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伯父の命により、高潔すぎて『聖人』と噂の男の元へ行く事になりました。  作者: すずみ
第二章 火は燃え滾り金は煌めきを秘める【上】
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10.砂漠の大もぐら

 砂漠を歩いて三日目が経った。


「………………あつい」


 ぼそりと呟く梓娟の表情は死んでいた。

 じりじり照りつく陽射しは強く、すっぽりと被った外套で肌を守っているが、熱がこもり暑くて堪らなかった。

 魔物が出なくても砂嵐が吹き荒れて全身を砂みれにさせた。細砂が目に入れば当然痛く、口にまで入ればじゃりじゃりとして不快だ。

 おまけに足場は柔らかくて足が沈んでしまう。とても歩きづらくて一歩一歩が重かった。 

 さらに、夜は急激に気温が下がり、その変化が体力を奪う。何よりいつ魔物が出てくるかも分からない状態ではゆっくり休むこともままならない。 

 確かに飛ぶことの出来ない北西の祓氏には不利な土地だった。


 「もぅ、いつになったら緑が見えるのよ……」


 歩けども歩けども果てしなく続く砂の海。

 目印になるようなものは一切ない赤砂一色の景色。

 狂いそうになる方向感覚に、翅楓から貰った羅針儀を頼りに進んでいくも、変わらない風景から彷徨っているような錯覚を起こしていた。

 梓娟の気力と体力は限界にきていた。

 

「……小さい頃も旅をしていたけど、夜は父様と母様が交代で見張りをしていたんだっけ?」


 あの頃が懐かしい、と呟いて踏み出した右足が砂の中に沈んだ。

 やけに足が沈んだ気がした。

 顔を俯かせると右足が足首の上まで埋まっていた。


「えっ!?」


 慌てて右足を上げると、今度は地につけている左足が埋もれていく。


「な、何なの!?」


 周囲を見渡せば沈んでいるのは自分だけではなかった。辺り一辺がどんどん沈んでいた。

 砂が下へと滑り落ちて行き、足場は傾斜する。体の重心が傾いて、後ろに倒れそうになるのを、慌てて黒剣を地面に突き立てて何とか凌いだ。

 背中に視線を感じて、砂が流れていく方へと恐る恐る顔を向ける。遥か下の底には人ひとり入りそうな大きさの穴が見えた。

 穴の中は闇が広がり、赤く小さな光が二つ、暗闇から覗いていた。

 梓娟はようやく状況察した。

 自分は魔物の罠に嵌まってしまい、今まさに砂共々飲み込まれようとしているのだ。


「な、な、何なのあれ!?そんな魔物がいるなんて聞いてないわよ!」


 慌てて逃げ出そうとした時には足はもう膝まで埋もれていて動かせなかった。

 体が沈むにつれて禍々しい気が強くなってくる。だからといってもう梓娟にはどうする事も出来なかった。


 ──母様っ!


 握りしめていた黒剣を抱きしめぎゅっと目を瞑る。


「──手を伸ばせ!」


 上空から男の叫び声が降ってきた。

 眩しさに目を細めながら空を見上げると、はたはたと羽ばたく大きな赤翼が見えて梓娟は手を上へと伸ばした。

 手首を強く掴まれる。体をぐんっと引き上げられる感覚は二度目だ。見上げれば相変わらずの顰めっ面の顔が見えた。


 ──どうしてここに……?


 困惑しながらも砂から抜け出せた事で体の緊張が緩まっていく。梓娟は安堵した──のはほんの束の間だった。


「赤尾!」

「はいよ、坊っちゃん!」

「え?──ッ!?」


 腕を掴まれた体は振り子のように大きく振られ、そして宙に放り投げられていた。落ちたらただではすまない恐怖に梓娟は声を発することもできなかった。

 梓娟の体は歪な放物線を描いて、赤尾に受け止められた。


「また会えやしたねお嬢さん」

「……出来れば、普通に会いたかったわ」


 ぜぇはぁと肩で息をしつつ答える。胸はバクバクと激しく鼓動を打っていた。

 ある意味魔物との戦いよりもこちらの方が恐怖を感じた。


「折角の再会だが、お嬢さん口は閉じていた方が良い。まぁ俺がその可愛い唇を塞いじまっても良いんですけど」


 その言葉に梓娟が小首を傾げていると、我焰は腰に差した剣を引き抜いた。

 握りしめる手から伝い、刃に燃え盛る炎のような霊気が纏った。


「地中深くで一生寝てろ!」


 我焰は剣を振り上げると力の限りぶん投げた。

 火の勢いはさらに激しさを増して剣の全てを包み込む。そして炎そのものとなったそれは闇の中へ落ちていった。

 直後、耳を劈くような爆音を立てて一帯が大きく爆ぜた。

 激しい爆風に粉塵が巻き上がり、赤尾は梓娟に砂がかからぬように腕の中に隠すようにしっかりと抱きしめた。

 砂煙の中、剣はくるくると回りながら主の下へと戻ってくるのが見えた。我焰はそれを掴み取ると鞘へとしまい、ハッと鼻を鳴らして嘲笑した。




 砂漠が静けさを取り戻すと赤尾が下降し、梓娟は再び柔らかな感触を感じながら地に足をつける。足が沈んでいく事はもうなかった。


「いや〜良かった、危うく砂漠の大もぐらに飲まれちまう所でしたね」

「もぐら?あれが?」

「姿形を見た者は誰もいねぇんですが、槭河宮の祓氏の間では土の中にいるから『大もぐら』って呼んでます」

「へぇ……」


 梓娟は何だか違う気がしたが、曖昧に相槌を打った。

 二人の側に我焰が降りてくる。腕を組み、ふんっと顔を逸らす様子は相変わらずだった。


「でも二人はどうしてここへ?」

「お嬢さんが飛べねぇって知って慌てて飛んで来やした。飛べねぇ奴の砂漠越えは無謀ですからねぇ。度胸はすげぇですが」


 無謀、と言われて梓娟は苦い笑みを浮かべた。


「姐さんからも砂漠を越える間の護衛を言いつけられたので、また一緒にいられますぜ」

「翅楓様が?」


 翅楓の気遣いに胸が熱くなる。それに二人がいてくれるのなら何よりも心強かった。

 梓娟は我焰の下へと向かう。


「ありがとうございます我焰殿」


 もし助けてもらわなければ自分は今頃魔物の餌になっていた。梓娟はホッとしたのと、助けてくれた事への感謝の意を込めて微笑んだ。

 我焰は面を食らったような顔をしたが、梓娟は既に赤尾へと目を向けていた。


「赤尾殿もありがとうございます」

「お嬢さんの為ならこのぐらい。それにお嬢さんを存分に抱きしめられて──はっ!?」


 赤尾が急に慌てた様子でしゃがみ込んだ。

 間一髪、炎のような激しい霊圧が赤尾の頭があった所を通り過ぎていった。


「ちょっと坊っちゃん!突然危ねぇじゃねぇですか!」

「黙れ。行くぞ」


 冷たく吐き捨ててさっさと歩き始めた我焰の後を、赤尾が文句を言いながら付いていく。


 ──何だか賑やかな砂漠越えになりそうね。


 梓娟はくすりと笑みを零すと、二人の後を追った。

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