◆セシリアは婚約者を選ぶ(後)
「まずはお悔やみ申し上げる。公爵夫人は私から見ても素晴らしい淑女だった」
「ありがとうございます。王太子殿下からお褒めのお言葉を賜り、天に召された母も喜んでいるでしょう」
「……本当か? 夫人からは「まあ、ちょっと前までお子様だった殿下から大人びた賛辞を頂戴するなんて、成長しましたわね」と言われそうだ」
「ふふっ。お母様と王妃陛下は友人関係でしたから、お母様は殿下とも親しかったですものね。ですがお母様でしたらきっと殿下のご成長を喜んでいますわ」
私、エドヴァルト様、クラウス様の三人でのお茶会が始まった。
給仕係すら席を外している状況で、口火を切ったのはエドヴァルト様だった。彼は私と顔を合わせると気さくに語りかけてくれる。時には私を気にかけてくれ、時には私を楽しませてくれる。彼と一緒なら共に支え合っていけるでしょう。
「王子妃教育は順調と聞いているよ。教育係も太鼓判を押していた」
「教育してくださる方々が上手に教えてくださるので、とてもありがたい限りです」
「あとは兄上か私のどちらの妃になるかで教育の方針を変わる所まで来ているらしい。母上がそろそろ婚約関係を結びたいと決めたのは、これも大きいようだ」
「そうだったのですね。評価頂けているとは嬉しいですわ」
クラウス様も私にとても優しい。美術館や劇場にも誘ってくれたし、二人で王宮の庭園も見て回ったこともある。それに、クラウス様は自分なら私を支えて公爵家を守り立てる、と誓ってくださった。
両殿下はどちらも魅力的で甲乙つけがたい。
だからこそ、原作ではお父様やリリアナ憎しでクラウス様の手を取った。
今回は……その原作の要素で考えが変わってしまっている。
(ないわー。嫌われるって分かっておきながらクラウス様を選ぶなんて、絶対ありえないでしょう)
婚約破棄されるのは第二王子ルートだけとは言え、基本的に第二王子は主人公に好意的なのよね。だから、第二王子が悪役令嬢を大切にする場面はバッドエンドなどの一部しか原作には存在しないのよ。
そりゃあ原作の知識を駆使すればフラグをことごとくへし折って、クラウス様に私だけ見てもらうことも簡単。けれど、そこまでして第二王子を死守して、公爵家を自分の手で守り抜くことに意義があるのか?と問われると……無いわね。
「公爵殿は新しい家族を迎え入れたそうだね。彼女たちとは上手くやっているそうだと、風の噂では聞いているよ」
「ええ。巷ではお父様が愛人を迎え入れた、だの、お母様への不義理だ、だのと言われていますが、お母様の一定の理解を得た上だ、と申しておきます」
「聞けば継母は平民だそうじゃないか。気に入らないなら、この縁組が無効となるよう根回ししようか?」
「お父様も母親を亡くした私が寂しい思いをしないように、との思いもあってのことでしょう。マリア様とは良好な関係を築けていますので、どうかこのまま見守ってください」
今のところリリアナは公爵令嬢としての教育を真面目に受けているし、思わず得た立場を振りかざして横暴を働く様子も無い。公爵たるお父様の血を引いているのは確かなんだし、だったら彼女に任せちゃってもいいんじゃないかしら?
そのように現状を整理してみると、結局のところ私の気持ち次第ってことになる。エドヴァルト様か、クラウス様か。どちらの手を取るかでこの先の展開が大きく変わっていくので、とても重要な選択ね。
「エドヴァルト様。私と添い遂げた暁には、貴方様は私に何をもたらしますか?」
「王妃の座……は多分セシリアが求める答えじゃないんだろうね」
「ええ。結局のところ、私が幸せになれるか、が一番重要ですので。それが叶うなら王妃だろうと酒場の看板娘だろうと構いませんわ」
これは散々原作でセシリアが煮え湯を飲まされたことの教訓とも言えるわ。公爵家の娘としては本来個人の愛だの幸せだのは二の次なのだけれど。
「私ならセシリアを絶対に退屈させないかな」
「具体的な構想はあるのですか?」
「年に二回か三回はどこかに出かけよう。海でも山でも別邸でも、そしてたくさん思い出を作っていこう。セシリアが笑顔になってくれたら私も嬉しいんだ」
「それは素敵ですわ」
それは……有りね。
ずっと王宮に缶詰め、たまに外交や視察で各地を回るだけでは息が詰まるもの。
「そして、私はセシリアを一回しか悲しませない」
「へえ、その私を一回悲しませる事について詳しくお聞きしたいですね」
「私はね、今際の際でセシリアに「愛している」と呟き、セシリアに「私も愛しています」と涙ながらに伝えられて看取られたいんだ」
「それは決して叶わぬ願いですわね。その場合、むしろ逆に私が殿下と子供たちに見送られながら天に召されたいですもの」
エドヴァルト様は満足そうに紅茶に口を付けた。心做しか、隣に座るクラウス様が妬ましくエドヴァルト様を見つめていたけれど、すぐに普段私に見せる爽やかな様子に戻る。
「それではクラウス様は、私に何をしてくださりますか?」
「勿論、私はセシリアと支え合っていく。私とセシリアならきっと王国であれ公爵家であれ、私たち二人なら益々栄えていくだろう」
「ではお聞きしますが、私が公爵になった場合、妹のリリアナや新しく母になったマリアはどうしますか?」
「リリアナ嬢には然るべき縁談を、マリア夫人は現公爵殿と共に穏やかな毎日を送っていただくつもりだ」
きちんと私の家族のことを考えてくれているのは好印象ね。本当、現時点ではクラウス様も失点が無いと言っていい。
逆を言うと、それで彼のことを信用したためにセシリアは過酷な運命をたどることになる。それは決して忘れてはいけない。
「なるほど。リリアナは私から見てもとても可愛い少女なんです。もしかしたらクラウス様も気にいるかも知れませんわね」
「はっはっはっ。ご冗談を。私はそんなよそ見するような不誠実な真似はしない。セシリアだけを愛し続けると誓おう」
「本当ですか? 人の心はどうにもなりませんので、愛ゆえに冷たくされてはたまりませんもの」
「人は理性で生きる存在だ。万が一恋愛感情を抱いたとして、一時的な気の迷いとして処理出来るものさ」
どの口が、とあきれてしまったけれど、私の知っている未来は言わば神の目線だものね。ころっと心奪われてもしょうがないものはしょうがない。一番腹が立つのは、それまではきちんとセシリアを一番大切にしてくるところだもの。
甲乙付けがたく、やっぱり最後は私の希望に委ねられるわけね。公爵家を重んじつつクラウス様と乙女ゲームのシナリオをぶっ壊していくか、エドヴァルト様の手を取っていち早く運命を乗り越えるか。
「……私、決めましたわ」
なら、当初の予定通りにしましょう。
「エドヴァルト殿下。どうかこのセシリア・エルフリートが共に歩んでいくことをお許しいただきたく、存じ上げます」
私は悪役令嬢をやめるわよ、リリアナ。
この答えを聞いて、二人の王子様は私の予想外の反応を示す。
エドヴァルト様は私が今まで見たことないぐらい表情を輝かせた。
クラウス様は衝撃を受けて愕然とし、わずかに顔を引きつらせた。
「決め手は何だったか、聞いてもいいかな?」
「私が王太子妃となった場合、エルフリート家の後継者が一時的に不在になる懸念がございましたが、妹を迎え入れたことで解消されつつあります。それが建前の理由です」
「それはあくまで私が不利だった条件が対等になったに過ぎないよね。なら、私を選んでくれた決め手を、セシリアの口から聞きたい」
「クラウス様が公爵家とその娘としての私を重んじてくださったのに対して、エドヴァルト様は私個人を見つめてくださったからです」
何も気兼ね無く私が決めていいなら、私を大切にしてくれる殿方を選ぶ。
それが唯一エドヴァルト様が弟君を超えていた要因で、そして一番重要なのよ。
ごめんなさい、クラウス様。でも裏切るかもしれない人は……正直無理。
「どうか、これからよろしくお願いいたしますわ」
「勿論。病める時も健やかなる時も、二人で手を携えて歩んでいこう」
「エドヴァルト様……」
「セシリア……」
この時、クラウス様は潔く身を引き、私たちを祝福してくれたわ。けれどどこか悔しさを滲ませていた辺り、私を想っていてくれていたことは伝わった。この一途な恋にセシリアも心動かされたんだと思うと納得出来た。
けれど、これでクラウス様がリリアナに魅了される展開になる際の障害が消えたことにも繋がる。これで私の出番終了、だなんて油断せずに、最後まで乙女ゲームの本編が終わるまでは見守るとしましょう。
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