り言を呟いていた。一体何のことだろう? いつか話してくれるかな?
「んじゃあ、お嬢様は明日もこれでシュタイナー家に赴いて、ぜひ侯爵閣下を悩殺してきてくださいね」
「へ?」
「印象を変えただけで殿方を誑かす。リリアナったら本当に魔性の女だこと」
「お姉様!?」
セシリアお姉様とアデーレは二人して私をからかうものだから、この日はヴィクトール様は今の私を見てどう思うだろうか、との想像で頭がいっぱいになってしまった。そして興奮も覚めやらず、中々寝付けなかった。
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