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伯父の命により、高潔すぎて『聖人』と噂の男の元へ行く事になりました。  作者: すずみ
第二章 火は燃え滾り金は煌めきを秘める【下】
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15.とても似ている

 梓娟は前に歩く男に強い警戒心を抱いていた。

 黄葉がはらはらと舞い落ちる中、優雅に歩く姿は品の良さを感じた。


 ──……でも、蒼家とはまた違った上品さだわ。


 蒼家は厳粛故の品位とすれば、こちらは優雅たる品格だ。

 淑やかさと華やかさ。

 東西、対極に拠点を構える二つの一族は、まさに一族の特質も真逆のようだ。

 梓娟が見据える先で羽織りの裾がふわりと靡いた。

 見るからに上質な羽織りの色は白。それは祓氏五門の一門を表徴する色だ。


 ──こんな所で、まさか虎西至美の白馨草に出会ってしまうなんて。


 虎西至美──西方を領有とする祓氏五門の一つ。

 それを束ねるのが白家。霊獣白虎の血を引く一族で、その当主というのが目の前にいる男だった。

 最初に助けてくれた銀桂という名の少年はきっと後継の若君なのだろう。

 思い返せば、南方では赤家の若君に拾われて、西方では白家の若君と当主に助けられる。度重なる数奇な出会いに驚くばかりだ。 


 ──とんだ運命の巡り合わせだわ。


 思わず苦笑いを浮かべつつ、目の前の男へと目線を戻した。

 男は名乗ってなどいないが、いつかの山狩りの際、高座で他の当主たちと歓談してきた男なのだと思い出した。

 さらに銀桂は先ほど「母上たち」と言っていた。白家当主の白馨草は女好きで夫人が沢山いる、というのは有名な話だ。

 なので梓娟はこの男が白馨草なのだと察した。


『五門家の直系は霊獣の血が濃い故に子が出来にくい』


 そんな理由から夫人を複数持つのは珍しい事でもなく、英傑は色を好むとも言う。

 馨草はどちらかと言うと後者だった。


 ──白馨草にはとある噂があるのよね……。

 

『白家の当主は、名家のお嬢様だった一夫人(いちのふじん)を家へと迎え入れる日、事もあろうか身重の愛人までも迎え入れ、同時に婚礼を挙げるという前代未聞の事をやって退けた』


 本当に前代未聞は話だ。

 さらに、その後も夫人を何人か迎え、歳がまだ三十と少しで子供が何人かいるらしい。

 梓娟は馨草と話した事もなければ顔を合わせたのもこれが初めてだ。

 なので彼を深くは知らないが、噂から女好きという印象を持っていた。

 そう、()()()()()()()()()()()()()()()()

 なのに彼は梓娟の名を言い当てた。


 ──この人、どうして私を知っているの……?


 梓娟はそれが不思議でならなかった。

 おまけに今自分は龍東万雷の衣を纏っている。それなのに黒家の者なのだと迷いもなく言い切ったのだ。

 警戒心から目を鋭くさせて馨草の背中を睨んでいると、前を見たままの馨草が「ふふっ……」と小さく息を漏らした。


「強い視線を感じる。背中が射抜かれてしまいそうだ」


 馨草はくすくすと笑いながら足を止めて振り返り、突然の事に梓娟はびくりと肩を揺らす。

 浮かべる笑みには余裕が感じられ、何を考えているのか読めない。笑顔に見えない圧のようなものまで感じ、たじろぎながらも負けじと表情を引き締めた。


「なんて怖い顔だ、それでは愛らしい顔が台無しだよ。白家の当主である私の首を狙おうとしてるならば止めた方が良い」

「ち、違います!」


 梓娟は慌てて首を横に振って否定した。

 五門家の間には無干渉不可侵の不文律がある。

 霊獣より受け継いだ強い霊力を持ってぶつかり合えば、天を揺るがし地は荒れ果ててしまう。

 そうならぬように他家の祓氏には手を出さない。他家の事情には踏み込まない──と、いった暗黙の定めによって永きに渡り五門家の力の均衡を保ってきた。

 それなのに、定めに逆らって当主を襲おうものならばその一族から怒りを買い、他一族から顰蹙を食らい、とんでもない事態へ発展してしまうのが明白だ。


 ──黒家破滅の危機だわ…!


 しかも喧嘩早い黒善爾ならば、喜んで真っ向からその怒りを受けて立ってしまうのでタチが悪い。

 大波乱を想像し、顔を真っ青にして狼狽する梓娟に、馨草は冗談だと言ってますます笑う。


「ふふ。慌てる姿も愛らしいが、そう必死にならなくても良い。しかし、ではどうして君は私を熱く見つめているのかな?」

「その、馨草様はどうして私を黒梓娟だと分かったんですか…?これまでお会いした事はないですよね?」

「あぁ、何だその事か。てっきり二人きりだから男の私を意識してくれているのかと──」


 馨草は突然手を伸ばし、梓娟の腰を抱くとその体を引き寄せた。

 唐突で強引だが、腰に回された腕からは女の体を気遣うような優しさがある。

 体を包み込まれる感覚にどこか既視感を覚え、あっ……と目を大きくさせる。

 頭の中には青い衣がちらついていた。


 ──耳元で囁く声は優しくて、離してくれない腕が力強くて……嫌じゃなかった。


 面影を想う梓娟だったが、白い羽織りからどこか甘い、何かの花の香りを微かに感じてハッとする。

 それは覚えのない香りだった。


 ──この(ひと)は違う。


 手が勝手に動いて馨草を突き放していた。


「……私は真剣に聞いているんです」

「へぇ、それは悪かった」


 馨草は悪気もない笑みを浮かべ、離れると踵を返して空を見上げた。


「君は、とてもよく似ている」

「え?」

黒怜祥(こくれいしょう)。彼女に瓜二つだ」

「黒、怜祥……?」


 聞こえてきた名に、梓娟の目が大きく開いた。

 

「あまりにも似ていて、黒怜祥本人かとすら思った。しかし君の年格好から明らかに違う。そして聯明から話を聞いていた、可愛い従兄妹の存在を思い出した」


 黒怜祥──それは梓娟の母の名だった。

 その名を聞くなんて思いもよらず、馨草に詰め寄っていた。


「母様を知っているんですか!?」

「知っているさ。親しい仲ではなかったが」


 そう言うと馨草は再び歩みを始めてしまった。

 梓娟は慌てて馨草に追いついてその隣に並んで歩く。馨草を見上げる顔にはもっと知りたいと書いてある。

 馨草は梓娟をちらりと見て、そして目線を前へと戻す。


「……白家と黒家はその昔から良い関係を築いていた。領有地が隣接しているのもあるのか、不思議と波長が合うようだ。私の父──先の白家当主も今の黒家当主、黒善爾と親交があった。その縁で昔はよく黒家の酒宴に招かれていた」


 その話は聞いた事があった。

 黒善爾は白家当主と昔からよく連み、酒宴に招待すれば直ぐに北方へと駆けて来て朝まで飲み明かしていたと。 

 けれど梓娟が黒家に来るよりも遥か前の話だ。

 白家当主は自慢の『脚』の衰えを理由に隠居してしまい、その後酒宴が開かれる事は無くなったそうだ。


「当時は幼かった私も連れて行かれた。聯明とはそうして出会い、今となっては唯一無二の心の友だ」


 馨草は得意げにふっと笑みを浮かべる。


 ──あの聯明兄様に友達がいたなんて……兄様からたまに白家当主の話は聞いた事があったけれど、友人って感じには思えなかったわ。本当なのかしら?


 少し変わっている従兄妹にちゃんと友がいた事に感動しつつ、しかし初めて知った事に馨草へと疑い目を向けた。


「その中で何度か黒怜祥を見かけた。声を掛け合う親しい間柄では無かった。振り返ってみると話した事は無かった気もする。果たして向こうは私を知っていたのか……君は母の幼少期の事を聞いた事があるかい?」

 

 その問いに梓娟は顔を俯かせ、静かに首を横に振った。

 黒家では誰一人として梓娟に対して母の話をする者はいなかった。

 きっとそれはあんな事があったから、母を亡くして悲しむ娘を気遣い敢えて母の話題を触れないようにしているのだ、と勝手に解釈していた。

 けれど梓娟は、母の事をあまり知らない事に少しだけ淋しさを感じていた。

 馨草は「そうか」と呟くと少し何かを考えると再び話し始めた。


「彼女はいつも堂々とした女性だった。そして自由奔放。『旅に出る』と書き置きを残して突然居なくなるかのもしばしばで、彼女は誰かに縛られる事をとても嫌った」


 ──母様らしいわ。


 馨草の話を聞きながら梓娟は小さく笑みを零した。


「祓氏としては非常に優秀だった。霊力は高く、剣の腕も立つ。だから家の者たちは誰も黒怜祥の自由さを止められなかった。あの頃の私は、彼女に勝る祓氏はいないと思っていた」

「母はそんなに強かったんですか?」

「あぁ。とは言っても五門家の当主たちが相手とならばまた話は変わってくるだろうが、けれど倒せぬ魔物はいなかった。山狩りに出た時なんて一人で大方の魔物を一掃し、祓氏五門にその名を轟かせた」

「一人で!?」


 天霊山にはどこから湧いてくるのか魔物がうじゃうじゃと棲んでいた。

 その数は十や二十どころではない。百は超えると言われ、五日間山に入り退治していた。

 目を丸くする梓娟に馨草は「あぁ」と頷く。


「聯明は鬼才と呼ばれているが、黒怜祥も異才と言われていた。玄武の血を色濃く受け継いだようだ」


 ──母様はそんなに強かったのね。


 魔物を倒す後ろ姿を何度も見ていた。母の凄さをその目で感じていたが、凄さはそれ以上だったようだ。

 他家の当主からの母の称揚に驚きと、そして娘としての誇らしいを感じて口元が緩む。


「……君は母が好きなのだな」

「え?」

「きっと彼女は良い母だったのだろう」


 どうしてそんな事を言うのか分からず見上げていると、馨草はふっと息を零した。


「……彼女は凶悪な魔物を退治し回っているという噂は常に世間にあって、黒怜祥の名は有名だった。だがたった一度山狩りに出ただけの彼女の顔を憶えている者なんて殆どいない」

「一度だけ?母は一度しか山狩りに出ていなかったんですか?」

「あぁ。黒家は彼女にも出て欲しかったようだが、兎に角気まぐれで、家を空けている方が多いから中々捕まらない。きっと彼女にとって五門家の使命なんて──あぁ、馬車が見えてきた」


 馨草は急に言葉を止めた。

 何かを言いかけていたような気がしたが、近付いてくる足音に梓娟も視線の先を追った。

 そこには白い衣を着た女が二人、こちらへと向かってくるのが見えた。その後方には高貴な馬車が見える。


「ふむ、今更だが君の今の姿はこの西方には不釣り合いだね」


 馨草は顎に手を当て、梓娟をじっと見つめて言った。

 梓娟は言葉の意味が分からず「え?」と小首を傾げた。

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