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セシリアはリリアナの異能と向き合う(前)

「今日は有意義な時間を過ごせた。ロゼリアの体調と相談だが、また出かけられればと思う」

「はい、では今のうちから計画を立てておかなきゃいけませんね」


 ヴィクトール様に送り届けられて公爵家に戻ると、セシリアお姉様が待っている、と侍女から言伝を貰った。私は外出用の帽子とショールを侍女に預けて、お姉様の部屋に向かった。


「おかえりなさい、リリアナ」

「ただいま戻りました、お姉様」

「シュタイナー侯爵閣下とのお出かけは楽しかったかしら?」

「はい。とても綺麗な湖で、眺めているだけで心が洗われるようでした」


 お姉様はご自分の侍女に命じて私の前に置かれたカップにお茶を注ぎ入れる。それからトングでテーブル中央の皿から菓子をつまみ、小皿を私の前に差し出した。そして私の侍女と共にお姉様の部屋から出ていった。


「閣下の妹君も随分と体調が改善に向かっているようね。一時期はもう駄目かも、とまで噂されていたほどだから、胸を撫で下ろしているところよ」

「はい。元気なのはたいへん良いことだと思います」

「あの身内以外に心を開かないと評された閣下とあそこまで交流を深められたのは、充分誇っていいわ。頑張りなさい」

「はい、お姉様」


 いつものようにお姉様が微笑む。いつものことだけれど、同性の私でも美しいと思うほど優雅で、輝いて見えた。

 でも、今日はその笑みに何か含みがあるような気がした。


「ところで、シュタイナー侯爵家の家業が何なのか、リリアナは知っていて?」

「……。え、と。国の秩序を守るための治安維持だと聞いています」

「厳密には異端審問を司っているわ。神の定めた理から外れた魔女を断罪する存在なの」

「……!?」


 一体何を……いえ、動揺するのはまずい。シュタイナー侯爵家の者が代々異端審問官を務めることは貴族であれば常識。「とても素晴らしい仕事をなされているんですね」と答えるのが吉だろう。


「ああ、庶民で噂されるような、教会や国、貴族に背く輩を都合よく排除するような処刑人ではないわ。厳正な審査を経て執行する、公平な立場ね」

「魔女……普通の罪を犯した者とは違うんですか?」

「……。そうね。そろそろお互い王立学園に通うんだもの。今回はもう少し踏み込んだ会話をしましょう」


 そう言うと、セシリアお姉様は身を乗り出して私を見つめてきた。その宝石のように鮮やかに輝く瞳は、まるで私の全てを見透かすようだった。ごまかすようにお茶で喉を潤したけれど、カップを持つ手がわずかに振るえてしまう。


「単刀直入に問うわ。リリアナは自分の異能を制御出来ているかしら?」


 一瞬、私は呼吸すら忘れてしまい、そしてお姉様の言葉が理解出来なかった。


 バレた。異能持ちだってお姉様にバレた。

 またお姉様に破滅させられる。嘲笑を浮かんだお姉様にざまあと言われる。

 何より、ヴィクトール様に恐ろしく冷たい眼差しで見つめられ、この首を……。


 かろうじてカップを皿に置くことに成功。けれどそれが精一杯だった。腕どころか歯が振るえだす。視界が歪んで床やカーテンが今にも私に襲いかかる錯覚を覚える。何より、セシリアお姉様の口角が釣り上がり、私を見下ろして……!


「え、ちょっと待ってちょうだい! 大丈夫?」

「あ……、お姉様……?」


 温もりが伝わってきた。見上げたらいつの間にかお姉様が私の側にいて、私の肩に手を添えて見つめてきていた。その面持ちは今まで見たことがないぐらい、私を心配しているようだった。


「私のことが見える? はい、私は指を今何本立ててる?」

「え、と……三本です」

「よかった。もしかしてトラウマが蘇った感じ? 気分を悪くしたなら続きはまたの機会にするけれど」

「あ、いえ……大丈夫です。気にかけていただいてありがとうございます」


 お姉様はこんなにも私に優しくて、親身になってくれる。私の自慢のお姉様、大好きなお姉様。前回の時も素晴らしかったけれど、今回のお姉様となら上手くやっていけると信じられる。


 だからあんなふうに私を欺くお姉様は、私を嘲笑するお姉様はもういない。いないはずなのに、どうしても脳裏に蘇ってしまう。もう大丈夫と自分に言い聞かせても、どうしてもひょっとしたらって思ってしまうんだ。


「え、と……。私の異能のことでしたっけ。はい、おかげさまで皆さんに迷惑をかけない程度に抑え込めてます」

「そのようで安心したわ。ただ、異能はある日突然強くなったりするから、定期的に閣下に診断してもらいなさい」

「分かっています。私の異能は……絶対に封じていないといけませんから」


 唇を固く結び、両の手を握りしめる。

 そんな力のこもった私の手に、お姉様の手が添えられる。

 思わず見上げた先のお姉様の顔は、まるで聖母像のように慈愛に満ちていた。


「……。リリアナ。今日私が貴女の異能について切り出したのは、別にリリアナを咎めたいからではないの」

「……。へ?」

「そうね……。どこから説明しましょうかしら。その前に確認だけれど、リリアナはこの先何が起こるかは知っているの?」

「……。はい」


 もうごまかせない。私は観念して……いえ、問い詰められて自白したんじゃない。今のお姉様になら話しても大丈夫、そんな確信と共に自然と告白していた。


「おそらくその怯えようから察するに、人生をやり直している最中でしょう。前回は自分の異能で混乱を巻き起こして、私や侯爵閣下に断罪された。違っていて?」

「……! やっぱりお姉様も……!?」

「あー、いえ。うーん。私の場合はちょっと事情が違っていて、舞台をやり直す度に女優が変わる、かしら? 台本はあらかじめ渡されるけれど、前回どんな劇がどんな結末を迎えたか、までは知らないの」

「女優が……! 道理で……」


 例えが凄く分かりやすい。同じセシリア・エルフリートでも演じている人が違っていたら、そりゃあ別人のように変わっていてもおかしくない。魅了の魔女にどう向き合うか、を自分で決めていいなら、断罪の次が和解でもおかしくない。


「それで、やり直せてる理由なんだけれど、マリア母様の異能の効果だったわ」

「……!?」


 母様の、何ですって?


 それからセシリアお姉様は、私が出かけている間に母様と会話した内容を私に説明してくれた。


 母様が公爵夫人と親しい間柄だったとか公爵様とは元々婚約寸前だったとか、挙句の果てに伯母が催眠の異能で国家を転覆させかけた?

 頭が膨大な新情報の処理で沸騰しそうだ。


「ただね、マリア母様が何度やり直しているかは正確には分からないわ」

「え? でも、前回と今回で一回目なんじゃあ……?」

「リリアナがやり直してセシリアが役者交代になったのが今回で、必ずその前があったでしょうね。最低でも、リリアナが魅了の異能で逆ハーレムを築いた、って結末はあった筈よ。でないとセシリアがリリアナを排除して「ざまあ!」なんてしないわ」

「あっ……!」


 なるほど。私が魔女に堕ちていた場合もあるのか。

 それで私が前回のセシリアお姉様に受け入れられなかったのも頷ける。

 もっとも、あくまで今のセシリアお姉様の仮説が正しければ、だけれど。


「私が言いたいのは、今回が駄目でも次回に期待しましょう、は無し、ってこと。次回もやり直せるとは限らない。今の私たちには今の人生に全力を注いで、奇跡を期待しちゃ駄目よ」

「……はい。承知しました」

「そのうえで一つ、王立学園に通い始める前に確認しておきたいことがあるの」

「もしかして……」


 私は自然と眼鏡のツルを触っていた。

 

「リリアナ、貴女は本当に異能を使わないと誓える?」


 お姉様は、私に魔女となるか否かを問うているのだ。

お読みいただきありがとうございました。

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