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20/23

◆セシリアは継母から過去を聞く

 公爵家にリリアナとマリアの母娘がやってきてからだいぶ経った。


 幾人かの使用人たちは愛人なんか連れ込んだら公爵家の品格が~云々って危惧してたけれど、完全に杞憂に終わった。リリアナが原作乙女ゲームと違って少しでも早くなじもうと邁進していたのもあったけれど、一番の要因はマリアでしょうね。


 主人公は偶然異能を持ってしまった以外は凡庸であるべし、ってこだわりがあってか、リリアナ周りにはお涙頂戴的な過去話が無い。マリアは没落して平民になった元貴族令嬢って情報がせいぜいあっただけで、彼女については私もほぼ何も知らなかった。


 なので、マリアが新たに公爵家の女主人になってから、無難にこなしている姿を見て、とても驚いたわ。さすがにお母様ほどではないけれど、立場を振りかざす傲慢さもなかったし、愛人だからと侮る古参の使用人には毅然とした対応を見せたし。


 それから、マリアは亡きお母様のことを大事に扱ってくれた。お母様の残した品々は決して勝手に処分しなかったし、カーペットやカーテンも自分の好みに合わせて変えようとはしなかった。新調する際も私や使用人たちの意見を聞いた上だったし。


「あの方は昔から美的感覚に優れていたから、私が手を加えなくても充分なのよ」


 マリアはお母様が指示して配置された家具を眺めながら微笑んだ。

 愛人が本妻を嘲笑する、または憎悪する、といった良くある女の争いと無縁だった。

 むしろ、マリアはお母様のことを思い出して懐かしんでいるようだった。


 困惑する私を見つめたマリアは自分の私室に招き入れた。

 彼女は侍女に席を外してもらい、部屋の中には私と彼女の二人きり。

 テーブルを囲んでささやかにお茶とお菓子を楽しんだ後、マリアは真剣な目で私を見つめてくる。


「ねえ、セシリアさん。貴女、人とは違った事情を抱えていたりはしないかしら?」


 口の中に何も含んでいなくてよかったわ。そうじゃなかったら噴き出していたかせき込んでしまったかもしれないもの。あまりに単刀直入だったものだから取り繕う余裕すらなかったし。


 厳しさとはほぼ無縁、温厚を絵に描いたような女性が、まるで得体のしれない存在のように見えてならない。自然と恐怖心を覚えてしまい、怯むわけにはいかないと自分の太ももをつねる。痛い。


「マリア母様、おっしゃっていることが良く分かりませんわ。公爵家の娘であり王太子殿下の婚約者である私は特別だと言って差し支え無いでしょう」

「んー、そうねぇ……私の見立てだと、今回はセシリアさんとリリアナ、かしら?」


 がちゃん、と食器が鳴る音がうるさい。視線を落とすと自分が持っていたはずのティーカップが皿に落ちていた。中に少しだけ残っていたお茶がテーブルクロスを染め上げていく。


 一体何を知っているの? 原作乙女ゲームだとただの脇役に過ぎなかったヒロインの母親が何故メタ発言を? どこまで知っている? まさか、リリアナが未来で成功するために今のうちから私を破滅させようとしてるんじゃあ……?


「ごめんなさい、いきなり言われても分からないわね」


 困惑と動揺でいっぱいになる私を前にしても、マリアはのんびりとした調子を崩さない。それどころか私がこぼしたお茶のおかわりをカップに注いでくれる。


 おおお落ち着くのよセシリア・エルフリート。私は誇り高き公爵令嬢でしょう。どんな時でも余裕を持ち優雅であれ、よ。親しい者には懇意と慈悲を、敵対する者には容赦ない破滅を、よ。


「マリア母様が何をご存じなのか、私、とても興味がありますわ」

「ごめんなさいね。私、何も知らないの」

「では先ほどのお言葉の意味をお聞きしても? 私とリリアナが人とは違った事情を抱えている、でしたか」

「私を「バッドエンド」させないための回帰の異能。その対象は未来に大きく影響する選択が出来る身近な人らしいの」


 異、能? 回帰の異能って何よ?

 そんなの原作乙女ゲームの裏設定にも無かったじゃないの。

 それとも、主人公ヒロインの特権ともいえるゲームのセーブ&ロード機能を現実世界に落とし込めばこうなるのかしら?


「これを話したのはセシリアさんで二人目ね。一人目はセシリアさんのお母様によ」

「お母様に!?」


 はしたなくも今度こそ大声をあげて驚いてしまったわ。

 すぐに恥ずかしくなって椅子に座りなおす。

 そんな私を微笑ましく見つめる様子は、本当にマリアが私のお母さんになったようだった。


「私が没落した貴族の家出身なのは旦那様に聞いているかしら?」

「え、ええ。どこの家だったかまでは教えていただけていませんが」

「名を語ることも憚られる大罪を犯した家、とだけ言っておきます」


 それからマリアは静かに自分の事情を語り始める。


「私の実家はね、異能持ちが生まれやすかったの。私と姉も例外じゃなかった。とは言っても、私が異能持ちなのは判明出来ても、どんな異能なのかは分からなかったわ。それはそうでしょうね。私が命を落として初めて発動する上に、過去に影響を及ぼせるのは私自身じゃないんだもの」


 この話が本当なら、私が原作乙女ゲームを知ってる社畜OLの記憶を思い出したのは、もしかしたらマリアの異能の効果かもしれない。そして、リリアナがゲーム開始前に別の選択を取り始めたのも……。


「私とセシリアさんのお母様、ロベルタ様とはお友達の間柄だったの。ロベルタ様を介して今の王妃陛下とも親しかったわ。私たちがセシリアさんぐらいの年だった時は、私が旦那様と婚約関係にって話は進んでたし、ロベルタ様には仲を誓い合った別の方がいらっしゃったのよ」

「それは、初耳です……」

「あの件は王家から戒厳令が敷かれたからよ。セシリアさんは特別な事情と持っているから、特別に教えちゃうけれどね」


 お父様とマリアが相思相愛だったのは、むしろ過去のいきさつを踏まえればむしろ当然だったのか。そこからどうして様変わりして今に至ったのか、は、闇に葬られた過去をマリアに語ってもらうしかないわね。


「王立学園に通い始めてから少ししてから、だったかしら。ある日、突然ロベルタ様が変わってしまったの」

「変わった、ですか? お母様が?」

「私の姉が魔女になって逆ハーレムを築き、自分たちは破滅した。やり直せる過去に戻ってきたんだ。彼女はそう語っていたわ」

「っ……!」


 ハレムって単語はこの世界にも存在するから、逆ハーレムって表現自体は不思議でもない。けれど、女が大勢の男を侍らす、だなんて空想物語だからこそ許されるんであって、実現させるなんて正気の沙汰じゃない。


「姉の異能は催眠。ちょっと眠気がある人を眠りに誘うだけのささやかな能力……だった筈なのに、いつの間にか姉の異能は変貌してしまったの。王立学園に集うやんごとなき家柄の殿方を意のままにするものへと……」

「確か、お母様が王立学園に通っていた時期も、王族の方を初めとして今国を支える現役世代の方々が通っていらっしゃいましたね」

「ロベルタ様は決して多くは語ってくれなかったけれど、地獄を見てきたのは想像がつきます。だから私もあえて聞かなかったわ。ただ、一緒に未来を変えましょうって誓いあって、最終的に姉は断罪されたの。……ただ、多くの巻き添えが出てしまったわ」


 お母様の本来の婚約者であり、公爵家の嫡男だった伯父。当時の王太子殿下。他にも催眠の魔女の虜になってしまった殿方は、催眠が解けた後も心奪われたままだった。そのため、廃嫡や国外追放などの処置がされ、逆ハーレム騒動は記録から抹消された。


 催眠の魔女は断罪の最中に暗殺された、とだけマリアは語った。きっとそれ以上問い詰めてもマリアは話してくれないでしょう。それほどの急展開で諸悪の根源は報いを受けた、とさえ分かれば充分ね。


 マリアは異変を解決に導いたとして家自体の責任は軽減され、家そのものを歴史上無かったことにされた。当然だけどお父様との婚約話は無しになった。お母様の婚約相手、つまり公爵家後継者はお父様にスライドされたんだそうだ。


「ロベルタ様は旦那様と良好な関係を築いたし、公爵夫人としての義務も果たした。けれど、姉の毒牙にかかった婚約者に愛を踏みにじられたロベルタ様は……旦那様を異性として愛せなかったのだそうよ。壊れた心はもう直せない、硝子細工みたいにね、だったかしら」

「それで……マリア母様との関係を続けるお父様への反応が淡泊だったんですね」

「リリアナを授かったのは旦那様がロベルタ様と婚姻する前、私と旦那様の別れの時ね。リリアナのことは黙っているつもりだったのだけれど、ロベルタ様がはっぱをかけて旦那様が調べたせいで見つかっちゃって。それで今に至るの」


 公爵家の娘としての私も、原作を熟知する社畜OLとしての私も、どちらも知らない秘められた過去。まさかそんなとんでもない騒動が埋葬されていたなんて。


 お母様……お母様もまた運命に立ち向かっていたんですね。お母様がお父様を愛していなかったって知ってとても悲しかったけれど、それでもお父様はお母様を大事にしていました。出来れば……もっと愛されているって自覚を持ってほしかったです。


 さて、とマリアは一旦区切ってお茶でのどを潤した。


「シュナイダー家の新しい当主様が直々にリリアナの面倒を見ているんですもの。リリアナはよほど厄介な異能を持っているようね」

「暴露しますと魅了の異能持ちですわ。本来でしたらこの時期には公爵家の者は悉く彼女の言いなりでした」

「……。何と言うか、ごめんなさい。私たちの事情に巻き込んでしまって」

「謝る必要はありません。リリアナも望んで異能を行使していたわけではありませんでしたから」


 原作乙女ゲーム、コミカライズ、ノベライズ、アニメ、どの媒体でも一貫して、リリアナに悪意は無かったわ。無自覚な罪こそあっても、自分からは最後の一線だけは越えなかった。良く言えばいい子で悪く言えばお人よし、それが彼女よ。


 過去を踏まえても私のやることは変わりやしない。リリアナにはこのままヴィクトール様ルートに入ってもらって、他の男性を魅了させない。私は早々に舞台から降りて観客席から眺めるだけにする。これで完璧ー。


「お話を聞いてくれてありがとう。少し心が楽になったわ」

「あら。リリアナをよろしく、みたいなことはおっしゃらないのですね」

「……私の異能の対象になったのなら、私から言えることはもう何も無いわ」

「そんな顔をなさらないで。穏便に済ませてみせますから」


 それでも、事情を知っているのと知らないとでは大違いね。異世界転移したからくりも納得できるレベルになったのは大きい。ただ、代わりと言っちゃなんだけど、一つ恐ろしい仮説を立ててしまった。


 初期のリリアナの私への警戒心、アレ間違いなく前回の私を恐れてよね。


 あそこまで徹底して自分の異能を封じ込めたほどだから、よほど前回の私は苛烈にリリアナを陥れたのでしょう。それは今の私じゃないし、統合前の私でもない。つまり、私じゃない私がリリアナを破滅させたことになる。


 ……なら、今回失敗したら、次は私じゃない別のプレイヤーがセシリアになるんじゃないかしら?


 上等。もともと一発勝負のハードコア状態だったんだもの。マリアの異能でやり直せるなんて忘れたっていいわ。勝利者はこの私と今のリリアナ。そのために全力を注ぐって決めたんだもの。


 もうそろそろ王立学園に通う時期だし、これからが本番。


 見ていなさい。私が華麗にグッドエンディングを迎える姿をね。

お読みいただきありがとうございました。

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