ロゼリアは賑やかな市場を散策する
ロゼリア様を連れてどこに行こうか、とヴィクトール様と色々と計画を練ったのだけれど、ロゼリア様からの希望は私の行きつけの場所だった。美術館や国立公園に足を運ぶのはまたの機会にしよう。
「でしたら市場はどうでしょうか?」
「市場、ですか?」
「はい。普段見慣れない物が沢山売ってて、とても賑やかな場所です」
「へええ……、どんなものが売っているんでしょう? 楽しみです」
前回の人生における遊び歩きを参考にするのはあくまで最後の手段。なら、生きるのに精いっぱいな中で数少ない娯楽を思い返し、提案してみた。するとロゼリア様は興味津々な様子で声を高くしてくれた。
ロゼリア様の外出日当日は晴天に恵まれた。
王都の街は空模様に比例するように活気に満ちていた。
石畳の通りを商人や職人、荷物を積んだ馬車が行き交う。露店が並び、呼び込みの声が響く。パンの焼ける香ばしい匂いが鼻をくすぐって、商品をアピールする店主の明るい声が耳を楽しませた。
公爵家に引き取られる前は、ここを歩き回るだけでとても楽しんだ。なけなしのお小遣いで甘いお菓子一つを買うのが一番の贅沢だったものだ。お店の人を手伝ったら少しだけ野菜とかも分けて貰えたっけ。
「凄く多くの人がいます……」
「これでも昼間は落ち着いている方です。降ろしたての野菜や肉が並ぶ朝、夕はもっと混んでます」
「そうなんですか……」
「私から手を離すなよ、ロゼリア。常に私の傍にいるようにしろ」
ヴィクトール様は軍服ではなく、地味な黒い外套を着ていた。それでも長身で堂々とした佇まいは目立つが、わざと顔を隠すようなことはしていない。腰に剣をぶら下げているので、何かがあればすぐに対処するだろう。
ロゼリア様は町娘風の地味な服に身を包んでいた。髪や肌の艶は病弱なのもあって町娘とそん色ないのだけれど、高貴なたたずまいは隠しようもない。ただ、貴族がお忍びで王都を徘徊するのはそう珍しくもないので、悪目立ちしていなければ一般市民は気にしないようだ。
なお、私自身は完全に街に溶け込んでいる。いくら公爵家で高等教育を受けていても、そう簡単に庶民感は薄れないものだ。けれど、以前と比べて衣食住に恵まれているので、血色も肉付きも良くなった自覚はある。いずれはこの市場が他所になる日も遠くないでしょう。
「目は……大丈夫なようだな」
「はい。意識しなければ周りの気を惹かなくなるぐらいまで落ち着いてます」
「違う反応が返ってくるようならすぐに私に伝えろ。いいな?」
「心得ています」
ヴィクトール様は依然として厳しいのだけれど、このように頻繁に私を気にかけてくれる。本当はとてもお優しい方なんだと分かる。
「リリアナ、あれは何でしょうか?」
「南方より仕入れた果物らしいです。とっても甘いらしいんですけれど、高くて私は食べたことがありません」
「まあ、あちらの方は楽器を奏でながら歌を歌っています」
「吟遊詩人ですね。地方の伝承、伝記をあのようにして伝えて回っているんです」
ロゼリア様にとっては見る物全てが新鮮なようで、目移りしていた。興味が惹かれたお店に向かおうとして、慌ててヴィクトール様に手を引かれる場面も何回かあった。ちなみに食い倒れはロゼリア様が食べられる量に限りがあって、ささやかな程度に留まった。
そんな中、ロゼリア様の目に留まったのは、花売りの少女だった。かごいっぱいに色とりどりの花が敷き詰められている。少女は行き交う人に「お花はいかがですか?」と声をかけるも、大半の人には素通りされていた。
「あちらの少女は……?」
「あー、花売りって結構いい小遣い稼ぎになるんですよ。何しろ、やりようによっては原価はタダですからね」
仕入元は貴族のお屋敷。庭に咲いている花は見栄えが悪ければ咲き誇っていても剪定される。少女たちはお屋敷を回って捨てられるだけだった花を恵んでもらい、ああして売っているのだ。
ちなみに、売上的にはあまりよろしくない。毎日花を仕入れられるとは限らないし、生活必須品じゃないから買われるのは二の次になる。本当にお小遣い程度しか稼げないので、お店の手伝いも出来ないような幼い少女しか売り子を見かけない。
そんな少女の籠の中を、今日は薔薇が飾っていた。
珍しい。薔薇は人気が高いし、剪定されても使い道がある。
ただ、薔薇なら侯爵家のお屋敷にもあるし、公爵家の庭にも植えられてる。わざわざ買うほどではない。
「お兄様。あの薔薇、買ってもいいですか?」
そう考えていたので、ロゼリア様のおねだりはとても意外だった。
「薔薇を飾りたいなら後で庭師に命じて部屋に届けさせるが?」
「んもう、お兄様ったら。ここの雰囲気を楽しみたいからに決まってるでしょう」
侯爵様は一瞬、驚いたような顔をした。それから若干考え込んだ後、小さく頷いた。
「……好きにしろ」
侯爵様は布袋から銅貨を何枚か渡そうとし、思い留まって銀貨を一枚渡した。銀貨なら籠の中の薔薇を買い占めてもお釣りが出るぐらい過剰なのだけれど、貴族として恵む意味が強いのだろう。
ロゼリア様はしゃがんで少女と同じ目線になり、色々と語り合ってから薔薇を三本買った。銀貨を手渡された少女は驚きかけたけれど、ロゼリア様は目立たないように、銀貨をそっと少女の懐の中に入れた。
「はい、お兄様」
「私にか? いや、私は遠慮しよう」
「そんなわがままをおっしゃらずに。はい、これでいかがですか?」
「む、う……。悪くない」
戻ってきたロゼリア様は薔薇を一本取り出して、ヴィクトール様の外套に開いたボタン穴に差した。黒尽くめのヴィクトール様に白い薔薇が飾られる。思いの外似合っていた。
「綺麗……」
「ん? リリアナ、何か言ったか?」
「い、いえ! 何でもありません!」
思わず漏れた感嘆の声を慌ててごまかす。
は、恥ずかしい……。
「リリアナは……」
「あ、ちょっと貸してください」
私のどこに差そうか迷っていたロゼリア様から一本受け取り、持ってきていた小型の刃物で棘を全て切り取る。それから私はその薔薇をロゼリア様の髪に髪に刺した。鮮やかな薔薇がかんざしのようにロゼリア様を彩った。
「どうでしょうか? 贅沢な使い方ですけれど、こういうのもいいと思います」
「……。こんな飾り方もあったんですね。知りませんでした」
「野花を冠にも出来ます。平野一面に咲き誇る時期になったらやりましょう」
「はい。是非」
それからも私たちは市場を見て回った。ロゼリア様が疑問に思うことをヴィクトール様は嬉しさを滲ませながら解説して、時にはヴィクトール様がロゼリア様のはしゃぎように戸惑う場面もあった。
とはいえ、さすがにロゼリア様も体力が保たず、市場の端まで到着した頃には疲れが隠しきれていなかった。ヴィクトール様は距離を置いて護衛していた騎士に命じて、馬車を市場の入口まで呼び寄せた。
「リリアナは、妹に優しいな」
馬車にロゼリア様を乗せながら、唐突にヴィクトール様がおっしゃった。
「だって、ロゼリア様は私の大切な友達ですから」
「友達……か」
侯爵様が何か考え込むような顔をした。
「リリアナ」
「はい、何でしょうか?」
「これからも妹のことを、よろしく頼む」
その言葉には、重みがあった。
「やり直し前、ロゼリアは亡くなったとリリアナは言った。病気が悪化したのか、体力が尽きたのか……。それが本当なら、今回こそは妹を救いたい」
侯爵様の横顔に、切実な想いが見えた。
「私も……そう思っています。きっかけは確かに自分の運命から逃れたい一心でしたけれど、今はロゼリア様に元気でいてもらいたい、って心から願います。なので、私にできる限りのことをします」
「……感謝する」
侯爵様が私を見下ろした。その瞳に、信頼の色が見える。
やり直す前、私を処刑したこの人が……今は、私を信頼してくれている。
それが、不思議で、でも嬉しかった。
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