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伯父の命により、高潔すぎて『聖人』と噂の男の元へ行く事になりました。  作者: すずみ
第二章 火は燃え滾り金は煌めきを秘める【上】
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9.炎陽砂漠

 ひとたび風が吹き荒れれば砂塵が立ち込めて、視界は最悪だった。

 目に入らぬように目元を手で隠しながら目を凝らす。向こうに影が蠢いているのが微かに見え、梓娟は鞘を抜いた剣柄を強く握りしめた。


 ──影は一つ。これが最後……。


 慎重に状況を把握している一瞬の隙を突いて、先手必勝と影がこちらに目掛けてきた。

 けれど梓娟が反応する方が早く、素早く身を交わすと黒刃を振り下ろす。

 斬り落としたのは尻尾だった。先端が棘のようになっており、続いてそして真っ黒な胴体を切り割いた。

 真っ二つとなった魔物の体はさらさらと崩れ落ちて、砂の大地の一部となった。

 すると砂塵は少しずつ収まり、ようやく視界が開けていく。

 辺りを見渡せばどこまでも広がる赤砂しか見えない。黒い影もなければ嫌な気も感じない。

 つまり誰の力を借りずとも一人で魔物を倒し切ったのだ。


「やっと終わった……」


 安堵の脱力感から大きくため息を吐いた。

 黒剣を鞘へとしまい、汗が滲む額を拭う。砂漠に入ってすぐに魔物と出くわして、これは何度目の戦闘か。ひとまず退治が出来たようだった。

 

「砂漠には変わった魔物がいるのね」


 棘があるという事は毒がある可能性がある、という話を小さな頃に父が教えてくれた。

 もし刺されていたらと砂漠の砂となるのは自分の方だったと思うと、恐ろしさで体が震えた。


「それにしても、」


 以前初めて魔物と対峙した時よりも今は勘が冴え渡り反応も機敏だった。

 梓娟自体何か変わった事はない。むしろあれからろくに鍛錬は出来てなかった。

 もし変わったと言えば、と握り締めていた落花水沈を見つめる。


『良い剣は使い手を導いてくれる』


 母の言葉を思い出す。

 祓氏の武器には霊力が込められており、相性次第では感覚を研ぎ澄ませてくれるのだと語っていた。

 つまりはこの黒剣のおかげだ。

 鞘から剣を抜けば不思議と体が動いた。魔物の気配も、まるでこの剣が教えてくれるような、そんな感覚だった。

 梓娟には母が守ってくれているのだと思えた。

 槭河宮で巡り会えたのも、母が頼りない娘を守る為に現れてくれたのだ。

 あの頃は、母に憧れてこっそりと触れるも小さな体では鞘を抜く事すら難しかった。

 しかし今はこれを振るって戦っている。強かった母のようにはまだまだいかない。


 ──いつか母様のように強くなれるかしら?


 梓娟は小さく笑う。


「……ただ、すごい疲れたわ……」


 槭河宮を出た梓娟は山の獣道をひたすらと上り、そして下った。

 槭羽渓谷は遥か昔、天から朱雀の降り立ったといわれる場所らしい。あまりにも溢れ出る激しい霊気の炎が地中深くにまで流れ込んで染み付いた。

 その恩恵は今でも続き、霊力の強圧に恐れをなした魔物は怯えて渓谷内では出てこないと言い伝えられているらしい。

 西方へとの向かう長い道のりの中で、渓谷では魔物と遭遇しなかったのはとても助かった。

 しかしこの灼熱の大地──炎陽砂漠(えんようさばく)は、立っているだけでも体は茹だり、この暑さに体はばてていた。

 普段よりも疲労感が強くて参った。流石の黒剣も、体力を増幅させてはくれないらしい。

 あまりの暑さに、ふぅ、ともう一度ため息を落として前を見つめる。

 何処までも続く、砂、砂、砂。


「まだまだ先は長いわね……」


 梓娟は日除けに羽織った外套を正して再び歩き始めた。

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