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伯父の命により、高潔すぎて『聖人』と噂の男の元へ行く事になりました。  作者: すずみ
第二章 火は燃え滾り金は煌めきを秘める【下】
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18.追懐の微睡み(下)

 あれから幾年の月日が流れた。

 最後に姿を見かけたのは黒家のあの時で、あれ以来馨草は黒家で黒怜祥を見てはいない。

 聞けば、殆ど黒家に帰っては居ないらしい。

 思うがままに世間を渡り歩いては、片っ端から魔物を退治して回っていると専らの噂だ。

 しかしなんの気まぐれか、山狩りに姿を見せる年があった。それはまだ聯明が山狩りには出てはいない年で、馨草が山狩りに慣れた頃だった。

 黒怜祥は誰もが思った通り、龜北清閑(なかま)とはつるまず、一人で魔物の相手をしていた。

 圧倒的な強さで次々と魔物を倒し、一人で退治した数は恐らくは歴代一。彼女が今年の優勝者なのは明白だった。

 山にいる祓氏の中には、真面目に狩るのが馬鹿馬鹿しくなって、白けてしまった者までいた。


 ──あの黒怜祥が珍しい。


 馨草が天霊山(てんりょうざん)の中で魔物を退治していると、偶然目にしたものに驚かされた。

 それは黒怜祥に山狩りに出ているからではなく、彼女は一人でなかったからだ。

 見た目から彼女と同じ歳頃か、一人の少女があの黒怜祥の側にいたのだ。

 それも衣の色は黒ではなく、黄。

 少女は麒央謹厚(きおうきんこう)の祓氏だった。

 しかし五門家の中でも気位の高い黄家(きけ)が、他の家の祓氏とつるむなんて滅多に見られるものではない。

 稀有な少女が、稀有な少女といる事に、馨草は一世一代の意表を突かれてしまった。

 

 ──相手は誰だ?彼女は黄家の者だと思うが、見た事のない顔だ。


 馨草はある程度の祓氏の顔を覚えているが、その顔には覚えがなく名も分からなかった。

 遠くから二人を見つめる中で、黄衣の少女が黒怜祥に優しく微笑んだ。

 黒怜祥はこちらに背を向けていてどんな顔をしているのか分からない。

 しかしどこか楽しそうな雰囲気を感じ取り、二人が笑い合っているように思えた。


 ──黒怜祥はその娘には笑みを見せているのか。


 馨草は奇異なものを見たと、背を向けて歩き始めた。

 それが馨草が最後に見た黒怜祥だった。










 がたごとと揺れを感じながら馨草はゆっくりと瞼開く。そして正面に座る梓娟を見据えた。


 ──本当に、黒怜祥にそっくりだ。


 聯明から黒怜祥が亡くなったと聞いた時ひどく驚かされた。寿命にしてはとても早く、病にかかったとも思えない。

 とはいえ、百戦錬磨の祓氏が魔物に敗れたなんて想像も出来なかった。

 さり気なく探りを入れてみても、聯明は頑なに理由を話さない。その様子から何かあるのだと悟って、それ以上は問い質す事はしなかった。



 そして、今。

 黒怜祥の存在を忘れていた今、梓娟を見た時は黒怜祥が生き返ったと思って驚かされてしまった。

 黒怜祥に驚かされる事はもうないと思っていたが、何と二度目があったようだ。


 ──突拍子もない彼女なら死しても尚、化けて出てくるのもあり得るかもしれない。


 と、つい納得しかけて黒怜祥には子がいるのを思い出した。

 こんなにも自分を驚かす事が出来るのは彼女ぐらいだろう。そう思うと少しだけ悔しくなって、彼女の娘をからかってしまった。

 黒梓娟は黒怜祥とはまるで違った。

 黒怜祥のような堂々とした性格なのだと、つれない反応を想像し、そして予想が外れた。

 揶揄われて動揺する様子に、こちらが内心戸惑っていた。

 こうも瓜二つだが、性格は違う。あの彼女がどんな風に育てたのか興味をそそられた。


 ──……気の所為、か?


 似た顔をじっと見つめていると、天霊山で笑顔を見せていた黄衣の少女の存在が、不思議と頭に浮かび上がってきた。

 梓娟の笑顔はどこか黄衣の少女を思わせる。

 きっとそれは黒怜祥が笑う印象がないからで、だが今となっては少女の顔も殆ど覚えてはいなかった。

 しかし今になって黄衣の少女の存在も、同時に思い出していた。


 ──黒怜祥と共にいたあの少女は誰だったのだろう?


 あの少女を見かけたのも、あの山狩りだけだった。

 疑問を浮かべながらもう一度梓娟を見る。

 どこか物思いに耽るような瞳。その瞳が誰かを想うものであると悟ってしまった。


 ──ふむ……銀桂にとって漸く良い縁が巡ってきたかと思ったが、これは残念だ。


 ふと馬車の窓の外から、柔らかな風に乗って微かに甘い花の香りが流れ込んできた。

 その甘い香りに胸の中に愛おしさがこみ上げて、馨草はふっと口元を緩ませた。


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