22:全部本当だった
書類を三時間、じっくり読んだ。だいたいの流れは分かった。サブロウが解明できなかった(MD)が最後の謎だ。これが分からないとロボットがどうやってタワーの脚部を壊すのか、そのために何をしたらいいのか、何を準備するのかが分からない。
サブロウも当然、いろいろなアプローチでこの略称を調べたはずだ。直径二メートル以上の鉄の塊。厚さも二十センチ以上。うーん、あんな大きくて厚いものを壊すってどんな方法があるの? 陽子は頭をひねった。
壊すと作るは意外と近い関係。大工である陽子は、家を壊すのがそれほど簡単ではないことを知っている。素人に家は壊せない。まずあの脚がどうやって作られたか、それを考えた。
もういちど一度先生の資料を見よう。陽子は資料を見直した。(所見)のところに記述があった。
『三、下部特殊環状脚部についての所見・・・抗張力鋼材使用のサブマージ溶接による環状部材と推定されるが、材料鋼板の板厚過剰につき、熱処理等の不完全が予想される。故に不可。』
これが脚の部分の先生の見立てね。抗張力鋼材って、たぶん強度の優れた鋼材っていうことだと思う。だけどサブマージ溶接って何? 職人仲間に溶接屋がいるから聞いた方が早い。 陽子は知り合いの溶接屋に電話をした。
「圭介、仕事の話じゃないんだけどさあ、あなたサブマージ溶接って知ってる?」
「サブマージ? 知らねーな。オレたちがやる溶接じゃないな」
「おやじ、サブマージ溶接って知ってるか?」
圭介がおやじさんに聞いてくれた。
「聞いたことはある。詳しくは分からないが、それは溶接屋というより、規模の大きな鉄鋼メーカーでやる仕事だぞ。メーカーに聞いてみな」
「いや、オレが聞いてやるよ、鉄鋼材料屋に聞けば、そこからメーカーに聞ける」
「すみません、お願いします」
「いいよ、あとで伝える。おまえんとこ景気どうだ? いまどこの現場?」
「いま、仕事じゃないの。ちょっとヤボ用」
「そうか、あとでな」
おやじさんの連絡を待つことにした。
次の記述、( 材料鋼板の板厚過剰につき、熱処理等の不完全が予想される)これが先生の言う、「亀裂を確認した」ということに繋がるんだと思う。
携帯が鳴った、おやじさんからだ。
「分かったよ、それはやっぱり普通の鉄工所じゃなくて、鉄鋼メーカーで分厚い板を丸めてパイプみたいなものを作るときにやる特殊な溶接だって」
それだ、あの脚部はそういう作り方だったんだ。陽子は納得した。
「ありがとう、おやじさん、知ってたら教えて。その分厚い板を熱処理ってどうやるの?」
「おう、熱処理って、オレたちの普通の言い方だと、『焼き入れ』っていうよな。分厚いってどのくらい?」
「二十センチ以上」
「二十センチ! そりゃ難しいぞ」
「さっき言った分厚いパイプの焼き入れはどうですか?」
「あのな、そんなもの焼き入れなんてできないよ。無理、無理。戦艦大和の大砲だって板の厚さは十センチぐらいだぞ。あれはちゃんと熱処理されていたらしいが」
「無理に焼き入れしたらどうなるの?」
「焼き入れって無理にやったら割れるよ、返って強度は落ちる、そんなもの怖くて使えない」
先生の指摘はまさにそれだ、中国で強引に熱処理をして、不良なものを使ったということ。先生は亀裂を確認して確信を持ったのね。陽子は納得した。
「おやじさん、ありがとう、すごくよく分かった」
陽子は電話を切ろうとしたが思い出した。(MD)は?
「ちょっと、ごめんなさい。おやじさんMDって何ですか?
「MD? 知らないな。何だそれは」
「分厚い鉄のパイプを壊す何らかの道具なんだけど」
「さっきの話のパイプ?」
「そうです」
「うーん、そうだな。……素人は爆破するとか考えるだろ。爆破じゃ壊せないな」
「何か方法がありますか?」
「じゃあ原爆なら壊せるかって、それも無理なんだよ」
「原爆でも無理?」
「そう、第二次大戦後、戦艦長門を原爆で壊そうとした話知ってる?」
「知りません」
「原爆の破壊力の実験だったんだ。海に浮かべて原爆を落とした」
「どうなったんですか?」
「結局沈んだけど、バラバラにはならなかった。鉄って丈夫なんだ」
「どうやったら壊せるんですか」
「ふふっ、オレなら壊せる」
「えっ、原爆でも壊せないものをおやじさんが?」
「壊せる」
「どうやるんですか、教えてください」
「あんたアセチレン溶断って知ってるだろ」
「あのバーナーみたいなものでシュパーって溶かすやつ」
「そうそう」
「あれで二十センチぐらいの厚さの鉄が切れる」
「酸素とアセチレンのタンクを持って行ければ、オレでもできる」
「それってMDって言いませんか?」
「MDなんて言わないな。溶断だよ。英語だとメルトダウンだな。おお、略せば確かにMDになるな……」
「メルトダウンって原子炉の炉心溶解のことじゃないんですか?」
「ちがうな、溶断っていうのはもともと英語でメルトダウンって言うのさ、誰かが同じ言葉を原子炉に適用したんだろ」
そうか、MDは溶断の略称だったのね! 陽子は飛び上がりそうになった。
「おやじさん、ありがとう。すごく助かった、ありがとう」
「おいおい、そんなに感謝するようなことか? それじゃ、溶接の仕事あったらうちに回してな。よろしく」
ついにMDの意味が分かった。陽子はこれで完全に計画の流れが見えた。
ロボットが酸素とアセチレンのタンクをタワーの脚のところに運び込んで溶断してしまうわけね。アセチレン溶断って百年も前からある技術じゃない。ハイテクの極致と言われているタワーを壊せるのは百年前の技術って感慨深い。これは私たちの盲点ね。ハイテクにはハイテクって思いがち。やっぱり先生はすごい、古い技術の意味、分かってる。
陽子は考えた。自分にできることは何か。ロボットが破壊を実行するとしても、自分はただ見ているだけでいいはずがない。先生と福田さんがやろうとしていたことを代りにやらなきゃいけないんだ。
「星さん」
今井さんが声をかけた。
「もう定時なので帰りますが、まだ残られますか?」
もうそんな時間だ、資料を見ていて時間の観念がなくなっていた。
「すみません、今日はこれで帰ります」
計画の全体像が見えてきたことで、陽子は冷静になった。横浜に帰って調べることがある。今井さんに戸締りを任せて工場を出た。
翌日、陽子はカジノタワーに向かった。――どうしても確認したいことがある。
きょうもタワー周辺は、かなりの人出だ。平日にもかかわらず観光客が多い。このタワーは、かなり高い展望台まで無料で上がることができる。それが人気の理由なのかもしれない。営業的には大成功だ。
陽子はタワーの前に立って真上を見上げた。……これを倒す……数週間後、自分がその実行者になっている……夢の世界と現実、現在と未来が陽子の中でグルグル回った。……一瞬、間をおいてゾクッときた。
「あっ」陽子は一瞬めまいがしてふらついた。
「ハハハッ」私って、おじけづいてるのかもね。陽子は苦笑した。
気を取り直した陽子は、さっそくタワーの脚部に向かった。
「アレッ」入れない。
以前に見に来たときは、タワーの脚部は完全に開放されていた。――というより、タワーの丈夫さをアピールするようなコーナーになっていた。そこは今、フェンスで囲まれて近づくことができない。ガラス越しに遠くから見るように変更されていたのだ。
相当警戒してるな……陽子はその理由が分かるだけに、タワー側の姿勢に嫌悪感を持った。
フェンスは、高さニメートルぐらい、脚部までは三メートルぐらい離れている。陽子はフェンスの周囲を見回した。警備員らしき人も見当たらない。そしてファンスの末端にパンフッレットを置く一メートルほどのテーブルがある。
「いける……」陽子は人通りが少なくなるタイミングを待った。
大工である陽子は身が軽い。この程度のフェンスを乗り越えるのは簡単だ。
「よしっ」一気にテーブルを利用してフェンスを乗り越えた。近くの人たちは陽子の一瞬の行動に、あっけにとられているだけで、声をあげる人はいなかった。
中に入ると陽子は急いで脚の裏側に回った。この位置だと外からは見られない。持ってきたLEDライトで脚の表面を照らした。
「あっ」陽子は思わず小さな声をあげた。丸い脚の中央部の色が左右で少し違う。その部分はおよそ七十センチほどであった。さらにライトの角度を変えてみると。「あるっ」陽子は真っすぐな亀裂を確認した。たしかに言われないと気付かないほどの細い線が見える。「これだわ、間違いない……」陽子は身をひるがえして反対側の脚も見た。「こっちの方がひどい……」それは亀裂の長さが1メートルほどもあった。
関係者は間違いなく亀裂に気づいてる。だから隠ぺいしようと大急ぎでフェンスを立てたのね。
全部本当だった。帰りの車の中で陽子はあらためて怒りがこみ上げてきた。
翌日陽子は朝から御殿場に向かった。行動せずにいられなかった先生の気持ちがよく分かった。絶対に成功させる……絶対に。車のなかで陽子は自分自身向かって何度もつぶやいた。
今日はロボットのことを勉強しないと。工場に着くと陽子は山崎さんに願い出た。
「ロボットの動作について教えてください。使えるようになりたいんです」
――遠慮はしない、教える方はうっとうしいかもしれないが食らいつく。――陽子は山崎さんに張り付いた。
「すごいですね、いままであなたみたいに積極的な人は見たことがない」
山崎さんは陽子の申し出を思いがけず好意的に受け取ってくれた。
「いままであなたが見たデモは何でした? 模型の椅子作りかな?」
「そうです」
「そうか、あれはプログラムがRD2ですね。自動機械との連携を見せるデモでした。ここにはあの機械はないので、一番簡単なプログラムRD1の実演をしてみましょう」
「木の箱を作るデモです。このロボットには先にクギを打つ動作を教えてあります。ロボットは自分で木の板を取りに行って、この場所に運んでクギを打ちます。いまからあなたはロボットに場所を教えます」
「ロボットの電源が入ったら、ロボットの背中を開けて、RD1Xのプログラムを探して、その中の(MOVE)を押してください。そうしてあなたはロボットを引いてその場所まで連れてゆけばいいんです」
「じゃあやってみましょう」
陽子は言われたようにロボットを板のある場所まで誘導した。
「はい、そこでロボットの右指をそこのボタンに乗せてあなたが一緒に押してください」
言われるままにボタンを押すと「ピッ」と音が鳴ってロボットが起立した。
「はい、それで終わりです。これでロボットはどこに板があるのかを覚えました。そのボタンが(基準点)といって、場所の基準になります」
「いまあなたがやったことをティーチングといいます。あなたがティーチャーね」
「いろいろな動作を全部教えるには半日くらいかかりますが、いちど覚えたら同じことを正確に何度でもやります。簡単でしょ?」
「あのう、板の置いてある場所が少し動いたらどうなります?」
「いい質問ですね。ロボットは人工頭脳があるので、すこしぐらい場所が変わっても自分で探します。利口なんです」
「もしロボットの移動中にあなたにぶつかったとしたら、ロボットはよろけますが、もとに戻りますよ」
「要するに基準点さえ教えれば、多少状況が変わっても仕事をしてくれます。そこがただの機械と違うところです。先生のロボットはその能力が世界最高ですよ」
「すごい、こんなに簡単なんだ」陽子は恐れ入った。
「あのう、表に出ても場所は分かるんですか?」
「分かりますよ、GPSがありますからね」
「冗談みたいですが、歩いて大阪まで買い物に行ってくることができます」
「えーっ、それは……」陽子は仰天した。
「先生はすごいことをやっていました。私たちは先生と一緒に仕事ができることを誇りに思っていました。だから……だから先生と福田さんが亡くなった事が……本当に残念で……私たちだけじゃなく、国にとっても大変な喪失です」
山崎さんは突然涙ぐんだ。陽子も初めて先生に会った時のことを思い出した。あの時すでに先生がタワーの倒壊計画を進めていたとは……先生の行動を知ったいま、その無念さに陽子も、もらい泣きをした。




