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伯父の命により、高潔すぎて『聖人』と噂の男の元へ行く事になりました。  作者: すずみ
第二章 火は燃え滾り金は煌めきを秘める
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4.下僕

 空が茜色に変わった頃、梓娟は目を覚ました。

 ぼんやりとしながら露台からのぞく外を見れば、渓谷を赤く染める夕日が、山の向こうへと沈んていく所だった。

 その夕日はあまりにも赤く、まるで燃えたぎる炎のようだと思った。


 ──炎……赤…⋯赤…⋯あれ、何だっけ?…⋯っ!?


 記憶を呼び覚ましながら体を起こすと、視界の端にちらついた赤いモノにびくりと肩を震わせる。

 振り向けば寝台の傍らにある椅子、そこに男が座っているのだ。

 しかも自分を屋根に置き去りにしたあの男ではなく、また違う男だった。

 赤衣を着ているのだがら赤家の者に違いなく、先ほどあの男にされた事を思い出したのもあり、椅子に座る男を警戒する。


「お嬢さん目を覚ましやしたね。いや〜良かった。坊っちゃんが気絶したお嬢さんを連れてきた時はとうとうヤっちまったのかと思ってひやひやさせられやしたが」


 男はへらへらと笑う。軽薄さを感じさせるような笑顔で、とんでもない言葉が聞こえた気がした。

 しかし梓娟はあえて聞こえなかった事にした。

 

「……貴方は?」

「おっと紹介がまだでしたね。俺は赤尾(せきび)と申しやす。お嬢さんを空から落っことした男の下僕(しもべ)をしてやす。あぁでも──」


 赤尾と名乗る男は無遠慮にも顔を寄せてきて、梓娟の手を取ると両手でそっと握りしめた。


「今宵はお嬢さんの下僕にしてくだせい」


 赤尾は熱のこもった双眸で見つめ甘く囁いた。

 あまりにも唐突すぎる予想外の行動に、梓娟は面を食らってしまった。

 黒家の箱入りの姫だったので口説かれるのは初めてで、けれど言われた言葉の意味を理解出来ないほど純心でもなく、かと言って恥じらうような初心な性格でも無かった。


「ご、ごめんなさい、私は下男を募集していないので……」


 引き攣った笑顔でそう答えるのがやっとで、掴んでいる男の手をやんわりと引き剥がした。

 赤尾はあの男の下僕と言ったが、果たしてあの気の短そうな男が、本当にこの軽薄そうな男を下男にしているのか、と疑問が生まれた。


 ──どちらかといえば煙たがりそうな類だわ。


 梓娟が考えていると、赤尾は「それは残念」と笑ったかと思えば、今度は急に頭を下げた。

 

「今回は坊っちゃんが失礼しやした。まさかよりにもよってお嬢さんの名が延芳だったなんて、世間はなんて狭い」


 ──やっぱり二人の間で何かあったんだわ。


 今でも延芳が問題を起こしたとは思えなかったが、赤尾の言い方では何かがあったのは確かだった。


「聞いていいかしら?彼は延芳……という人と何かあったの?」

「龍東万雷のお嬢さんは知らねぇと思いやすが、この南方には天女と言われまでに美しい娘がいやす。その娘の名が延芳なんです」

「へ、へぇ…⋯」


 ──知ってます。


 などと言えず、梓娟は白々しく相槌を打った。


「坊っちゃんと延芳との間には縁談が上がってやした」

「縁談!?」


 ──そんな話聞いてないんですけど!?


 梓娟は思わず叫びそうになった声を飲み込む。

 延芳の立場を借りる時、一応彼女の身辺確認をしていた。

 しかし年頃の割には色恋の話の類は一切なく、むしろ本人が「恋人はいませんわ!」ときっぱりはっきり力強く否定していたぐらいだ。

 

 ──赤尾という下男がいて、坊っちゃんと言われているのならばあの人の家柄は良い筈よ。そんな家に娘が嫁げば延家は安泰。


 しかもあんなにもがめつい両親だ。本人の知らぬ所で話を進めていた、と想像すればしっくりときて呆れてしまった。


「そ、それで縁談はどうなったの?」


 あの怒りようならばその答えは見えていたが、梓娟は万が一という可能性を期待した。


「ある日突然『娘は祓氏の修行に行きました』と言われ、さらに音信不通の行方知れずとまできた。余程縁談が嫌だったんでしょう、一方的に破談となりやしたよ」


 赤尾は体よく断るための嘘と考えているようで大きなため息を吐いた。

 その傍らで梓娟は気まずさから目を逸らした。


 ──その元凶は、私よ……。


 延芳が家を出た理由はひとつ。梓娟が龍東万雷に忍び込む為だ。

 そして龍颯山にいる間、一時的に延芳の身柄を黒家で預かる事になった。本物の延芳がどこかで偶然蒼家の者に出会してばれてしまわぬよう念には念を、と延芳自身がそう提案したのだ。

 梓娟は頭がずきずきと痛んで額に手を当てた。


 ──こんな所に影響が出てるなんて……まさかだけど、あの子本当は縁談の事を知っていたんじゃないわよね……?


 梓娟はとある疑念を抱いた。

 本当は縁談を破談にする為の提案だったのではないか。

 もしそうならば延芳はかなりの策士だ。利用するつもりが逆にこちらが利用されていた訳だ。


 ──いや、あの延芳が、まさか……。


 延芳の印象からは到底想像出来ず、梓娟は首を横に振る。


「この縁談は赤家のお偉い共が勝手に決めて、強引に押し付けてきたやつでした。乗る気じゃない上に、相手にも逃げられてしまった。これじゃあ良い嗤い者だ。あぁ、可哀想な我焰坊っちゃん」


 大袈裟に口元に手を当ててしくしくと空泣きをする赤尾を見つめながら、梓娟もまた同情をしてしまった。


 ──それは悲惨だわ……確かにあんなに怒るのも無理は……ん?


「……我焰、坊っちゃん?」

「はい、我焰坊っちゃんです」

「待って、あの人が我焰?赤家の若君、赤我焰!?」

「その赤我焰です。流石は坊っちゃん!有名人だ」


 赤我焰──それは赤家当主の弟の名だった。

 先の当主には夫人が二人いて、それぞれ子を成した。

 正夫人は娘を、側夫人は息子を授かった。

 これまで長子が後継となっていた中、先に生まれたのが女であった。赤家がどちらを当主とするか揉めていた話は有名だった。

 豪家ごうかから嫁いできた正夫人が周りを味方につけて嫡女を当主とした、と聞いている。

 その後もその座を奪われぬように色々と手を回し、側夫人の子を徹底的に排除したとか。

 姉弟仲が最悪というのは誰も知る話だ。山狩りに姿を現さないのは姉が呼ばないからとも、弟が反発して出ないからとも噂されている。

 しかし他家の者が真実を知る由もなく、悪い醜聞ばかりが広まっていた。


──あれが噂の赤我焰なのね。


 弟は無法者と言われているが、あの感じでは強ち嘘では無さそうだ。現に危ない目にあった。


「もしかしてお嬢さんは世の噂を信じてやす?」


 赤尾に言い当てられてぎくりとする。

 苦笑いを浮かべて誤魔化そうとしたが、その前に「やっぱり」と言葉が返ってきた。


「激しい性格だから赤我焰は乱暴者って言われてやすが、あぁ見えて根は優しいんですぜ。根の奥底のさらに奥底にある根っこですが」

「……それは本当に優しいって言うのかしら?」


 梓娟は疑うような目で赤尾を見つめる。


「まぁ、お嬢さんは危うく殺される所やしたからねぇ。でも流石に反省はしてたんですぜ?気絶しちまったお嬢さんを俺の下に連れてきて「看ろ」って。いつもならその辺に捨て置くのに」


 ──だから赤尾はここで看病してくれていたのね。


「ほら、そこの台を見てくだせい」


 赤尾が指を指す方へと顔を向ける。

 寝台の側にある台の上には、丸々とした赤い果実たちが転がっていた。


「これは?」

「この渓谷でとれる山桃です。ごめんなさいって事なんでしょう。坊っちゃんは意地っ張りだから謝ったことがないんで。もしかしてお嬢さんの事を気に入って──はっ!」


 赤尾が何かに気づき、顔を傾げながら手を上げて何かを掴んだ。

 梓娟は何があったのか分からなかったが、赤尾が確かめる為に広げた手のひらの中には山桃があった。

 どうやらこれが背後から飛んできたようだ。

 しかし後ろにあるといえば露台の先の、暗くなりつつある空しかない。


「ったく照れ屋なんすから〜」


 赤尾は揶揄うように笑うと、持っている山桃も台へと置いて部屋を出ていった。

 ようやく静かになった部屋で、梓娟は山桃を手にして少し齧ってみた。酸っぱさの中に、少しだけ甘さを感じた。


「初めて食べたけど意外と美味しいわね。有り難くもらっておくわ」


 わざとらしく声を大きくする。外の方から満足気に羽を打つ音が聞こえたような気がした。


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