リリアナは日帰り旅行を計画する
ヴィクトール様とロゼリア様と頻繁にお会いするようになって少し経った頃、ロゼリア様の体調もだいぶ良くなってきた。王都内の名所を見て回れるようになってきたので、今度は少し王都から離れてみよう、ということになった。
「王都から日帰りできる湖畔はいかがでしょうか?」
「そうだな。妹が屋敷から外に出なくなってから久しい。そろそろ自然を見せてやるべきだろう」
さすがに出かけ先で泊まれるほどの体力は無いため、のどかな平野や田園風景を眺める以外に魅力的な場所となれば、湖畔と森林ぐらいでしょう。いずれも人の手が行き届いている観光名所だ。
「あの、ヴィクトール様。少し疑問に思ったんですけど」
「何だ?」
「ロゼリア様を領地で静養させなかったのは何故でしょうか? 側に置いておきたかったからですか?」
「人の目が無く静か、という以外の利点が無い。シュナイダー家の王都の屋敷はそれなりに広く、隣を気にしなくても良い。そして、シュナイダー家お抱えの医者を王都から出すわけにはいかないのでな」
なるほど。それでロゼリア様は王都で療養しているのか。
「今はこの選択は正しかった、と断言出来る。リリアナに出会えたからな」
「っ……」
ロゼリア様が快方に向かって良かった、という意味で言っている。
頭の中ではそれが分かっているのに、ヴィクトール様の言葉が頭で反響する。
だって、その声はまるで私のことを……しているみたいに優しかったから。
「そ、それはそうと、湖畔にはお店もありますけれど、日帰りする人は大抵昼食を持参するようです」
「なるほど。……ロゼリアでも口に出来るような持ち運び可能な軽食とは何だ?」
「お屋敷の料理長に相談して準備いただくのがいいかと。私もちょっとこちらの料理長に聞いてみますね」
「それには及ばない。リリアナの分の昼食もこちらが準備する」
「いいんですか?」
「無論だ。期待しててくれ」
そう仰るとヴィクトール様はにやりと笑った。
◇◇◇
「お嬢様ー。朝ですよー」
「……う、ううん……あとちょっと……」
「今日はお嬢様ぞっこんの閣下とデートなんじゃなかったんですかー?」
「……。……! そ、そうだった! すぐ準備しなきゃ……!」
当日、日が昇ってすぐに私は侍女に起こされた。慌てて着替えたり化粧したり髪にヘアブラシを入れる……前に侍女に一式を取り上げられる。
なお、この時デートだと言われたのだとはっきり認識したのはだいぶ後だ。
「お嬢様は大人しくそこに座っててください。私が一から十までやりますんで」
「で、でも……」
「大人しく、座って、されるままに、なってください。いいですね?」
「は、はい……」
濡れタオルで顔を拭き、化粧を施され、髪を結い、外行きの軽装ドレスに身を包む。完成した私を大鏡で確認。……他人を意のままにしようと自分の魅力を最大限生かした女らしい令嬢ではなく、清純さが際立つ少女が目の前にいた。
ちょっと見た目を変えるだけでこんなにも印象が違うことを再確認した思いだ。私の反応に侍女は道具をしまいながら満足そうに頷いた。前回を通しても彼女がここまで会心の出来のように喜ぶのは随分と珍しい。
「朝食は準備済みです。出発は閣下が迎えに来るんでしたよね?」
「ええ。大聖堂が鐘を鳴らす時刻に来るって仰ってたわ」
「あまり時間に余裕がありませんね。さっさと食べちゃいましょうか」
「ふふっ。私、早飯は得意なんです」
ただしテーブルマナーを度外視する、って注釈は付くのだけれどね。
食堂まで足を運ぶと、セシリアお姉様が既に食事を開始されていた。
ぎょっとして立ち止まっていた私に気付いたお姉様は、私に微笑みかける。
「おはよう、リリアナ」
「おはおうございます、セシリアお姉様」
「鳩が豆鉄砲を受けたようだったけれど、そんなに私が早起きしたのが意外?」
鳩が豆鉄砲? きっと私の知らない外国の比喩なんだろう。
「規則正しい生活を送っていらっしゃるお姉様なら、いつもより早く起きても不思議ではありません。けれど、食事の時間をずらすのはとても珍しいかと。なにか用事があるんですか?」
「単純に外出するリリアナを見送りたかっただけなのだけれど?」
「え?」
「今度は藪から棒、かしらね」
またお姉様が私に通じない比喩を呟く。
お姉様は私とヴィクトール様やロゼリア様との交流がとても気になるようだ。聞き耳を立て、様子を窺い、時にはお二人と言葉を交わす。お姉様は別に私のことを悪く言ってるわけではなく、親交度合いの進捗を確認しているみたい。
……前回を踏まえると、魔女として私を断罪するヴィクトール様を真っ先に籠絡されることを警戒している、とも解釈される。私が不穏な動きを見せれば、お姉様はすぐさま私を破滅させるべく動き出すんじゃないか?
いえ、単純に姉として妹を案じているだけかもしれない。
必要以上に疑ってお姉様の印象を悪くしたくはない。
真正面から事を荒立てないなら、私も平然を装うまでだ。
「きっかけはどうだったかは私には分からないけれど、打算抜きで楽しんでいるようね。侯爵閣下も、リリアナも」
「え?」
そうかな……? そうかも……。
少なくとも、私はもう魅了の異能抜きにあの方と会うのを楽しみにしている。
ヴィクトール様はどうなんだろう? ロゼリア様は?
「単なる親しい友人関係で終わらせるか、これから踏み込んでいくのか。一時的な感情に惑わされず、しっかりと考えてから選択なさい」
「はい、お姉様」
「迷うようなら私が相談に乗ります。だから一人で溜め込まないこと。いい?」
「ありがとうございます」
お姉様がとても優しい。初めて会った時からずっと思っていたけれど、今度のお姉様は私に寄り添ってくれている。そしてそれは決して一方的なものじゃなく、私もまたお姉様が好きになって近寄りたくなるぐらいに。
おかしいと思う。前回は私を目の敵にして、破滅させ、命を散らそうとしている私を嘲笑したお姉様が、魅了の異能を抑え込んだだけでこんなにも違うのか、と。お姉様がお姉様なのは疑いようもないのだけれど、なんだろう、この違和感。
「上手く言語化出来ない……」
「ダブルキャストのようだ、かしら?」
思わず呟いた独り言に返答したお姉様は、満足そうにはにかんだ。
「ダブルキャスト……?」
「今度王立劇場に行ってらっしゃい。同じ舞台、同じ脚本、同じ役でも、俳優が別なら全く違った劇になるものよ。今やっている劇は令愛が成就する明るい題材だったから、丁度いいでしょう」
「いえ、言葉の意味は分かりますけれど、お姉様が何を仰っしゃりたいのかが理解出来ません」
「目の前にいる姉はセシリアなのにセシリアじゃない。大方そう考えたんじゃないかしら?」
心臓が飛び出そうになるぐらい驚いてしまった。
お姉様が聡明なのは充分に分かっていたのに、お姉様はいつも私の想像を遥か越えていく。
「リリアナの中のセシリア・エルフリートがどうだろうと、ここでは私がセシリアよ。なら、今は私と向き合った方が建設的ではなくて?」
「お姉様……」
お姉様は何か知っている。私が知らない何かを。
けれどそれを説明されようがされまいが、私には多分重要じゃない。
なら、今は疑問に蓋をして、ありのままを受け入れるだけだ。
「さ、早く食べないと、閣下が来ちゃうわよ」
「ああっ、いけない!」
私は慌てて朝食を胃袋に詰め込んだ。テーブルマナーについては今回ばかりはお姉様も見逃してくれた。お姉様が食器の音を立てずに済ましたのとは対称的だ。
は、恥ずかしくて穴があったら入りたい気分だ……。
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