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伯父の命により、高潔すぎて『聖人』と噂の男の元へ行く事になりました。  作者: すずみ
第二章 火は燃え滾り金は煌めきを秘める【上】
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8.賊には賊を

 どこまでも続く長く細くでこぼことした道に、三台の馬車が並んで進んでいく。

 周りは緑豊かな山に囲まれて、雑草が茫々と生えた地面には石や岩が所々に露出している。

 まさに大自然の溢れる山岳地帯で、ガタゴトと馬車に揺られながら我焰は不満を漏らした。


「⋯⋯面倒だ」

「まぁまぁ坊っちゃん、そう言わず。これは馬車旅だと思ってれば良いんですよ」

 

 隣で馬の手綱を握る赤尾は、本当に旅行だと思っているのか上機嫌だ。ほのかに酒の匂いを漂わせているのは、途中の休憩で馬車の主人が酒を振る舞ったからだ。

 それはそれで駄目だろ、と胸の内で呟く。

 地上の移動はのんきなもので、馬車は狭くて羽を広げる事も出来ない。

 このまま寝てしまおうか、と目を瞑った──ものの、どうやらそれは出来ないようだ。


「来やしたぜ、坊ちゃん」


 手綱を引けば馬はゆっくりと足を止めた。

 見計らったように岩かげから、見るからに柄の悪い男たちがぞろぞろと現れた。


「⋯⋯本当に面倒だ」


 退屈していた我焰は瞼を開くと、男たちを睨見つけながら立ち上がった──。




 祓氏は剣技に優れた強者の揃いだ。しかしその剣技を披露する相手は何も魔物だけではなかった。

 恐ろしい魔物を退治する傍らで、非道な賊からの護衛を依頼される事も珍しくはなかった。

 特に護衛の依頼が多いのが鳳南闊達だった。

 目には目を、賊には賊を。

 賊に負けない猛々しい見た目を賊避けとして使おうと考える者も少なくはない。

 だが依頼が多い一番の理由は、五方の中でも南方に賊が多く出るからだった。南方の、人気の少ない山岳地帯という地形が、格好の狙い目になっているようだ。

 鳳南闊達では、主に槭河宮の祓氏が護衛の役回りを担っていた。

 今回我焰が押し付けられた仕事は、各地を回り中央へと帰る商人一団の護衛だった。

 この頃は、中央との境──南方側の山岳部がよく賊が出るようだ。

 中央といえば南方のお隣で、五方一の煌びやかな都『央穹おうきゅう』がある。そこには数多の格式高い貴人達が住んでいた。

 しかし中央は貧富の差が著しい所だった。

 都で貴人達が豪奢を極めた生活をする中で、職にあぶれた者たちがいつしか徒党を組み、賊となり、人を襲うようになった。

 賊の殆どが、中央のあぶれ者とも言われている。

 ならば中央が賊の面倒を見るべきなのだが、それをしない。

 中央には、祓氏五門がひとつ、黄家(きけ)の本拠地があった。

 なので黄家が護衛をすればいいのだが、そういった類の依頼は一切断っていた。


『こちらは御方々の護衛があり都から離れる事は出来ない』


 如何にも見え透いた建前で、理由をつけて面倒事を押し付けているだけなのだと、誰もが察していた。

 それもあって、赤家は黄家を快く思っていなかった。




 商人の一団を無事に中央へと送り届けた我焰と赤尾の二人は槭河宮へと戻ってきた。

 そのまま仕事の報告に翅楓のもとへとやってきた赤尾の表情は疲れ切ってきっていた。

 今回の賊は中々に手強い相手だったからだ。


「あんたが手強いって言うなんて珍しい。そんなに強い連中だったのかい?」

「まぁまぁ腕の立つ連中達で、小賢しく霊力まで使ってやした。ありゃ落魄祓氏(らくはくふつし)ですよ」


 祓氏五門以外にも祓氏は存在するが、知名度や実力差から依頼がなく生計を立てられぬ者もいれば、怪我や病で魔物と戦えなくなった者もいる。

 様々な理由から祓氏として生きられなくなった者、或いは祓氏である事を止めた者たちを『落魄祓氏』と呼んでいた。

 そうした者達は賊になり人を襲うようになる事も少なくはない。

 かつては赤尾もその一人だった。

 とは言え、孤児だった赤尾は自分が赤家の血筋とは知らず、背中の羽は『不気味な異形の羽』と思い込んでそれを隠して生きていた。


「落魄祓氏が徒党を組んでるってなると厄介だね。赫羽大館(かくばたいかん)の方にも言っておくよ」


 赫羽大館とは鳳南闊達の一拠点(いちのきょてん)だ。赤尾の話で、翅楓は少なからず懸念を抱いたようだ。

 二人の会話を我焰は賊達を思い出していた。

 磨き上げられた剣技、巧みな霊術、連中が纏う空気感といい、何より連携が取れた無駄のない動きは、これまでの賊とは明らかに違っていた。


 本当に落魄祓氏なのか?


 そんな疑問が浮かぶ。

 あれだけの腕持つ者が落ちぶれたとは到底思えない。そこ辺にいる野良の祓氏よりも格上だった。

 しかし落魄祓氏でないなら何かと問われても答えられない。

 ただ分かっているのは、今回護衛した商団は、貴人たちの奢侈品の他にも黄家の祓氏たちへの剣も混ざっていた。


 ⋯⋯まさかそれを知って狙ったのか?いやまさか──。


「えー、お嬢さん出て行ったんですか!?」


 我焰が考え込んでいると、槭河宮に響き渡る騒々しい声が聞こえて、顔を上げる。表情は不快げに顔を顰めている。

 

「もう随分と前に此処を立ったよ」

「立った?どこに!?」

「何でも西方に用があるみたいでね。あんた達ももう少し早く帰っていたのなら、まだ南方にいる間に追いかけられたかもしれないけど、きっともう西方に入ってるさ」


 これでもかと追い打ちをかけられて、赤尾は脱力感に床に崩れ落ちた。


 あいつ、出て行ったのか。


 二人の様子を苛々と見ていた我焰だったが、すぐに新疑問を抱き、厳しい表情で顎に手を当てた。


「おい翅楓」


 何だい、と翅楓は振り返る。


「あいつは西へ向かったんだな?」

「あぁ、そうだよ」


 今そう言っただろう、と翅楓は呆れた顔をする。


「峠を越えて、砂漠へ行ったのか?」

「だからそう言ってるだろ?」

「どうやってだ?」

「どうやって何がだい?」

「だからっ、どうやって砂漠を越えかを聞いたんだ!」


 気が短い我焰は声を荒げるが、それに慣れている翅楓は怯むどころか呆れ果ててため息を吐いた。


「そんな声を上げるんじゃないよ、全く……。そりゃ飛んでに決まってるだろ、龍東万雷の祓氏なんだから。のん気に歩いてたら砂漠の(おお)もぐらに飲まれちゃうさ」


 翅楓の言葉に我焰はますます顔を顰め、そして口を開いた。


「あいつ、飛べないぞ」


「「……………………え?」」


 少しの静寂の後、翅楓と赤尾の間の抜けた声が綺麗に重なり合った。

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