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伯父の命により、高潔すぎて『聖人』と噂の男の元へ行く事になりました。  作者: すずみ
第二章 火は燃え滾り金は煌めきを秘める
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7.落花水沈

 翅楓が梓娟を連れて向かうのは槭河宮の武器庫だった。

 今の梓娟は、祓氏ならば誰もが腰に下げている筈の剣を持っていなかった。

 不意打ちで池に落とされてしまったので当然なのだが、事翅楓たちは事情を知らない。

 本当の事を話す訳にもいかず、『川で溺れた時に剣を落としてしまったみたいです』とうまく誤魔化していた。

 しかし丸腰では西方へと向かうのはあまりにも無謀で危険極まりない行為だ。それで翅楓は武器を譲ってくれるのだと言う。


 「何でも好きなものを持っていきな」

 

 気前良く翅楓は言った。


 ──鳳南闊達の二拠点にのきょてんの武器庫ならば何だかとんでもない宝剣がありそうだわ。


 黒家にも由緒正しい宝剣というものは幾つもあった。

 

 ──そういえば、伯母上しか入れない部屋もあったわね。


 伯母しか入れない宝物庫の存在を思い出す。

 とんでもないお宝があるのだと思って、子どもの頃にこっそりと入ろうとしたが、不思議と直ぐに見つかってしまうので未だ見れた事はない。

 気づくといつの間にか伯母が後ろに立っているので、何度心臓が縮こまったことか。


 ──槭河宮の武器庫ともなればどんな武器があるのかしら?


 そわそわとしながら武器庫向かう途中で、羽を打つ音が微かに聞こえて空を見上げる。ずっと高い大空に、赤い翼を生やした者たちが羽ばたいていた。


「我焰たちが戻ってきたらあんたがいなくなってて驚くだろうねぇ」

「そうでしょうか?我焰殿は目障りな龍東万雷の女がいなくなって清々するんじゃないですか?」


 我焰の寂しがる様子が想像できず、梓娟は苦笑いを浮かべた。

 我焰と赤尾は槭河宮を空けていた。護衛の仕事が入ったからだ。

 ここにいる祓氏たちは魔物退治をする傍らで、山岳を越える人々の護衛も請け負っていた。山々では荒くれ者が群れを成して襲ってくる事は珍しくないらしい。

 しかし襲いかかったら相手は山賊だった、という予想外の展開に襲ってきた荒くれ者達もさぞかし驚くのだろう。


「そんな事はないさ。彼奴はいつも目をキッと鋭くさせて常に気が荒立ってるけれど、あんたには少し気を許していた」

「まさか?」

「私は小さな頃から彼奴を姉代わりとして見てやっていたからね、だから分かるのさ……」


 そう言って翅楓の目線を前へと向けて歩いていく。歩調が早くなって、隣を歩いていた彼女は少し前へと出た。

 顔は見えないが、けれど後ろ姿が、どこか悲しそうに思えた。


 ──気を許してる?そうかしら?


 この数日で特に我焰との関係が変わったかといえば、何も変わってなどいない。特別顔を合わせる事もなければ、気さくに挨拶しても返してくれる事もない。

 しかし思い返してみると、時折獲り過ぎたと言って山桃を持って来てくれる事はあった。我焰は梓娟が山桃を気に入ったと思っている節がある。

 我焰からの山桃の施しに、赤尾が茶化し、茶化された我焰が怒る。その微笑ましい二人のやりとり見るのは嫌いではなかった。

 その光景が見れなくなる事が寂しく思えてきた。


 ──本当はお別れの挨拶をしたかったけれど、いつ戻ってくるか分からないみたいだし……待ってられないもの。


 今の梓娟は早く黒家に戻りたくて、これ以上留まる事は出来なかった。


「着いたよ」


 行き着いたのは大きな扉が行く手を阻む部屋だった。

 重厚感がある扉だが、翅楓はそれに手をかざした。手から淡く揺蕩う霊気が溢れ出し、赤い気が扉へと移り渡る。

 

 ──まるで炎みたい。


 全てを覆う霊気は燃える炎ようだ。炎にのまれた扉はやがてひとりでに開き始めた。


「じゃあ入ろうか」


 目を丸くして扉が開く様子を見ていた梓娟は、先に中へと入った翅楓の後を慌てて追った。

 中は梓娟の想像以上だった。多種多様な武器がずらりと飾れている。量も膨大だが、きらびやからで高価そうなものや、いかにも珍器といったもの、禍々しい気を感じるものもあり、梓娟は圧倒されていた。

 これだけの逸品をどうやって集めたのかをとても気になったが、何だか聞かない方が良い気がして口を噤む。


「前はどんな剣を使っていたんだい?」

「⋯⋯その、至って普通の剣です」


 祓氏ともなれば、こだわりや相性も考えて愛用の剣を持つ。しかし祓氏ではない梓娟にはそんな剣はなかった。

 一応龍東万雷へと行く際、黒善爾がそれなりに良い剣を用意してくれたが、間抜けにも黒家を出て時に持ってくるのを忘れてしまった。それで仕方がなく龍東万雷へと向かう道中で適当に剣を買った。

 その剣には思い入れなどなく、どんな剣だったかも今はあまり覚えていない。

 今思えば、龍東万雷に置いてきてしまう事になったので、大した剣じゃなくて良かったのかもしれない。もしそれが黒家に代々伝わる玄武の宝剣とかだったのなら⋯⋯と考えるとぞっとする。


 ──どれにしようかしら。悩むわ……え?


 使いやすそうな剣を探す中で、足元に転がっている一本の剣が目にとまる。

 それは、鞘も柄も飾り気一つない真っ黒な剣で、絢爛豪華な武器達の中で異彩を放っていた。

 それを見た瞬間、梓娟の胸がざわざわと波立ち、指一本動かす事も出来なかった。


「あんたそれが気に入ったんだね」


 翅楓が屈んでそれを手に持つと、訝しく剣を見て鞘を少しだけ抜く。覗く刃は黒く、鈍く妖しい光を放った。


 ──やっぱり、そうだわ。


 目頭から熱くなり、指先が震える。

 そんな梓娟に気づく事なく翅楓は立ち上がりと黒剣を差し出した。


「こんなんで良いのかい?もっと上物を選んで良いんだよ?」

 

 味気なく、少し古びた剣。翅楓は気を使ってこれを選んだと思っているが、梓娟はこれが良かった。


「これが、良いんです。これじゃないと」


 黒剣を両手で受け取ると強く抱き締めていた。鞘はひんやりとしていて、汚れでざらついている。だけどそれも気にならない。

 あの頃はもっと大きく見えた。しかし今は不思議とこの手に馴染んでいる。


 ──こんな所に、あったなんて……。


 落花水沈(らっかすいちん)──これはかつて母が使っていた剣だった。

 この剣をふるい、おぞましい魔物を次々と退治する母を、幼い梓娟は幾度となく見ていた。

 母の後ろ姿はとても凛々しく、憧れる祓氏がいるとすれば、それは迷う事なく母だった。

 ごたごたで行方知らずになり、探す手立てすらなくて再び手にする事を諦めていた。

 けれど何の巡り合わせか、こうしてこの手の中にある。


「延芳?」

「翅楓様……本当に、ありがとうございます」


 梓娟は瞳に込み上げるのを堪えながら翅楓に深々と頭を下げた。

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