23:RD4というプログラム
もっと勉強しないと。……すこし落ち着いた陽子はさらに質問を進めた。
「山崎さん、ビルとか建物の中でもロボットはGPSで歩けるんですか?」
陽子は、カジノタワーの中でロボットが位置を特定できるのかを知りたかった。
「そこまでは無理ですね。一度その場所にロボットを連れてゆくか、あるいは人が事前に実際その場所に行って、GPSの延長のデータを取っておかないと」
「そうか、ということは先生はすでにタワー内のデータを収集してあるはずね」
陽子は納得した。
「すみません、ロボットの力なんですけど、どのくらいですか?」
「なにかを運ぶ力ということですかね?」
「そうです。たとえば何かを担いで階段を上がるとか」
「階段は一番難しいんですが、実験では約百キロぐらいは運べましたね」
百キロ? 酸素とアセチレンのタンクは確か合わせて百キロぐらいだ――ロボットは運べる。
これでロボットがタワー内で行動できるということを、ほぼ確認できた。次はプログラムだ。サブロウの話によると、タワー倒壊のプログラムは、すでにスタートしているという。
それはどうやって調べたらいいんだろう?山崎さんはそのプログラムの存在を知っているのか? 確認する必要があった。
「もうひとつ、すみません。このロボットには(RD4)というプログラムは入っているんでしょうか?」
「RD4? 知りませんね、このロボットたちには、こんど横浜のコンベンションセンターで実演する『ロボット消防士』すなわちRD3は入ってますがRD4は知りません。
やはり山崎さんはRD4を知らなかった。しかしRD3しか入っていないとすると、実行ができないことになる――確認しなければ。陽子は無理を言った。
「あのロボットたち、一瞬電源を入れたら、動いてしまいますか?」
「いや、それだけでは動きませんから大丈夫ですよ。プログラムを選んでスタートさせないと」
「あつかましくてすみませんが、電源だけ入れてほしいんですが」
「ああ、いいですよ」
二人はロボットの置いてある別室に移った。
「あっ」陽子は思わず小さく声を上げてしまった。陽子には分かった。ロボットのそばに準備してある消火器らしきもの、一方はあきらかにアセチレンタンク、赤く塗ってあるので一見消火器だが、間違いない。そしてもう一方は酸素ガスのタンクだ。山崎さんは気づいていないようだが、
「いいですか、電源を入れます」
山崎さんが電源を入れた。
「あれっ、なんか受信してますね……ネットからなんか信号が入りましたね」
「あっ、RD4というプログラムが出ました。これはなんだろう、星さんはこれ、ご存じでしたか?」
山崎さんは不思議そうな顔をしている。
「プログラム番号では用途はわからないんですか?」
陽子は尋ねた。
「わかりません、おそらく先生が事故で亡くなる直前に送ったものですね。内容は聞いてません、ただ、いまのネットからの信号でRD4は動きだしています」
「じゃあ、ロボットは動き出しちゃうんですか?」
「いや、動かす場所と時間がプログラムで指定されてますから、ここで動くことはありません。RD4はおそらくRD3の改良版だと思います。その証拠にRD3のプログラムは自動的に消去されています。先生からは、入っているプログラムを、そのまま使うように指示をされていますから。私どもはそうするだけです」
タワー倒壊のプログラムRD4が入っている、そしてすでに動き出していることが確認できた。先生が死ぬ間際にRD4を作動させる指令を出したというサブロウの指摘は正しかった。それならば自分はなんとしてもこのプログラムを完遂をさせなければならない。それにはどうしたらよいか、陽子の行動目標がはっきりしてきた。
消火器に擬したアセチレンと酸素のタンク、その他の器具は完全に準備済みと見るべきだろう――これらは山崎さんを始めとするスタッフがコンベンションセンターに運び込んでくれるはずだ。
なにか計画実行に抜けている事はないか、陽子は計画の流れを一から思い浮かべてみた。
「先生の行動」が抜けている! 陽子は重要なことに気付いた。先生の計画書には、自らの行動が書かれていない――計画書は福田さんとロボットの行動について打ち合わせるものだから自分については書く必要がなかったと思われる――それを推理する必要がある。
「山崎さん、『ロボット消防士』のデモのとき、先生も同行される予定だったんでしょ?」
「いや、特に聞いてません。ただ、いつも一緒に行ってますから、私らもそう思っていました」
「先生がいなくてもデモは行われる?」
「そうです、先生がいらっしゃらなくてもやります」
「今回何かいつもと違うことはありますか?」
「そうですね、先生と福田さんが消火器を大きいのに変えていましたね。ただそれについては、物が違うことをロボットに再認識させているはずですから、問題ありません。私どもはそのまま持ってゆくだけです」
ロボットが動き出す前に先生がすることは何だろう? ――一番最初にやること――人の避難しかない――その誘導はどうやって?
陽子は思い出した。SKS(煙幕)の準備はどうなんだろう?
「山崎さん、消防デモのとき煙は出るんですか?」
「ああ、デモですから、イメージを作るために、少し出します。もちろん危険性のない煙ですよ」
「あの丸い容器がそれですか?」
陽子が黄色い容器を指した。
「そうです、今回なぜかいつものより容器が全然大きいですね? たぶん数回分がまとめて入ってるんじゃないですか?」
「煙を出すには何かで火をつけるんですか」
「いや、燃焼ではないです。化学的な発煙ですね。危険そうに見えるように黄色い煙なんですが、安全です。操作も簡単で、赤いスタートボタンを押してからコックをひねると化学反応がはじまり、薬剤がなくなるか、一定時間が経過するかどちらかで発煙は止まります」
もうひとつ確認することがあった。LB(救命ボート)だ。水色の、スーツケースよりも大柄なケースが部屋の奥の方に置いてある。どうもあれらしい。
「あれは何に使うんですか?」
「あれはLB、救命ボートの意味ですが、ロボットが火災現場などで、火の中から人を救出するときに使います。今回あれも交換されて新型になってますね」
すごい、そんなことまでできるんだ。陽子は感心すると同時に疑問がわいた。
「ロボットって、ある程度は自己判断で救出するんでしょ、もし人間が二人倒れていたらどちらを助けるんですか?」
「いい質問です、それは救出の基本ですが、どちらを救出するかは、原則的に生存の可能性の高い方を優先します。一つの判断基準としては、ロボットが話しかけて返事が返ってくる方を優先します。今回はデモですので、ロボットが無関係の人、例えば観客などを間違えて救出しないように、暗証、要するに合言葉で判断するようにしています、ケガ人に扮した俳優に合言葉を確認して救助するんです」
「言葉を話すんですか?」
「会話まではできませんが、ロボットが決まった言葉を発して、それに正しく反応できたかどうかで判断します」
「わかりました、友人の田中さんは『ロボット消防士』のデモを見たらしいんですが、私はまだなんでお聞きしますけど、デモは最初に煙を出すところから始まるんですよね」
「そうです」
「それから?」
「ごく簡単にRD3の流れを言いましょうか。まず広場に建物の模型を置いて、その中に人が倒れている設定でスタートします。それから火を想定した赤いLED電球が点滅します。次に煙幕を出します。そこまでが火事の現場の再現ですね。それから消防署への火災の通報の音声が出て、ロボット消防士が三台、R1、R2が消火器、R3はカメラとスピーカーと環境センサーを持ってやってきます。現場に着くと、R3は現場の温度、有害ガスなどを測定の測定、人や動物の存在を確認します。同時にカメラを回して現場の状況を本部に知らせます。
原則的に、本部の指令で消火作業を開始するわけですが、R1、R2は本部の指令がなくても自己判断で消火をする場合があります。本部で情報が確認できない場合でも、消火だけは早い方がいいわけですから。
もし人がいた場合、R4が出動します。そこにあるLB(救命ボート)をかついで現場に急行します。LBはボートと呼んでますが、要するに救命カプセルですね。火の中でも人が入って救助されるまで生存できるように作られています。ちょっと見たところ、今回はR4がLBをかついで出てくるプログラムになっていますね。……流れをざっと話すとこんな感じです」
「よく分かりました」
陽子は納得した。この消防士デモの流れは、RD4に近い。先生がこのロボット消防士のプログラムをベースに進化させてRD4を作ったのは明らかだ。
自動的に作業をさせるのがプログラムだが、エラーが出た場合、もし想定外の事が起きた場合、どうなるのだろう? プログラムにはエラーはつきものだ。陽子は家業の建築の費用の自動計算のため、表計算ソフトの簡単なプログラムを作った経験がある。しかしエラーの連続で挫折しそうになった。先生ならそんなことはないだろうが、プログラムが正しくても現場の状況が大きく変わってしまったら、ロボットは止まってしまうはずだ。
「ひとつお聞きします。もし設定と違っていることがあったらどうなりますか? 例えば……消火器の置いてある場所が大きく違うとか、……消火器が故障で噴出しないとか」
山崎はすぐ答えた。
「消火器の現物を認識させてありますから、場所がちがっていても、それが見える範囲にあれば自分で取りに行きます。消火剤が出なかった場合は、事前に(消火器が噴出した状態)を記憶していますから、(噴出しない)を認識して、代りを取りに戻ります。最初に消火器が見つからなかった場合はそこで停止してしまいますね。それはどうしようもないわけですから。
そうなる前に私たちがプログラム停止の指令を出します。手動で停止させます。ただ、いままで設定と少し違っていたからといって、停止してしまったことはありません。先生のロボットとプログラムは世界中のロボットと比べてもそこが格段に優れているんです」
ロボットの基本的な動作については理解は深まった。しかしRD4の動作については確証がない。この件を知らない山崎さんは、あくまでRD3の小改良と思っている。RD4を確実に動作させて計画を実行するために、不確実な部分は自分の推理に頼るしかないのだ。
慎重に、確実にロボットの動作を確認していこう。陽子はもう一度スタートのところからシミュレーションを始めた。
実行日は十一月十一日、デモの開始は午後一時と確認した。当然その前に機材はコンベンションセンターに搬入済みだ。デモを行うフロアは、少しだが煙が出ることから、半屋根のある五階となっている。
火事を模した赤色LEDの点灯と煙の噴出を行い、火災の通報を行う模擬放送が流れ、ロボット本部に出動要請が入る――要請を受けて、ロボットが出動、R3は現場確認をし、本部に情報を送る――本部は状況を判断して、消火命令を出す。同時に火事現場に人が倒れているのを確認し、救命カプセルをR4が現場に持ち込む――人命救助と消火が終了する。
陽子はこれにタワー倒壊の計画を重ねてみた。
タワーのスタッフを含めて、最初に全員を避難させなければならない。そのためには、事前にだれかが最上階に行って、まず煙幕を発生させなければならない――そして危険だというアナウンスをする必要がある。この作業は、調べた資料ではR3が行うことになっている。(実行方法)の記述は、『R3はSKSの後、EAを出し、R4は・・・』とあるから、R3が先行してタワーに上り、煙幕を発して避難警告を出すことになる。
これは無理だわ――陽子は実行に疑問を感じた。先生のプログラム資料では、R1、R2、R3が同時に動き出し、R1、R2は脚部破壊に向かい、R3は別行動で最上階に向かうわけだから、最悪、全員の避難が完了する前にタワーが倒れてしまう可能性がある。これは先生のミスか? いや、先生がそんなイージーミスをするはずがない。考えてみると、この計画は先生の事故死の前にできていて、実行時、先生は現場にいる前提だ。そうなるとR3の作業は先生が自らやる予定だったのではないか? 先生は午後一時までに全員の避難を完了させるつもりだったはずだ。それならば辻褄が合う。先生はタワーにいて、避難の状況を自分で確認することができる。もし避難遅れが出た場合は、ロボットを止めることも可能だ。
陽子は先生に代わって自分が実行するのに何か問題がないか、考えてみた。
――ロボットが止められない。いままでの流れで推理すると、先生はロボットを止めるための何か――リモコン装置のようなものを持っていなければならない。陽子は山崎さんに尋ねた。
「ロボットの動作を止めるコントローラーのような物って何かありません?」
「ありますよ、リモコンですね。ほら、そこに現物があります」
「これってスタート、ストップ以外になにができるんですか?」
「主に、位置確定のスイッチですね。プログラムの変更とかまではできません」
「リモコンが届く範囲はどのくらいですか? 五十メートルまで届きますか?」
「いや、これは二十メートルがいいとこですね」
「もっと遠距離に届くものがあると思うんですが」
陽子は先生がタワーの現場で使う遠距離用のリモコンがあるはず、と踏んだ。
「高出力タイプがありますが、それは先生が所有していて、ここにはありません。もしかすると事故の時、紛失したのではないかと思っているんですが、今回のデモではそれは必要ないです。これで充分なんで」
やはりそうだった、しかしそれがないということは、すべての計画を時間通りに進めなければならい上に、もし予定が狂ってもロボットを止める手段がないことを意味する。強心臓の陽子であったが、さすがに血の気が引く思いがする。
最上階に行き、煙幕と避難勧告、それを自分が行い、午後一時までに必ず全員を避難させる。タワーが倒れるまでの間に、一階ずつ降りながら避難を確認しなければならない。
ロボットがどのくらいの時間で脚の破壊ができるのか、一時間か、二時間か、全く予想ができない。こんなにも不確定要素が山積な作業を本当に実行できるのだろうか、陽子は途方に暮れた。
これ以上自分に出来ることは何か、陽子は思いを巡らした。
――脚の溶断にかかる時間が分かれば、かなり予定が立つはずだ。それとコンベンションセンターとタワーの距離の確認。それによってロボットがタワーに移動する時間がわかり、避難にかける時間が割り出せる。帰って現場を調べよう。陽子は資料をまとめ、工場を離れた。




