リリアナは湖畔を散策する
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いよいよ湖畔に行く当日になった。
前回も行ったことあるけれど、あそこは季節ごとに見える景色が違うので、何度行っても飽きない。ちょっとした遠出にはもってこいなので、王都から足を運ぶ人が多いのも特徴で、通年で賑やかな場所だ。
王都の水源の大半を担う河の上流に位置する美しい湖。晴れの日の水面は奥の森や山脈がまるで鏡映しのように映し出される。鳥ばかりでなく動物も姿を見せて豊かな水でのどを潤したり水浴びすることもある。
「わぁ……!」
そんな壮大な景色を目の当たりにして、ロゼリア様は感嘆の声をあげた。
無理もない。何度目かの私だって圧倒されるぐらいだから。
あまり表情を変えないヴィクトール様もさすがに目を奪われているようだった。
「綺麗……」
「ああ」
星を散りばめたように輝く水面を見つめながら、侯爵様も呟いた。
「このようにゆっくりと見るなんて随分と久しいな」
「その言い方ですと、見る機会自体は結構あるように聞こえますけど」
「王都から日帰りできる距離だからな。王都とこことを往復で走る訓練を組む場合もある。そんな状況下では何の感慨も湧かないものだ」
「それは確かに……」
それは風情もへったくれもありやしない。
ヴィクトール様が息を荒げながら走る様を想像して思わず笑ってしまった。
さすがに今日はこの光景を楽しみに来た人たちばかりなようだ。
「あと、もう少し温かい季節になったら、この湖を端から端まで泳ぐ訓練もある。水泳は全身の筋力を使い、体力も必要とするから、もってこいだ」
「それ、聞いたことあります。見たことないですけど、人はこんなに長い距離を泳げるものなんですね」
「漁師や船乗りでもないと泳げなくても問題無いからな。だが泳げるようになれば水難事故で命を落とす確率を少しでも減らせる」
「でしたら今度教えてください。泳ぐのって楽しそうなので」
せっかくなので湖畔を一周することにした。
王都の人達が頻繁に訪れることもあって湖畔周りの道は舗装されていた。湖の落ちないように柵が設けられているし、所々に休憩用の椅子もあるし、何ならお店で少し飲食も出来るしで、至りつくせりだ。
「綺麗ですね。絵で見るよりずっと眩しくて、美しくて……」
「ロゼリア、疲れていないか? 歩けそうにないなら遠慮せず言ってくれ」
「まだ大丈夫です、お兄様。自分の限界は分かっていますから。ですが……次のお店で少し休みたいのですが、いいでしょうか?」
「勿論だ。時間はたっぷりとあるからな」
現役を退いた老人でも楽しめるよう過剰ともいえる充実した設備だけれど、今回ばかりは整えた方々に感謝したい。ロゼリア様はヴィクトール様の手を取りながら散策していたけれど、途中で少し息が荒くなってきたから。
ヴィクトール様は逐次ロゼリア様の体調を窺い、無理をしないように適度に休憩を挟んだ。それでも決してロゼリア様をおんぶ抱っこして進もうとはしない。これはロゼリア様の頑張りを尊重しているからで、いざという時は躊躇しない気だ。
椅子に腰を落ち着けている間、私たちは静かな時を過ごす。風が木々とほおを撫でて、時折行き交う人々の賑やかな会話を聞いて、小鳥のさえずりが耳を楽しませた。
「本当、いつまでも見ていたいですね……」
「ああ。許されるのならな。しかし人は社会的地位にもとづいた使命を果たさなければならない。その責任からは逃げてはいけない」
「はい。名残惜しいですけれど、気分転換に留めておくのが一番いいんでしょうね。でも、こうして心洗われる時間って重要だと思うんです」
「そうだな。ロゼリアやリリアナと時間を送ると、私はそれを思い知る」
途中途中で休憩を挟んでも、やはりロゼリア様の体力はもたなかった。事前に決めたとおりヴィクトール様がロゼリア様をおんぶして運ぶ。少し恥ずかしそうにしながらもロゼリア様はヴィクトール様の背中に寄りかかった。
「ごめんなさい。最後まで歩けなくて……」
「謝るな。元より想定内だ」
「ですが、私ったら重くないですか?」
「むしろもう少し食を良くして体重を増やしてもらいたい。軽く感じる」
「リリアナから元気を貰えたと思ったんですけれど、まだまだですね」
「そんなすぐ回復はしまい。焦らずに着実に体力を戻していけばいい」
ロゼリア様は残念そうに湖を眺めた。浅い所では子供たちが元気にはしゃぎながら水かけをしている。それから……あれ、湖を泳いでる人もいるなぁ。まだ温かい季節じゃないのに。しかも結構年を召しているのに。
「人って水に浮くんですね……」
「風呂で試そうとするなよ?」
「んもう、お兄様ったら。さすがに私でもそれぐらいは分かります」
「浮くだけなら簡単ですよ。身体から力を抜いて、息を吸ったままでいれば浮かびますから」
「湖ならな。河や海では無理だ」
ですが、と泳ぐ人を見つめながら私は続ける。
「ロゼリア様は、以前より元気になっています。きっと、いつか泳げる日が来ます」
「……そうだな」
侯爵様が小さく頷いた。
「リリアナが言うなら、そうなる気がする」
「え?」
「リリアナの言葉に影響されてここまで回復した。それは確かだ」
ヴィクトール様が私を見つめた。その視線には決して異端審問官の職務として魔女を睨む鋭さは無く、身内に送るような温かさが伴っていた。
「リリアナの『大丈夫』『元気になる』という言葉が、妹に希望を与えた。本当に魅了の異能に影響されているのかもしれない」
「異能の……」
「だが、それは悪い使い方ではない。人を傷つけるのではなく、励ます。それなら……許される使い方だと、私個人は思う」
侯爵様の言葉に、涙が出そうになった。
異能は、必ずしも呪いではない。
使い方次第では、人を幸せにすることもできる。
「ありがとうございます、ヴィクトール様」
「礼を言うな。事実を述べただけだ」
侯爵様は相変わらず無愛想だったけれど、その横顔はとても優しい。




