不死鳥と元勇者と魔王の旅3
Twitter企画より
アロイスが親友のセイリア、そして勝手についてくる魔王のラーファエルと共に旅をするようになってもう随分と経つ。しかし世界は広く、国が変われば文化や生態系も変わるため、この旅に飽きがくることはなかった。
現在の三人は魔王の治める土地を離れ、小さな島国を訪れていた。温暖な気候のせいか植物も動物も虫も色鮮やかで、目を楽しませてくれる地域だ。アロイスの知的好奇心も存分に刺激されているし、セイリアもあたりを楽しそうに見回していた。
「そういえばここには変わった魔物が生息しているぞ」
突然そう言いだしたラーファエルは長きを生きる【不老】スキルの持ち主で、セイリア曰く大変長い月日を生きている。アロイスも知識欲は旺盛で人間だった頃は様々な本を読み耽っていたが、彼の持つ知識量には遠く及ばず、祖国の外のこととなればなおさらであった。この旅ではラーファエルの案内が役に立つことが多いのだが、素直に感謝できない。
なにせ、アロイスはこの魔王があらゆる意味で気に食わないのだから。
「どんな魔物なの?」
「拳くらいの小さな魔物だ。集団で生活しているがなかなか捕獲できなくてな。高級食材とされている」
「こうきゅうしょくざい……」
何か思案しながら呟く声がすぐ傍から聞こえる。人間の街に入る時以外のセイリアは常にカナリーバードの姿でアロイスの肩にとまっているため、世界一美しいとされる声をこの距離で聞けるのは心地いいのだが、その声に聞き惚れられるような余裕を持たせてくれないのがこの親友たるところだ。
「食べたい、と思っていないか?」
「え? いや……でも高級食材って言われたら気になるよね?」
「……相手は魔物なんだが」
「でもほら……美味しい魔物もいるから」
セイリアは元々異世界の人間であったのに、鳥の魔物として生まれ変わったという特異な存在だ。しかしどうも彼女の価値観、いや本能と呼ぶべきか。そういうものはすでに人間から離れ、鳥の魔物へと変わっている。本能的――というよりも食欲旺盛で食い意地が張っているというべきだろうか。
彼女の炎によって人間から魔物へと生まれ変わったアロイスもいずれは魔物的に、本能的になっていくのかもしれない。しかしまだ喜んで魔物を食べる気にはなれないし、その気持ちも理解できなかった。
だからといって否定もしない。真っ黒のつぶらな瞳で訴えかけるように見つめられて否定できるはずもない。彼女の願いはできるかぎり叶えてやりたい、とアロイスは常々思っているのだ。
「探してきてやろうか?」
「え! いいの!?」
「ああ。少し待っていろ」
ラーファエルはふわりと舞い上がり、空に消えていった。光に照らされる白髪は美しく輝き、神秘的な容姿と相まってまるで神に遣わされた聖なる存在のようだったがあれは魔王である。彼の言葉で肩の上の親友がご機嫌になって頭を上下にブンブンと振っているのも気に食わない。
できるなら、セイリアを喜ばせるのは自分でありたい。それは恋心からくる独占欲なのだろうか。……親友に自分の感情を押し付ける気はないため、表に出さないようにその気持ちを押し込めた。
機嫌のいいセイリアのさえずりに耳を傾ける心地のいい時間を過ごしていると、ラーファエルが戻ってきた。魔物の住処を見つけたので案内をすると言う彼の言葉に頭を振ることで喜びを表現する親友が「早く行こう!」と巨大な不死鳥の姿に変身して背中に乗るように促してきたため、アロイスはため息を押し殺しつつ従った。
その背に乗るのが嫌な訳ではなく、ニヤニヤとからかうような目を向けてくる魔王と一緒なのが気に入らないのである。
「あちらに高くそびえる崖があるだろう? あの下のあたりに群れがあるらしい」
「うん、わかった!」
セイリアの背に乗って空を切り風を受けるのは心地いいが「おいしいごはん」にはやる気持ちのせいかいつもより風圧が強かった。ひとまず目的地付近の崖の上に降り立ち、崖下の様子を探る。
距離はあるが、人間の身体能力を超えた今の視力ならば地面を蠢く小さな魔物が目に入る。色は黒く、球体だが全身に長い棘のある魔物が百匹ほど同じ場所に集まっていた。
「ウニみたい」
アロイスは初めて見る形状の魔物だったがセイリアには覚えがあるようだ。もしかすると前世の彼女が住んでいた世界のものだろうか、と好奇心が刺激される。しかし近くに魔王がいるため言及はさけた。あとで二人きりになった時に訊いてみればいい。
「棘の殻はとんでもなく硬いんだがな、中身はとろけるように美味い身が詰まっているそうだ」
「そっか、ありがとう! いってくるね!」
カナリーバードの姿に戻ったセイリアは崖下めがけて勢いよく直下し、勢いのまま魔物の群れに突っ込んだ。それで群れの半分程が吹き飛び、小さな核を残して消滅する。……いつものオーバーキル現象だ。攻撃力が強すぎて剥ぎ取れる素材も残らず核以外が消えてしまうのである。食べるべき中身まで消し飛んだことを嘆く声が聞こえてきて、思わず口を押さえて笑った。
「この国では危険指定されている魔物なんだが、流石セイリアだな」
「……どういうことだ」
「生きているあれの殻は人間には砕けんし、あの針は人間の鎧を砕く。ああも簡単に踊り食いできるものじゃない。見て見ろ、あの針を意にも介さない。鳥だというのに頑丈すぎる」
その魔物の死骸がたまたま手に入ると高級食材として有難がられるが人間ではほとんど討伐も捕獲もできない魔物なのだとラーファエルは笑って言った。
しかしセイリアはといえば、群がってくるその魔物の殻を丁寧に嘴で割って、時にダメージを与えすぎて消滅させながらも、ダメージを抑えることに成功したものは中身をほじくりだしている。なかなか凄惨な現場だったので目を逸らした。
「討伐依頼を受けてきてやったので、残った殻でも持ち帰れば報奨金がでるぞ」
「…………君は、そんなことをしに行っていたのか」
「旅に金は必要だろう?」
実に楽しそうに笑う顔を一瞥し、視線をセイリアに戻そうとすると彼女は丁度魔物を一匹咥えて戻ってきていた。黒い魔物の殻が割られ、中から白く柔らかそうな身が覗いているものだ。それを地面に置くと機嫌よく囀りの混ざる声でアロイスの名を呼ぶ。瞳が輝いていてとても愛らしい表情に見えた。
「これ、すっごくおいしい! アロイスの分も持ってきたよ!」
「……ああ、ありがとう」
「それじゃあ、逃げられる前に残りのも狩ってくるね!」
ずいぶん昔の事だが魔物の生態の本を読んだ。己の獲物を相手に差し出すのは殆どの鳥種にとって求愛行動であるはずだ。これはセイリアの純粋な好意なのだろうが、それでも喜んでしまう。
ただ、刺々しい殻に包まれたつやつやとした白い身を見ても全く食欲が湧いてこない。勇者時代に食べるものがなく、魔物の肉を食したことはあるが普段ならとても食べられるようなものではなかったという記憶がよみがえる。棘に刺さらないようにそっと摘まみ上げてみたがやはり食べるものだと認識できそうになかった。
(……だが、セイリアの好意を無駄にするのは……)
そんなアロイスの様子をニヤニヤと面白がるように見ている魔王の美しい顔面に刺々しい殻を押し付けたくなったが、意を決して殻を傾け、とろりとした白い身を口の中に落とす。
濃厚でほんのりと甘く、旨味の凝縮された知らない味が広がって驚いた。存外、悪くない。そう思うとアロイスの中の好奇心がむくむくと膨れ上がり、他の魔物はどんな味がするのだろうかという興味が沸き上がってしまった。
(私も魔物、ということか……セイリアと同じ)
それはそれで悪くないと考えたが、隣でやはりニヤニヤとアロイスの反応を窺っている気配を感じ取り、苛立って棘だらけの殻を投げつけた。……当然、避けられた。本当に全く気に食わない。
Twitterの企画でのSSをこちらにも。
人外三人旅の様子をちょっとだけお届けでした。




